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■ナポリ■
ローマから、日帰りのナポリ・ポンペイツアーに参加。ナポリまで約4時間かかる。もちろん高速道路を走る。ナポリは、南国の明るい太陽と、青い海の美しい港町だ。特に港はシドニー、リオデジャネイロとともに世界三大美港として知られる。途中ナポリ湾を一望できる写真スポットに立ち寄り、予定どおり正午前、ナポリに到着。思っていたとおり、明るい街だ。マフィアがちょっと怖い・・・・。
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■カステル・ヌオーヴォ■
レストランで昼食のあと、ナポリ市内を観光。マフィアのせいかどうかわからないが、下車観光はなく、全部車窓からの観光だ。そのなかでも緑の芝のなかにたつ、カステル・ヌオーヴォが印象的だった。重厚なフランス風の城で13世紀、アンジュー家の居城として建てられた。15世紀になってナポリ王となったアラゴン家が大改築した、由緒ある古い城だ。
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■ポンペイへ■
車窓見学のみのナポリ観光はちょっと物足りなかったが、このツアーは時間の関係でポンペイ観光を目玉にしているようだ。ポンペイはナポリの南東に位置し、バスで30分程でいける。ナポリ湾の東側には、標高1281メートルのヴェスヴィオ火山がデンと居座る。この火山が西暦79年、大噴火をなし、ポンペイ、ヘルクラネウムを噴出物で埋めたのだ。人々は逃げる間もなく、灰の下に埋もれていった。日本も火山銀座の国だ。他人ごととは思えない。
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 ■ポンペイ■
一瞬にして火山灰に埋もれた古代都市ポンペイは。18世紀から発掘がはじまり、現在もつづいている。ナポリ湾に臨むカンパニア地方にあったこの街は紀元前4世紀ころから繁栄し、噴火直前には、25,000人が暮らす豊かな街だったという。発掘により、当時の生活様式や、美術品、工芸品を知る史跡となった。遺跡というと巨大な建造物を想起しがちだが、実際に見た感じでは、以外とかわいい街といった印象だ。柱や壁の高さも低く全体的に、こじんまりしている。市井の人々が生活していた街だったことがうかがわれる。
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 ■悲劇■
左の写真は正確には遺体ではない。ただの石膏物だ。火山灰に埋もれたこの人は、やがて腐敗し、そこが空洞になる。発掘時、この空洞に石膏を流しこみ固めて掘り出したものだ。石膏物とはいえ、苦悶の姿が痛ましい。こんな石膏遺体は、あちこちから掘り出されている。平和に生活していたポンペイ住民を襲った悲劇は、2000年前に実際に起こったのだ。富士山は大丈夫か?
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■ポンペイの遺跡■
ポンペイの遺跡はドーリア式の柱が並ぶフォロのほか、、ポンペイ最大の建物バシリカ(大聖堂)やアポロの神殿、ジュピター神殿などがあり、みどころも多い。スタビアーネの浴場は、床のモザイクとスタッコ装飾がすばらしい。ところで、私達が見学しているあいだ中、一匹の犬が尾を振りながら、ついてまわっていた。聞くと観光客からの餌のプレゼントが目当てらしい。おとなしい犬で観光客の人気者になっていた。
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ポンペイの遺跡を歩いていると、いまにも2000年前のポンペイ
市民が涌き出てきて、ザワザワとした喧騒が起きるような錯覚を覚えた。
それほど、この街はリアリティーに満ちていた。
ローマ帝国の巨大遺跡とは、まったく異なる感覚になる。
およそ権力の象徴といったものはなく、ごくフツーの街だったからだろう。
ポンペイを夕方離れ、21時過ぎ、ローマに戻った。
なんだか、不思議な感じがした一日だった。 |
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