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■マドリッド■
スペインの首都マドリッドでの朝をむかえた。今日も天気は快晴で絶好調。マドリッドはスペインのほぼ中央部に位置し、人口約300万人の大都市だ。メセタと呼ばれる卓状台地にあり大陸性気候で、昼は暑く日差しも強いが、夜になると一転冷え込んだりする。このためか、朝、ホテルを出ると、ひんやりとした外気だった。「今朝はずいぶん涼しいね。」なんて思っていると大きな間違い。数時間もしないうちに、グッタリするぐらい暑くなるのだ。今日の行程はちょっと忙しい。午前中は美術館などマドリッド市内観光。午後はマドリッドからちょっと足を延ばしトレド観光。再びマドリッドに戻り、オプショナルツアーに参加する。毎度のことながら、朝はいたって元気。さてこの体調をいつまで持続することができるか。食事もしっかり摂った。ツアー仲間を乗せたバスは予定より10分早く8:50分、ホテルを出発した。
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 ■プラド美術館■
9:10分、プラド美術館到着。パリのルーブル美術館、ロンドンのナショナルギャラリーに並ぶヨーロッパ三大美術館のひとつで、1819年に開館した。なにしろ所蔵絵画8,000点、展示絵画は3,000点というスケールだ。とてもじゃないが、限られた時間内に全てを鑑賞することなど不可能だ。そこで特に有名な絵画を中心に見てまわることになる。エル・グレコ、ゴヤ、ベラスケスなどだ。現地ガイドのSさん(日本人)が、ユーモラスに絵画の説明をしてくれる。写真の"裸のマハ"はゴヤの作品。隣に"着衣のマハ"も展示してあった。"マハ"って女性の名前かと思っていたが、実はそうではなく、黒髪をベールで包み体の線を強調した衣服を小粋に着流した当時のマドリッドの下町娘のことだった。この絵はヘアーヌードの元祖だそうだ。ベラスケス作のラス・メニーナス(女官たち)も有名な作品だ。ラス・メニーナスとは、宮廷の王子、王女たちの相手をする子供の従者のことだ。マルガリータ王女を囲む子供たちを描いたものだが、ちゃっかり奥のほうに、パレットを持ってキャンバスに向かうベラスケス本人も描かれている。このほかにも沢山の絵を鑑賞した。本物の名画を観る至福感に浸りきったのだ。10:50分、プラド美術館を後にした。
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■スペイン広場■
11:10分、グラン・ビア通りの西の端にあるスペイン広場に到着。バスを降り、ここからしばらく徒歩観光となる。車中でガイドさんから、「スリ、置き引き、引ったくり、強奪などが特に多いので注意してくださ〜い。」と注意
喚起があった。スリ、置き引きの類は知らないうちに失敬されるので身に危険はないが、引ったくり、強奪となると ちょっとビビッてしまう。芝生が敷きつめられた広場に入っていくと、中央にスペイン文学の傑作「ドン・キホ
ーテ」の原作者セルバンテスのモニュメントがあり、その前方に、やせ馬ロシナンテに跨った大まじめ顔のドン・キ ホーテと献身的従者サンチョ・パンサの像が建っている。これらの像はセルバンテス没後300年を記念して建てられたものだという。ここは記念写真スポットとしても有名な場所で、世界中から訪れた観光客があちこちでパチリパチリ
。我々も、スリ、置き引きに目を光らせながらドン・キホーテさん、サンチョ・パンサさんと、"はい、チーズ!"。記念写真を撮った後、徒歩で次のスポット、王宮に向かった。
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 ■王宮■
11:30分、マドリッド市内で一番美しい建物といわれる王宮に到着。白亜の御殿は見る者を圧倒する。10世紀ごろイスラム教徒により建てられたが、11世紀にキリスト教徒がマドリッドを奪回してからは王の居城として使われてきたという。残念ながらこの建物は当時のものではない。1734年のクリスマスイブに火災に遭い、多くの美術
品とともに焼失してしまった。まったく、よりによってクリスマスイブに火事なんか出しちゃって・・・。と、まあ、こういうわけで現在の建物は1764年、ブルボン家のフェリッペ5世の命により再建されたものだ。以来、カルロス3世からアルフォンソ12世がフランスに亡命しちゃう1931年まで、歴代の王たちが実際にズーっと住んでいたんだそうだ。つい最近まですんでいたんだな〜。ちなみに現在の王の一族は郊外に住んでいるのだそうだ。最初に純白の王宮を見たとき、大理石でできているのかと思ったが、実は白い御影石だった。部屋数が2,800室もあるときいて、ごっぺかえした。(←北海道十勝弁で"呆れ返った"の意)
いったいこんなに多くの部屋を、なにに使ったのだろう? 自慢じゃないが我が家は5部屋で掃除を持て余してるんだ!(^^; それはそうと、王宮の向かい側の一角にあった革製品や貴金属を扱っている免税店に案内された。いつものことだが、このようなところに興味はなく、すこしJust
looking したあと付近をブラブラ。目にとまったのが石碑。ガイドさんによると、ベラスケス(1599-1660)の墓だという。しかし近年、遺骨をDNA鑑定したところ別人のものと判明し現在内部に遺骨は入っていないそうだ。見学予定時間が過ぎ、13:00分、バスでレストランへ移動。昼食のあと、14:00分、バスはトレドへ向け出発したのだ。
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 ■トレド■
マドリッドから高速道路を70km南下。15:00分、トレドの街が見えてきた。ひときわ目立つのは、大きなカテドラルとスマートな尖塔をもったアルカサールだ。小高い丘陵にあるトレドの街は、城壁に囲まれた茶褐色の石の街といった感じ。中世の趣きをそのまま残しており、街全体が世界遺産に登録されている。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の3つの文化が混在しており、1,500年以上の歴史を有している。古都トレドは、7つの丘とタホ川に囲まれたスペインを代表する観光地なのだ。バスはトレドの街を一望できる写真スポットに到着。外に出たとたん・・・アジーィ。気温は、おそらく40度位。ただでさえ暑いところに、街全体が石の塊だ。ヒートアイランド状態になっているに違いない。記念写真を撮ったあと、再びバスで、トレドの中心部に戻り、古都を徒歩散策。迷路のような石畳の道をとおり、カテドラルにぬける。高さ90mの鐘楼をもつカテドラルは、6世紀、西ゴート王によって建てられた。イスラム時代にはメスキータとして造り変えられたが、1226年フェルナンド3世により、新しく工事が始められ、完成はなんと1493年。聖職者の間、聖器室、宝物室、合唱壇などを見学した。
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さらに徒歩でサント・トメ教会へ。ここでのお目当てはただひとつ。宗教画家エル・グレコの傑作、「オルガス伯の埋葬」という絵だ。(写真右) 縦長の絵画でキャンパス上半分はオルガス伯の魂が聖母マリアとキリストに召される天上界の場面、下半分はトレドの守護聖人であるアウグスティヌスとステファヌスがオルガス伯を葬る場面を幻想的に描いている。色彩はすばらしく、とても400年以上も前に描かれたとは思えない。この絵のなかに、グレコ自身とその息子が、さりげなく入れられている。10分程の鑑賞時間だったが、十分堪能できた。さてトレドの散策も終わりに近づき、最後はダマスキナードと呼ばれる象眼細工の店に立ち寄った。トレドといえばダマスキナードだ。金銀を使った飾り皿や宝石箱などのアイテムが所狭しと並べられていたものの、Just
looking で終わり! 最後に、タホ川に架かるアルカンタラ橋を渡り、駐車場に戻った。天正遣欧少年使節、伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアンのうちの一人がこのトレドで天然痘にかかり、彼らは1ヶ月ほどこの街に滞在したといわれている。遠い昔、少年たちも、この橋を歩いたかもしれないのだ・・・。徒歩散策は暑くてまいったが、すばらしい物を数々見ることができ、大満足。17:20分、バスはトレドを後にし再びマドリッドへ向け走り出した。次はオプショナルでソフィア王妃芸術センター見学。ダリ・ミロ・ピカソの絵画展示で有名な美術館だ。
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■ソフィア王妃芸術センター■
18:20分、再びマドリッドのホテル"FLORIDA NORTE"に戻る。部屋で40分ほど小休止したあと、"ソフィア王妃芸術センターとスペイン料理の夕べ"と銘打ったオプショナルツアーに出発、19:30分、芸術センター到着。夕方だというのに外はまだ太陽があがっており明るい。館内は撮影禁止でカメラ類は入口横のカウンターに預けなければならない。フィルムカメラ、デジタルカメラ、ビデオカメラをバックパックに突っ込み「はい、ドーゾ」と預ける。ソフィア王妃芸術センターはスペインが生んだ天才画家、ダリ、ミロ、ピカソのほかファン・グリスやタピエスなど20世紀の現代美術を集めた国立美術館なのだ。モダニズム、キュビズム、シュールレアリズムといった絵画、彫刻の展示で特に有名だ。ミロの展示室では幼児が描いたような絵(これなら・・・俺にでも・・・描ける・・・ような・・・)を、ダリの展示室では硬いものをグニャグニャに柔らかくしたような絵が展示されていた。どれもこれもおもしろい絵で興味はつきない。さて、お目当てはパブロ・ピカソだ。なかでも"ゲルニカ"は、いつか本物を観てみたいと思っていただけに感動した。スペイン内戦によって破壊されたバスク地方ゲルニカの町の惨劇を描き、戦争の悲惨さ、不条理さを表現した大作だ。「戦争の犠牲者はいつも民衆。」の意味がこの絵をみているとよくわかる。各部屋の展示絵画をガイドさんの説明付きでひととおり鑑賞した。自由時間を利用しカミさんと二人で、もう一度"ゲルニカ"展示室にいってジックリ鑑賞してきた。やっと本物の"ゲルニカ"に出会うことができた。10分ほどこの絵の前にたたずみ、なごりを惜しみながら部屋をでた。カミさんがグッズ売場で"ゲルニカ"のポスターを記念に買う(写真)。
現代美術を十分堪能し、20:30分、ソフィア王妃芸術センターを後にした。
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■スペイン料理の夕べ■
腹減った〜。20:40分、レストラン"Gran Parrilla"に到着。きょうの夕食はオプショナルツアーに組み込まれたものだ。内部が赤レンガの壁の小さな洒落たレストランだ。メインディッシュはコチニーリョ・アサード(Cochinillo
Asado)と呼ばれる、子豚をオーブンや網の上で丸焼きにしたカステーリャ地方の名物料理だ。さすがにグロテスクな子豚の丸焼き姿そのものはでてこなかった。お皿にカットされた肉塊とライスと茹で野菜が添えられている。さて困った。じつは、カミさんは、豚に限らず、鳥も牛も熊もライオンも、とにかく肉は食べない。絶対食べな〜い。「それじゃ今晩、腹がすくだろう? ライスだけでも食べたら?」・・・。見ると、ライスが肉汁にタップリ浸っている。こりゃダメだ。ワイワイガヤガヤやっていると突然ギター、マンドリンを小脇にかかえた3人の若者が入ってきて、賑やかにに歌いだす。シェリトリンドやラ・マラゲーニャなど日本でもおなじみの曲をおりまぜながら歌っていた。ギターとマンドリンの奏でる軽快な旋律がスペインムード満点で、これがとてもよかったんだ。ヤンヤヤンヤ!! 私たちも手拍子を打ったり、一緒に写真を撮ったりと、すっかりのってしまった。終盤、メンバーの一人がCDをもってテーブルを回り始る。CDジャケットには"TUNA"ってプリントしてある。TUNAってなんだ?グループ名か?マグロの缶詰か?ま、なんでもいいか。多分売れない新人歌手が旅行客に歌を聞かせ自分たちのCDを売り込もうって算段だろう。一生懸命頑張ってる彼らを応援したい気持ちと、将来有名になったらプレミアムがついて、お宝になるかも・・・なんて不純な考えで12ユーロ+3ユーロのチップ、大枚15ユーロをはたいで、CD1枚をゲットした。「グラーシャス!」なんていってたな。喜ばれたみたいだ。後から知ったことだが、TUNAとは大学生たちが数人でバンドを組み、街頭やレストランなどで歌を披露しチップを稼いで学費にしているグループのことだそうだ。21:30分、"スペイン料理の夕べ"も終了し、バスでホテルへ向かう。途中ライトアップされた幻想的なスペイン広場などを楽しみながら、22:30分ホテルへ無事到着。楽しかった〜。でも疲れた〜。ディナーでなにも食べられなかったカミさんはトランクから"まるちゃんの緑のタヌキ"をおもむろに取り出し、お湯をかけてすすっていた。(^^;
【本日の走行距離:140Km、累計走行距離:904Km】
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