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 ■カスタネット売りのおじさん■
セビリア(セビーリャとかセビージャとも発音する)の夜が明けた。朝食のあと時間があったので写真をとろうとホテル(GRAN HOTEL LAR)をでると、カスタネット売りのおじさんがてぐすねをひいて我々を待ち受けていた。カスタネットを巧みに打ち鳴らしながら踊っていた昨夜のフラメンコディナーショーの光景が蘇る。誰か買うのかなと様子を伺っていたのだが、誰も買わない。おじさんは「2個でシェンエン!2個でシェンエン!(千円)」とセビリアなまりの日本語で売り込みに懸命だ。ちょっと可哀想になってカミさんに「1個買ってやれよ。」とけしかけた。本当はカミさんも、いいおみやげだと思っていたらしく、さっそく黒と茶の2個一組の箱入りををGETした。それを見ていた他の人たち4〜5人が、次々と買いだしたのだ。カミさんがサクラの役をやったような・・・。 おじさんはすっかり上機嫌で、記念写真にも快く応じてくれた。さて今日のスケジュールはアラビヤ文化をいまに伝えるアルカサールなどセビリヤ市内観光の後、ポルトガルへと移動する。スペインともいよいよお別れだ。。そういえばもう旅も7日目になる。遊んでいる時間ってどうしてこんなに早いのか?
バスは予定通り、9:00分、ホテルを出発した。
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■ジャカランタと橋■
セビリア市内を15分ほど走るとグアダルキビール川が見えてきた。この川のおよそ90Km先が大西洋なのだ。セビリアは川港として栄えた町でもある。小さなピンクの花をつけたジャカランタの木が茂り、遠くに近代的な橋が見える写真スポットで下車観光。実はこの橋、1992年のセビリア万博開催の際、建設されたもので馬頭をデザインして作られているのだ。あ、ホントだ。馬だよ、これは。(ちなみにセビリアは1929年にも万博が開催されている。) 気温の寒暖による鉄の伸縮を防止するため橋梁内部には空調が設備されているそうだ。こんなばかでかい橋梁を冷やすなんて、電気代も大変だろうな・・・中に入ったら涼しくて気持ちいいだろうな・・・なんて余計なことを考えながら、こちとら35度を越す炎天下で記念写真を撮ったのだ。(^^;
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■闘牛場■
グアダルキビール川の沿線は、1929年に開催されたセビリア万博の各国パビリオンの建物が今に残る。アメリカ、チリ、ウルグアイ、アルゼンチン、ガテマラなどの特徴ある建物と風景を車窓から楽しみながらバスはゆっくりグアダルキビールの川沿を進む。その中に、古い闘牛場があった。世界で二番目に古いといわれるマエストランサ闘牛場だ。18世紀の中ごろから建設がはじまり、完成まで120年の歳月を要したという。12,500人収容の闘牛場ではマラドーナが赤い布を颯爽とひらめかし"オーレッ!"なんて大歓声を浴びながらカッコよく猛牛を操っていたに違いない。私見だが、この闘牛に私はどうもなじめない。赤い布で牛を操っているうちはいいが、なにも最後に剣で突き殺すことはないんじゃないか? "スペインの文化だ!"といわれればそれまでだが・・・。血なまぐさいのはどうもね〜。それに牛が可哀想だよ。幸いにして今回のツアーには、この闘牛見物は織り込まれていなかった。同じ牛でも、パンプローナの牛追い祭りのほうが好きだな。ロスト・ジェネレーション"日はまた昇る"を書いたヘミングウェイもきっとそう思っていたんじゃないかな・・・。と、また余計なことを考ながらマエストランサ闘牛場を通過し、バスは次の観光スポット、スペイン広場に向かったのだ。
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 ■スペイン広場■
9:40分、スペイン広場に到着。下車観光だ。スペイン広場って、どこにでもあるんですね。バルセロナにもあったしマドリッドにもあった。ここセビリアにもまたまたあった。別名、マリア・ルイサ公園って言うそうだ。市民の憩いの場となっている広場は、オルレアン公の王女マリア・ルイサがサン・テルモ宮殿の一部を市に寄贈して造られた庭園なのだ。1929年の万博時にはスペイン館だったところで、豪壮な半円形の建物が広場を抱くように建っている。建物に沿って置かれたベンチには、58のスペインの歴史的場面がタイル焼きで描かれていた。中央には大きな噴水も設えてあり、10:00
ちょうど、突然水が噴出をはじめ、びっくりした。広場の道路沿いでは帽子や扇子、絵葉書、民芸品などを売っている屋台風のみやげもの店が数多く商売していた。付近を馬に乗ったおまわりさんがパカポコとひずめの音も軽やかに、のんびりパトロールしていた。写真を撮ったり、ビデオを回したり、日陰で涼んだり、約30分間の滞在だったが結構楽しい場所だった。
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 ■アルカサールとカテドラル■
10:15分、バスはメネンデス・ペラヨ大通り、コロンブスのモニュメントがある道路傍きに停車。ここからは徒歩観光だ。狭い路地のパティオなどを覗きながら、まずはアルカサールに向かう。どこからか2人組みの男がギターを奏で、歌いながら我々と一緒についてくる。これも商売なのだ。心得ていてガイドさんが説明を始めると歌はピタリとやめる。しばらく行ったところで、彼らはギターを水平にして、その上にコインをおいた。ここにチップをドーゾというわけだ。いい雰囲気を醸し出してくれたので、少しのお礼を出した。他のツアー仲間も何人かがコインを置く。チャッカリしていて、お金をもらうとサッサといなくなってしまった。途中、小さな広場に面したみやげもの店を物色し、フラメンコ人形などを購入。さらにブラブラ散策しながら約1時間でアカサールに到着。イスラム時代の王宮だったところだが、レコンキスタ後はキリスト教王の王宮となった。残念ながら入場見学はなかったが、増改築が繰り返され、さまざまな様式が混在した王宮となったそうだ。11:30分まで写真タイム。アルカサールを抜けると目の前に重厚なカテドラルが現れた。右手にヒラルダの塔がそびえている。イスラム時代の大モスクだったものでゴシックとルネッサンスの混合様式の建物となっている。バチカンのサン・ピエトロ大聖堂、ロンドンのセント・ポール大聖堂と並ぶ世界三大カテドラルだそうだ。写真を撮りながらさらに進む。ここでハプニング!! デジカメ(IXY-DIGITAL)を石畳の上に落っことしたのだ。恐る恐る点検するとメモリーカードの蓋が閉まらない。しかたがないので絆創膏で固定したが、なんとも痛々しい姿に・・・。さらに、ズームもきかない。おいおい旅行はまだ3日も残っているというのに・・・。トホホ・・・。ま、なんとか撮影はできるようだし、フィルム式カメラも併用していたので、この状態でいくしかない。ちょっとショックだったが・・・。さて気をとりなおして本日の昼食場所のレストランへ向かう。途中、サンホセに殺された有名なカルメンの銅像が建っていた。12:05分、マエストランサ闘牛場近くのレストランに到着。2時間近くの徒歩観光・・・。暑かったし、ハッキリ言って、ツ・カ・レ・タ。
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 ■エヴォラ■
12:50分、レストランで腹ごしらえを終えてバスに乗り込みセビリアを後にした。なごり惜しいがスペインともいよいよお別れだ。夜にはポルトガルの首都リスボンに到着の予定。2時間ほど走ったところで途中休憩。ここのBARで飲んだレモンジュースが格別おいしかった。喉がカラカラだったのだ。(^^;
トイレも済ませ15:10分、バスは一路西に向け再び出発。ほどなくポルトガル領に入った。時差補正のため腕時計を1時間遅らせる。スペイン・ポルトガルともEU加盟国のため、国境はあってないようなものでノンストップで越境だ。窓外は、コルク樫の木が延々と続く。この国はコルクの世界一の生産国(95%)なのだ。16:20分バスはエヴォラの町に入った。ここで下車観光。エヴォラは周りを城壁に囲まれており、その街並みはユネスコの世界遺産に登録されている。アレンテージョ地方の中心地でもある。駐車場から"10月5日通り"の軽い上り坂を進むと丘の上にローマ遺跡、カテドラル、教会などがある。("10月5日通り"→ポルトガルが王制から共和制に変わった日。道路名にしている。)ローマ遺跡はディアナ神殿で2〜3世紀ごろに造られた、ドーリア式、イオニア式、コリント式が混在する神殿だ。大理石と花崗岩で造られている。カテドラルは入場見学で、ロマネスク様式のうえにゴシック様式が加えられた珍しい建築となっている。妊娠してお腹が大きくなったマリアさまがいたのには、たまげた。(←北海道弁で"驚いた"の意。) また天正遣欧少年使節団の伊藤マンショらが演奏したといわれるパイプオルガンも見ることができた。さらに隣にあるサン・フランシスコ教会も入場見学し、なんと人骨堂なるものまで見学(有料)した。天井画や金の装飾が施され、壁から天井にかけての四面はビッシリと人骨で埋め尽くされたいる。オレンジ色の照明がされており、なんとも不気味な感じ。ひととおりビデオ撮影をしたが、実はここは撮影禁止だと後で知った。知らなかったこととはいえ、あまりに堂々と撮影しているので誰も気づかなかったらしい。見張りの人もいなかったし・・・。(^^v ホントにごめんなさい。m(__;)m
と、まあいろいろ見学し、みやげもの店に挟まれた"10月5日通り"を下り駐車場に戻った。(みやげもの店には、コルクでできた壁飾り・コースター・鍋敷きなどもあった。さすが世界一のコルク生産国!) 近くにバスコ・ダ・ガマさんの銅像があり、"やっぱりここはポルトガルだ。"と実感する。関係ないけど胡椒の木もあった。18:00分、エヴォラを出発。あとはリスボンまで直行だ!!
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 ■ファドディナーショー■
19:30分、テージョ川を渡り、バスはリスボン市内に入る。イベリア半島最西端、つまりユーラシア大陸最西端の国にやってきたのだ。19:35分、ホテルに到着。バスを降りると・・・おおっ?? 風が強くて、寒〜い。あわててロビーに駆け込んだ。さて私の今日の行程はこれで終わったわけではない。ゆっくり休息したいという義父とカミさんをホテルに残し、オプショナルのファド(FADO)ディナーショーへと出かけるのだ。部屋で一休みしたあと、20:20分、バスでファドレストランへ出発、20分ほどで到着。今夜のメニューは、いかの炭火焼き風にポテト添えだ。ほどなくギターラ(12弦ギター)とギターの伴奏、そしてファディシタと呼ばれる歌い手のショーが始まった。切ない恋の歌、哀愁の歌、苦しい生活の歌など切々と歌う。ファディシタは女性は黒いショールを身につけ、男性は黒マント姿に片手をポケットに入れたスタイルで歌う。マイクは使わない。ファドは悲しげなイメージの曲だけのように思われるが、なかには客と手拍子をともにして歌う陽気な曲もあった。歌の合間にアコーディオンやタンバリン、トライアングル、、カスタネットなどの伴奏でポルトガルの民族衣装をまとった男女のにぎやかなダンスも披露された。デザートのオレンジとコーヒーをいただき、タップリ2時間のショーが終わったところで、ファディスタたちがCDやスナップ写真の販売で席を回る。写真を1枚買って店を出た。バスの車窓から、ライトアップされた歴史的な建造物や中世の石畳など幻想的な夜のリスボンの街並みを楽しみながら、23:00分ごろホテルに戻った。明日の準備を整え、バタンキューと、夢の・・・むにゃ・・・世界へ・・・むにゃむにゃ・・・。
【本日の走行距離:380Km、累計走行距離:2,195Km】
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