|
|
|
|
■ギリシアへ■
ホテルでゆっくり朝食をとったあと、レオナルド・ダ・ヴィンチ空港へ。10:25、オリンピック航空OA234便にてアテネに向け飛び立つ。イタリア半島を横切り、アドリア海を横断すると、そこはもう、紺碧のエーゲ海だ。その海に大小の島々が浮ぶ。機はゆっくりと高度を下げ、アテネ空港に進入する。眼下に漁港が見え、住宅が密集していた。予定時刻、アテネ到着。簡単な入国審査を終え、空港をでる。ギリシアにやってきたのだ。
|
|
|
|
|
|
■パルテノン神殿■
午後、アクロポリスの丘を見学。バスは途中アテネ市内を走ったがここも、ローマに負けず劣らず、渋滞がひどい。丘の麓の駐車場から丘の頂上までは徒歩で石段を登る。結構これがきつい! 登りきると白亜のパルテノン神殿が目の前に現れた。2500年前からこの神殿は、アテネの街を見守ってきた。過去の戦いで、この丘も砲撃され、破壊されたこともある。まわりには、大小の大理石の破片が散乱し、長い苦難の歴史を物語っていた。
|
|
|
|
|
|
■エレクティオン神殿■
パルテノン神殿のすぐ北側に、有名なエレクティオン神殿がある。小さいが、イオニア形式の優雅な神殿だ。アテナ女神を崇拝し、パンアテナ大祭を始めた伝説の王エレクティオンの名がつけられている。この写真では、ちょっと見にくいが(建物右側の小さな柱)、女性の姿を模した柱カリアテッドがあり、往時の姿をよく残している。古代の人のすぐれた造形感覚に驚かされた。ちなみに内部には入れない。
|
|
|
|
|
|
■リカベストの丘■
アクロポリスの丘からアテネ市を望むと、家並みに囲まれるように、リカベストの丘が見える。丘の麓は緑で覆われ頂上部は岩肌が露出していて、なにかアテネ市の真中に麦わら帽子を無造作においてあるような雰囲気だ。丘は展望台にもなっていて、アギオス・ヨルギオス教会もあるが、残念ながら眺めるのみ。さわやかな秋風に触れながらテクテク、アクロポリスの丘を下った。 |
|
|
|
|
|
 ■カトレーナ■
アテネのガイドはカトレーナさん。流暢な日本語で、案内をしてくれた。ヨーロッパのほとんどの国では、ガイドをするにも免許が必要だ。試験も相当難しいらしい。たとえば我々が勝手にガイドなんぞおっぱじめたら、たちまち検挙されるぞ。遺跡などの正確な説明と、自国の雇用を守るためだそうだ。
|
|
|
|
|
|
■オリンピックスタディオン■
アテネ市内に戻り、オリンピックスタディオン(スタジアム)を見学した。仰天した。なんと総大理石造りなのだ。このスタジアムは1896年、第1回近代オリンピックが、クーベルタンによって開催されたことで有名だが、全部大理石で出来ているとは・・・。知らなかったな〜。けっこ、お金かかっただろうな〜。とまぁ、クダラナイこと考えながらしばし呆然とみていた。更に、このスタジアムは馬蹄形(U字型)で正面は通りに面して開放されている。来てみなければ分からないことがあるもんだ。おもわずグリコマークではしゃいでしまった。
|
|
|
|
|
|
■グランド・ブルターニュ■
アテネの宿泊ホテルはグランド・ブルターニュ。アテネで最も古い(1862年オープン)、格式のあるホテルだ。有名なシンタグマ広場に面しており、観光、ショッピングには最適の場所にある。インテリアや行き届いたサービスが伝統を感じさせる。今日と明日はこの高級ホテルに宿泊する。 |
|
|
|
|
|
■ハプニング■
高級ホテルだからといって、トラブルがないわけではない。チェックインしたあと、部屋に入り、しばし休息。時間があったのでロビーでくつろいだ。さてここからが大変! ロビーから戻り、キーで部屋のドアをあけようとしたが、キーが回らない。なんどやっても回らない。手が擦れて赤くなってきた。あきらめてフロントにいき、あやしげな英語で「ドアの鍵が開かないよ。助けてちょ〜!」と泣きついた。すかさずボーイが一緒に部屋へ。このボーイがキーを回すと、なんと、簡単に開くではないか。ボーイは肩をすくめ、「OK?」ときた。キーの回し方に、ちょっとしたコツがあるようだ。次回のため、キーの回し方をミッチリ練習したのだ!!
|
|
|
|
|
|
■ディナー■
格式高いホテルのレストランは正装が原則だ。しかたがないので、スーツに着替え、ディナーへ。格調高いのも面倒なものだ。しかしながら、さすがに素晴らしいレストランだった。ギリシア料理をゆっくり楽しんだ。
|
|
|
|
|
|
きょうは、ほかにもオモニア広場、シンタグマ広場、国会議事堂などを車窓見学した。
ローマからアテネに移動してからの観光だったので、結構疲れたが、初めてのギリシアを
十分堪能した。開かずのドアには往生したが・・・・・。
あとは、熟睡して体力回復だ。オヤスミ・・・・・。 |
|
|
|
|