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2002.7.1 月曜日(旅の3日目)
カッパドキア〜コンヤ〜パムッカレ


きょうは、カッパドキアからコンヤを経由し、はるか西方の町
パムッカレまでバスで走破する。途中、神学校や博物館などを見学しながらの
移動だが距離はおよそ640Km、こりゃ大変だ。早めの朝食をとって
7時半にホテルを出発し、まず、220Km先のコンヤの町をめざす。
お昼ごろ着くのにコンヤ(今夜)とは・・・・。

トルコ絨毯
バスが走り始めて10分ほどで絨毯の製造販売をしている店に寄った。もちろんまだカッパドキアだが、この地方は昔から絨毯が特産品で質も高いという。そういえばペルシャ絨毯は有名だけれど、トルコ絨毯というのもきいたことがあるなあ。

店に入ると作業場に案内され、繭(まゆ)から糸をとりだし、紡ぎ、染色までの工程を見学した。次の部屋に案内され、そこではスカーフをかぶった織りこさん達が絨毯を織っている。もちろん全部、手作業だ。織り上げる絨毯のディザインをプロットした画板をみながら巧みに手を動かしている。こりゃかなりの熟練と根気のいる仕事だ。この仕事は織りこさん達の家の貴重な現金収入源になっているという。さらに広い部屋に案内され、りんご茶、紅茶、ワイン、ラク(トルコのお酒)などが振舞われた。いよいよ彼らの売りこみ活動スタート!! 若いスタッフ数人がつぎつぎと床に大小の絨毯を広げていく。ユーモアたっぷりのおじさんが外国人特有のアクセントの日本語で、いかに品質がよく、しかも安いかをアピールするのだ。延々30分ほど商品紹介がつづき、あとの売買は個人交渉となる。とうぜん値切る。有名な絨毯は先祖代々絨毯織りをしている「ヘレ家」の紋章が入ったもので、バスタオルより一回り小さいものでも数十万円もするのには仰天した。もちろんシルク製での最高級品ですが・・・・。ウールやコットン製のものはかなり安く、これらの素材を組み合わせた製品もあり、価格は千差万別だ。結局この店では、紅茶をご馳走になり、目の保養のみで終わった。

キャラバンサライ
絨毯屋さんを後にして3時間後、キャラバンサライを改造したレストランで昼食。メニューはチキンケバブ。食事終了間際、突然♪ハッピバースディツ〜ユ〜。札幌から参加のお嬢さんが、きょう?才の誕生日だという。添乗員さんが用意?したケーキの蝋燭を一気に吹き消し、みんなで拍手、誕生を祝った。おめでとう!! 

さてキャラバンサライとはシルクロード沿いにあった隊商宿のことだ。シルクロードを利用し交易をする隊商(キャラバン)を相手に、約40Kmごとに1軒あったという。なぜ40Kmごとか? 日の出から日没までキャラバンが移動できる距離だそうだ。そのころは盗賊集団が横行しキャラバンにとっても身を守りながらの大変な交易をしていたのだ。必然的にキャラバンサライは頑丈な石造りで、さながら要塞のように造られている。日没になると無慈悲に門をガチャリと閉めてしまう。キャラバンは次のキャラバンサライへ日没までに這ってでも到着しなければならなかったらしい。キャラバンサライに泊まれなければ野営しかなく、盗賊に襲撃される恐れがあるからだ。昼食がおわり外へでたら、NATO群の戦闘機が轟音を発して上空を旋回していた。

ビュユク・カラタイ神学校(コンヤ)
バスは進む。コンヤへは14時頃到着した。さっそくカラタイ神学校で写真タイム。ジェラレッディン・カラタイによって1251年、建造された。方形の門と、ドームが調和し、とても美しい。現在は、陶器博物館になっている。

インジュ・ミナーレ神学校(コンヤ)
さらに移動しインジュ・ミナーレ神学校で写真タイム。インジュ・ミナーレとは「細いミナレット」の意だそうだが、20世紀初頭の落雷で上部が失われ、皮肉にも太くずんぐりした感じになったミナレットが残る。1258年建造。現在はレリーフ(木彫石彫)博物館。

メヴァラーナ博物館(コンヤ)
14時半過ぎ、メヴェラーナ博物館に到着。博物館といってもモスクのような巨大な建物だ。それもそのはずで旋舞教団の教祖メヴェラーナの霊廟跡なのだ。博物館となったいまも、熱心な回教徒が聖者の象徴である大きなターバンををのせた棺の前で祈る姿が多数みられる。館内にはコーランの写本や旋舞教の儀式などに使われた衣装、絵画、楽器、さまざまな陶器、ガラス製品、絨毯などが展示されている。ところで旋舞とはなにか? 読んで字のごとく旋回する舞踊のことなのだ。偶然テレビでみたことがあるが、円筒形の帽子をかぶり、黒または白色のスカート風衣装をつけた男性が、ただただクルクル、スカートを膨らませ回転するだけの舞踊なのだ。あまりに単調なため、かえって神秘性を感じたのを思いだす。さて教団はトルコ共和国成立後の1928年、近代化の枷(かせ)になるとして解散させられ、旋舞も禁止された。旋舞は現在も禁止だが、年に一度(12月中旬)宗教活動としてではなく、観光行事としてのみ許可されているそうだ。残念ながら季節がら、我々は見ることができなかった。


パムッカレ到着
15時20分、コンヤを出発。
あとは、420Km先のパムッカレへ向け走るだけだ。
バスで移動中、激しい雷雨があった。
今回の旅行で、雨にあったのはこの雷雨ただ一回だけだった。
ケシが栽培されている畑が延々と続く。モルヒネの原料だ。
この国は、麻薬を製造輸出してる、とんでもない国なのかと思ったがそうではない。
医療用として政府が農家に許可をあたえ栽培させている。収穫後、
全て政府が買い上げる。それにしても、こんなに堂々と栽培していいものかと、
よけいなお節介が頭をよぎる。日本では決して見られない風景だ。
数回のトイレタイムをとりながら、パムッカレの町に到着し、ホテルにチェックインしたのは
22時だった。これから夕食とシャワーだ。
疲れてドロのように眠った。