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2002.7.2 火曜日(旅の4日目)
パムッカレ〜エフェソス〜イズミール


快晴。ホテルをでると、まだ気温も低く気持ちがいい。
しかし、きょうもこれから暑くなりそうだ。
パムッカレは"綿の城砦"の意だ。ローマ時代の都市遺跡ヒエラポリスと
石灰を含んだ温水が涌き出てできた石灰棚がある。
パムッカレのあとは、エフェソス、イズミールへと遺跡などを見学しながら走る。

ヒエラポリス(パムッカレ)
バスは7時半、ホテルをでて10分程でヒエラポリスの遺跡に到着。びっくり仰天した。前も後ろも、墓、墓、墓だ。石柱の一人用のものもあるが、箱型(もちろん石造りでかなりでかい)のものは家族のお墓だという。中を覗いたら、両脇に2段ベットのように石板が設置してある。合計4人がここに葬られるわけだ。ツアー仲間の若い女性が、その石板上に横になって寝心地を確かめていた。結構、度胸があるな〜。わたしは気味が悪いので遠慮した。写真を何枚かとって、バスは約3kmも続くこの墓群を両側に見ながら石灰棚へ向かった。

石灰棚(パムッカレ)
石灰棚はヒエラポリスのすぐ近くで、ほどなく到着。駐車場から5分ほど歩くと、山肌が真っ白になった石灰棚が目の前に広がっている。"綿の城砦"の綿はこの純白の石灰棚だったんだ。さらに近づいてみると、なんだ?、なんだ?、これは?。棚田じゃないか!! 日本人の私は綿というより、一瞬、山奥深い日本の棚田の風景を想い浮かべたのだ。棚田そっくりだ。違うところは白いことと、植物がまったくないこと。もうひとつ、違うことがあった。はだしになって中に入ってみると、温水なのだ。石灰を含んだ温水が涌き出て、あきれるばかりの長い年月をかけてこの白い棚田を創った。カッパドキアでも感じ入ったことだが、ここでも自然の偉大さにに脱帽。近くにはこの温水を利用した、一度に1,000人が入れる(ホントかな?)大ローマ浴場跡や、宿泊施設跡が残っている。現在、石灰棚はユネスコの世界遺産に指定されている。

ファッションショー
8時40分、石灰棚を出発。正午、エフェソスに到着、革製品の店に立ち寄る。商売上手のこの店は、いきなり販売フロアには案内しない。まず、レザージャケットのファッションショーをみせるため、ステージがついた部屋へ・・・。部屋といっても三方は壁がなく屋根のみで風通しがいい。正面のステージ側は建物につながっており、ここからモデルさんが出入りするらしい。ステージを囲むように椅子が用意されており、座って見学する。

やがて強烈なビートを伴ったロック調のミュージックが流れ出し、ファッションショーの始まりだ〜。颯爽と男女のモデルさんが、次々登場する。ドヒャー、さすがモデルさんだ〜。みんな抜群のスタイル、私のような太鼓腹は一人もいない。着けているジャケットは、どれもこれもよく似合うぞ。あれ?、なんだかジャケットにヒラヒラくっついてる?? あれなんだ?オイオイ、値札だぜ。ま、いいか。おっと、顎鬚のナイスガイがこっちに接近してくる。カミさんに手をさしのべ、ステージにあがれのジェスチャーだ。俺のカミさんになにをする〜!! あああっ、♪異人さんにつれられてい〜っちゃ〜た。年配のおじさんも一人つれていかれた。やがて楽屋からさっきの顎鬚ナイスガイとクリーム色のレザーコートを着せられたカミさんが現れた。ちょっとはにかんでるな。ん!、けっこかわいいんじゃん。もう一人のおじさんも、サイケなガウン調のようなものを肩からかけられウイリアムテル風の帽子をかぶり笑顔でステージを闊歩する。ヤンヤ! ヤンヤ! 最後に、カミさんとおじさんは手をつないで楽屋に消えた。とまあ、こんな調子でファッションショーは無事終了、ハイ次の間へドーゾ。カッパドキアの絨毯屋も商売上手だったが、革製品屋もしっかりしたものだ。店のなかは、革のベルト、バッグそしてジャケット、コートなどが、整然と展示してある。店員さんが商品をすすめる。客はフンフンを聞いている。男物のジャケットは4〜8万円くらいで品質もGOODだった。店員はちょっとしつこかったが人柄は親しみやすく、みんないい人たちだった。カミさんのファッションショー出演料はもらえなかった。

ミニ・シシカバブ
13時20分、近くのレストランで昼食。
メニューはミニシシケバブ、サフラン風味ライス、トルコ風ナン、野菜サラダなど。
午後から聖母マリアの家に立ち寄り、エフェソスの遺跡を見学する。
エフェソスはアナトリア地方の西端でエーゲ海に面している大規模な都市遺跡だ。
古代には港を持った都市として栄えたが、川が運ぶ土砂で現在の海岸線は
はるか後方に遠ざかっている。

聖母マリアの家(エフェソス)
バスは14時過ぎ、聖母マリアの家に到着。洗礼浴槽(当時の洗礼は浴槽に体をザブンと浸す)を過ぎたところにある茶褐色の石造りの建物が、聖母マリアの家だ。想像していたものよりかなり小さくかわいらしい建物だ。中を見学すると、小さな祭壇があるのみ。(撮影禁止) 本当に聖母マリアはここに住んだことがあるのだろうか?

実は、聖書にマリアがこの地にきたことは記されているという。が・・・この家に住んだかどうかとなると怪しい。住んだという学問的な証拠がは今もないからだ。地元の人々は「ここがマリアの家に間違いないさ」と言う人が多いと聞くが、日本の桃太郎伝説発祥の地や、邪馬台国の場所は畿内か九州かなどにみられるように、決定的な証拠がないだけに「おらが村に決まってら」的発想でそうなるのは自然な成り行きだ。私はなんとなく、マリアはここに住んでいたような気がした。なんとなく・・・・・。 駐車場への帰り道、聖なる水を飲める場所があった。この水を飲むと健康になるというので、命根性の汚い私は、今健康であるにもかかわらず、ありがたく、たらふく飲んだ。

エフェソス都市遺跡
15時20分、エフェソスの都市遺跡に到着。かなり暑い。体感35℃くらいか? 木陰でジェムの解説をひととおり聞いたあと、ぶらぶら歩きながら見学。半円形の音楽堂。音楽堂といっても当時は神をたたえるものばかり上演されていたため聴衆は退屈していたそうだ。道をすすむとコリント様式のハドリアヌス神殿が美しく建っている。道はすべて大理石でいまでもツルツルした白い透明感のある光沢を放っている。ここは古代の銀座通りなのだ。道の両側は店が建ち並び、いまは柱しかないが柱の上には屋根もちゃんとあったのだ。2千年間の風雨にも耐え、よくぞ今まで残っているものだ。古代のトイレ跡もあった。もちろん石造りで洋式だが、ベンチのように何個も便器がならんでいる。隣の人との仕切り板などはない。ようするにトイレといっても大きな部屋で、政治の話などをしながら多数の人と一緒に用をたしていた。当時のトイレ文化はすこぶる開放的だったのだ。

ケルスス図書館
さらに進むと、巨大なケルスス図書館跡が現れた。ここには20万枚(冊ではないぞ)の本があったという。当時の本は長いパピルスに書かれていたので1冊、2冊ではなく1枚、2枚と数えられていた。アレキサンドリア、ペルガモンに次ぐ世界で3番目の規模をほこる大図書館だったそうだ。ところで、この図書館の道路を挟んだ向側には愛の家(売春宿跡)がある。図書館と愛の家は地下道でむすばれており、男たちは「図書館に行ってくる〜。」といって、実は地下道をとおって愛の家に直行していたのだ。男の心理は今も2千年前も、ぜんぜん変わっていないのがおもしろい。

案内板
愛の家への案内看板も残っている。この看板は立っているのではなく、大理石の道に敷石と一緒に埋め込まれている。看板自体も大理石で女性の顔や足跡、ハート形など絵文字のように表現している。エフェソスに着いた船員たちが利用したものだという。ちなみに、この足跡より小さい足の人は、愛の家には入れなかった。

野外劇場
暑さと、てくてく歩きで、そろそろ疲れがでてきた。とその時、オー、でかい。これはでかい。巨大な野外劇場跡が目の前に現れた。2万5千人が入いれるそうだ。この劇場は山肌を利用して造られたため崩れずに残っているが、平地に造られたもうひとつの5万人収容の野外劇場は崩れ去り、現存していないそうだ。この二つの劇場の収容規模で、当時のエフェソスの人口を推定できる。劇場には17歳以下の子供や女性、奴隷は入ることはできなかった。すなわち18歳以上の男性のみが劇場に入れたわけで、その数は7万5千人いたことになる。逆算すると、当時のエフェソスの人口は40万〜60万人くらいだったと推定されているのだ。劇場では、ピアノやシンセサイザなど現代楽器が並べられ、人々が今夜おこなわれるコンサートの準備をしていた。この劇場は今でも生きているのだ。

アルテミス神殿跡
18時、バスでアルテミス神殿跡に移動。なんじゃこりゃ。湿地に石柱が一本ポツンと建っている。これが、ピラミットなどと並ぶ古代七不思議のひとつアルテミス神殿跡なのか? 実際には世界ではじめての総大理石造りで、127本の石柱が屋根を支えており、規模においても、アテネのパルテノン神殿をはるかに凌いでいたのだ。往時の面影はまったくない。発掘物の多くは大英博物館にあり、現在建っているこの一本の石柱もレプリカだという。ちょっと、ガッカリだ。ちなみに古代七不思議とは(ギザのピラミット)(バビロンの空中庭園)(アレキサンドリアの大灯台)(ロードス島の巨像)(オリンピアのゼウス像)(ハリカルナッソスの霊廟)それに(エフェソスのアルミテス神殿)である。

イズミール到着
きょうの見学は中身が濃かったな〜。
新しい発見がたくさんあったぞ。満足、満足。
今夜の宿泊地はエフェソスから近い港町イズミールだ。
ホテルへは19時20分到着。
エーゲ海に沈む夕日とともに旅の4日目は終わった。
グッスリ眠って明日に備えよう。