Suzulan > 旅 > イタリア・フランス・モナコ >

2008.2.5 火曜日(旅の6日目)
ニース〜モナコ〜ニース


モナコへ
今日は午前にモナコ(正式にはコナコ公国)見学、午後はニースに戻り自由時間です。モナコはニースから23kmしかありませんので40分ほどで到着します。左にコート・ダジュールの海岸、右手に険しい岩山を見ながらのつかの間のドライブです。ニースを出てまもなくエズ村がある岩山が見えてきました。よく見ると頂上付近に石造りの集落があるのが見えます。14〜15世紀、サラセン人の襲撃から身を守るため丘や山頂に円状の城壁がつくられ、その内部に階段を伴った細い道を複雑入り組ませた村ができました。このような集落を「鷹の巣村」と呼ばれており、コート・ダジュールの海岸から内陸部にかけて、今も約120の村々が点在しているそうです。バスはエズを通過しほどなくモナコに到着しました。

モナコ公国の国旗
上下に赤白半々のモナコの国旗はどこかで見たような気がしませんか? 実はインドネシアの国旗とほとんど同じデザインなのです。縦横の比率が少しだけ違うそうです。あまりにも似ているため過去に変更をめぐる論戦もあったようですが、微妙なアイデンティティにかかわる問題だけに解決には至りませんでした。現在は互いの国の歴史を尊重しようということで、争いごとなどはないようです。ちなみにモナコ公国はイタシア・ローマ市内にあるバチカン市国につぎ、世界で2番目に小さい国だそうです。

サン・ニコル大聖堂
モナコに到着し、モンテ・カルロ地区にあるサン・ニコル大聖堂を訪れました。ロマネスク・ビザンチン様式の教会は1956年、米国の女優グレース・ケリーと、モナコ大公レーニエ3世が結婚式をあげた場所としても有名です。残念ながら二人とも既に亡く、歴代の大公とともに、この教会に埋葬されています。グレース王妃が好きだったといわれるバラの花がたくさん手向けられていました。

グレース王妃とレーニエ大公
グレース・パトリシア・ケリー(Grace Patricia Kelly, 1929 - 1982)は米国の女優でした。アルフレッド・ヒッチコック監督の映画「裏窓」「泥棒成金」「ダイヤルMを廻せ!」などでヒロインをつとめ、ハリウッドの大スターとなった人です。カンヌ映画祭でモナコ大公レーニエ3世(在位1949 - 2005) と知り合い、1956年結婚しました。式はモンテ・カルロ地区にあるサン・ニコル大聖堂で厳かに行われています。以後、長女カロリーヌ、長男アルベール、次女ステファニーの三人の子供に恵まれました。悲劇は1982年、52歳のときに起こります。次女ステファニー(運転していたといわれている) とドライブ中にカーブを曲がりきれず崖下に転落、意識が回復しないまま翌日死亡したのです。事故の原因は陰謀説なども持ち上がりましたが解明されず、今でも謎のままです。この話を知ったとき、イギリスのダイアナ妃を思い出しました。二人の女性がたどった道があまりにも似ていたからです。裕福な家庭に生を受け、王室に嫁ぎ、そして車による事故で亡くなっています。エレガントセクシーな容姿といい、事故原因が謎のままなことといい、運命的なほどそっくりです。右の写真は大公宮殿近くの歩道上に掲げられていたもので、二人は今でもモナコ市民に深く敬愛されていることがうかがえます。

モナコ大公宮殿
13世紀の要塞跡に建てられたモナコ大公宮殿を見学しました。かつてグレース王妃もここで暮らしていたんですね。宮殿といわれていますが権力の象徴となるような巨大な建造物ではなく、こじんまりとしたものでした。宮殿前の広場はパレ広場と呼ばれ、毎日11:55に衛兵の交代式が行われるそうですが、訪れた時間が早すぎたため残念ながら観ることはできませんでした。小高い丘の上に建てられた宮殿からの眺めは、たくさんのヨットが停泊している港やモナコの街並が一望でき絶景でした。

ちょっと一息
パレ広場沿いに観光客相手のおみやげ屋さんが数件あります。バスへの集合時間まで10分ほど時間があったので立ち寄ってみました。とはいえ10分間では品定めなどしている暇はなく、キーホルダなど数点の小物みやげをバタバタと購入し、バスに戻りました。

カジノ
モナコといえばカジノ。この国は、カジノと観光で成り立っていて、モナコ市民には税金がかからないそうです。高額な税金をタップリとられているどこかの国民からすると羨ましい限りですが、まあ、勝負に負ける人がいるから儲かる人がいるわけで、その恩恵を享受しているのがモナコの市民なのかも知れません。カジノで大儲けした人が地下道でつながっている高級ホテルに戻り高笑いしている人がいる影で、負けた者はションボリ肩を落とし安宿で膝をかかえて眠らなければならない。現実は厳しいですね。というわけで、カジノ・モンテカルロと隣のホテル・ド・パリスです。もちろんパリスは勝負に勝った人が泊まります。カジノは開店時間(12:00)前で中に入ることはできませんでした。日中は比較的カジュアルな服装で入場OKだそうですが、20:00以降はバックパックやスニーカー姿では入れないそうですよ。

カジノ広場
カジノ広場でパチリ。芝生の中央では涼しげに噴水も上がっていました。バックの建物は、カジノ・モンテカルロです。それにしてもモナコは暑かったです。間違いなく20度以上はありました。2月の札幌は日中でも氷点下の真冬日だというのにこの気温はなんでしょう。イタリアの各地もニースも10度前後でしたから、たぶん今日だけ気温が上昇したのでしょう。娘たちは札幌を出たときのいでたちで、オーバを着て、おまけにマフラーまでシッカリと・・・。ううっ、見ているだけで暑そ〜。というわけでモナコの観光はここで終了しました。11:00過ぎバスに乗り込み、モナコを後にしました。

ブイヤベース
正午過ぎ、再びニースに戻りました。昼食はレストランで南仏名物のブイヤベースです。ムール貝や野菜などタップリの具に濃厚なスープをかけていただきます。ボーイさんがお皿に盛り付けてくれるのですが、このボーイさんがヒョーキン者で、スプーンでブイヤベースをすくい、まるで子供に食べさせるようにカミさんの口に運んだり、まだ食事が終わってもいないのに大声で”フィニ! フィニ! フィニ!”(フィニッシュの意味)と叫んで片付けようとするなどして周りを笑わせていました。ブイヤベースも野菜サラダもデザートのケーキもとても美味しかったですよ。
オープンカフェテラス
昼食後、ホテルに戻るためバスの待機場所までブラブラ歩きました。街のあちこちのレストラン前にカフェテラス出されておりワインを飲みながら食事を楽しんでいる風景が見られます。話によると、料金は屋内でする食事よりも屋外のカフェテラスの方が高いのだそうです。さて、一旦ホテルに戻ったあとは自由時間です。一休みしたあと、買い物をかねて、マセナ広場へ行ってみることにしました。有名な広場のわりには、ただ、だだっ広いだけの広場でちょっとガッカリでした。

自由時間
マセナ広場からニースの海岸まで散策しました。ちょうど陽が落ちかけていてとてもきれいな夕日の海岸を見ることができました。このあと、おみやげ買いをするため再び街に戻りましたが、その種の店がなかなか見つからず、あちこち歩き回り、足が棒のようになってしまいました。そのうち日本と違って、19:00ごろにはさっさとシャッターを下ろす店が出始めて結局おみやげ買いは諦めざるを得ませんでした。デパートが開いていたので、娘たちはそこでアクセサリーなどを買い求めていたようです。はっきり言っておもいっきり疲れました。明日はニースを離れ、帰国の途につきます。

【本日の走行距離:46Km、累計走行距離:1,180Km】