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2002.7.3 水曜日(旅の5日目)
イズミール〜ベルガマ〜トロイ〜チャナッカレ


きょうもメインコースは遺跡見学だ。
ここイズミールから94Km先のベルガマへ向かい
アスクレピオン遺跡とアクロポリス遺跡を見学する。
さらに199km走りトロイの遺跡を見学したあと
チャナッカレに移動し一泊する。

朝7時、イズミールを出発したバスは左側にエーゲ海をみながら
一路ベルガマをめざす。距離は94km。ベルガマはヘレニズム時代から
ローマ時代にわたり栄えたペルガモン王国の壮大な遺跡があるところで知られている。
ベルガマはペルガモンが転じた地名だ。

トルコ石(ベルガマ)
8時40分、ベルガマ到着。遺跡見学の前にトルコ石の宝石屋さんによる。店内は冷房がきいておりホッと一息つく。ただし、一息ついたのは男性連中で、女性たちの多くはすっかり青緑色のトルコ石にくぎづけ。カミさんもお土産にとペンダントなどを買い求めていた。お土産だけかと思ったら、しっかり自分の指輪なども買ったらしい。とにかくご婦人は宝石が大好きらしい。店員はもちろん女性で、日本語を話す。

アスクレピオン遺跡
1時間後、店を出発、10時過ぎ、まずアスクレピオンの遺跡到着。アスクレピオンは古代の医療センタ跡だ。ここでの治療は現代の医療からみるとインチキと思われるようなものだが、当時は驚異的な治療効果をあげたらしい。患者は聖なる水で体を清め、地下道をくぐりぬけて円形の治療所に入る。やがて眠りに着き、神の声(実際は壁に埋め込まれた土管から医師(神官)が囁いた)が聞こえ、治療法や投与薬の名などが告げられる。神からの声ということで患者はその後、メキメキよくなる。ようするに心理療法だ。古代から「病は気から」を知っていて、それを利用した治療法だったのだ。アスクレピオンには、このようにな治療を行った跡がいろいろ残されている。説明は省略するが地下道などにも仕掛けがあって心理療法が行われていた。患者としては騙されているとはつゆ知らず本当に治癒するのだから、ありがたかったに違いない。さらに、治る見込みのない患者は最初からここには受け入れなかったというのだ。治癒率が抜群によくなるのは当たり前だ。現代日本なら医師法違反で逮捕ものだぞ!! 古代はおもしろい。

ハマム
11時アスクレピオン遺跡出発。
車窓からオスマントルコ時代のトルコ風呂の建物、
ハマムがみえた。トルコ共和国の名誉のためいっとくけど、ソープランドじゃないぞ。
ハマムはトルコの人達の銭湯なのだ。トルコの家庭には風呂がないため、
時々ハマムへいき、アカを落としサッパリする。女性は別の入り口から入る。
もちろん浴槽は別々だ。これって日本の銭湯となんら変わりないよね。
こんなところもトルコに親密感を感じるな〜。
三助さんもいて、アカすりやマッサージもしてくれるよ。

アクロポリス遺跡
バスは30分程で次ぎの見学地、アクロポリスの遺跡についた。紀元前200年頃創られたといわれる遺跡で、エジプトのアレキサンドリアと並ぶほど栄えたといわれている。美しい白い石柱や大理石の造形物が数多く残っており、当時の隆盛を彷彿とさせる。また、水道橋跡が残されており、すでに上下水道が完備していたという。山すそを利用した、1万5千人収容の野外劇場跡もみられる。栄枯盛衰、二千年以上前に実際ここを闊歩していた人々が現実にいたんだな〜。野外劇場へ行ったり、アテナ神殿へ行ったり、図書館へ行ったり・・・・・。いまはもう誰もいない。一瞬、当時の時代にタイムスリップしたような気がした。遺跡では4・5人の地元の人?が除草作業をしていた。彼らは、この仕事で生計をたてているのだろうか。ここからは赤い屋根で埋まった現在のベルガマの街が一望でき、最高の眺めだった。



トロイの遺跡
17時40分、ハインリッヒ・シュリーマンが発見したトロイの遺跡に到着。トロイはダーダネルス海峡に面したアジア側の町である。木馬が私達を迎えてくれた。

ここは、ほんとうにホメロス(BC9世紀の吟唱詩人)の叙事詩「イリアス」に記されたトロイなのか?トロイ戦争はギリシヤとの戦いで、約10年間続いたのだが、ギリシア側が攻略をあきらめ、巨大な木馬を残して引き上げた。どっこいこれが策略だった。トロイ軍は戦勝気分でこの木馬を城内引き入れたところ、木馬のなかからギリシヤ兵数十人が躍り出て火をかけ城を攻め落とした。(油断大敵、火がボーボーって、このことじゃないか)

ホントにトロイ?
この有名な話が「イリアス」に記されているのだが、肝心のトロイという場所はわからなかった。19世紀にシュリーマンにより発見されたのが、ここトロイの遺跡だという。見渡すと、残念ながらほとんどが崩れており、石積の城壁などが荒涼として残っているのみだ。遺跡は興亡を繰り返し、数時代の遺跡が層をなしており、ガイドのジェムがくわしく解説してくれたがきわめて難解だ。ようするに遺跡の上に遺跡があり、その上にまた遺跡が・・・・ということらしい。普通、文明が滅びると人々はその場所を捨てる。とろが、トロイの人々は滅んだ街の上に街をつくり、その街が滅びるとまたその上に街をつくった。トロイの人は、よほどこの場所が好きだったんだな〜・・・。で、ほんこうにここが「イリアス」に記されたトロイ戦争の舞台だったのか?例によって「ソウダ!!」という意見と「チガウ!!」という意見に分かれているのだ。私は「ソウダ!!」と声を大にしていいたい。根拠は? ただなんとなく・・・・・。

チャナッカレ到着
19時20分、本日の宿泊地チャナッカレに到着。
ホテルのお土産屋さんで、海泡石のパイプを買う。
このお土産屋さんはのんびりしていて、お客さんがいるのに店を閉めている。
フロントで「お店開けてよ!」と頼んだら、10分くらいしてジャラジャラ鍵をもった
美人のおねえさんが面倒くさそうに現れ、おもむろに店を開けてくれた。
ダーダネルス海峡の夕日をみながらの夕食は最高だった。
さわやかな風にひたり、ロマンチックな夜だったな〜。
あすは、いよいよイスタンブールに入るのだ。お・や・す・み。