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2002.7.4 木曜日(旅の6日目)
チャナッカレ〜イスタンブール


トルコの旅も、あっという間に早6日目だ。
遊んでいるときの時間の流れは速い。
本日のコースは、フェリーでダーダネルス海峡を横断し
対岸のヨーロッパ側、トラキア地方に渡る。
そのあと約300Kmバスで、北上しイスタンブールを目指す。
イスタンブールではトプカプ宮殿、ブルーモスクなどを見学する。

イスタンブールへ
朝6時30分、チャナッカレのホテルを出発。アジア側のアナトリア地方とはいよいよお別れだ。7時、港に到着。バスごとフェリーに入り、あとは船内を自由に行動できる。7時30分、フェリーは岸壁を離れ始めた。ダーダネルス海峡は約30分後の8時、対岸ゲリボルの街に着いた。右にダーダネルス海峡をみながらバスは快調に北上する。出発してまもなく、突然、丘陵地帯に、ひまわり畑があらわれた。まぶしい太陽の光をいっぱいにうけ、黄色い花が延々と大地を覆う。多分、種から油をとるのだろう。途中、左にエーゲ海、右にマルマラ海が広がる。時々モスクのミナレットが遠くに近くに現れる。国民の99%は、イスラム教徒なのだ。しかしながらこの国はイスラム以外の信仰も保証されている。また、厳格な政教分離政策がとられている国でもあるのだ。政教分離が憲法にうたわれている国は、世界でトルコと日本だけだそうだ。こんなところも日本と似ていて親近感がわく。さて300kmを走りきり、イスタンブールが近づいてきた。人も車も建物も多くなる。黄色いタクシーや市内電車も走っている。緑の多い街だ。遠くにブルーモスクの尖塔が見える。♪”翔んでイスタンブ〜〜ル”・・・ついにきてしまった。13時過ぎ、マルマラ海が一望できるレストランへ到着。きょうの朝食は5時ごろだったので腹ペコだ。しっかり食べて、このあとの市内観光に備える。

インフレ
ところで、この国には憂慮しなければならないことがある。猛烈なインフレーションなのだ。チョット見にくいが、左の写真はこのレストランのメニューだ。ビール一杯がなんと3,000,000トルコリラ、その横のコーラ、ファンタ、スプライトジュース一本が2,500,000トルコリラもするのだ。写真のお札は、1,000,000トルコリラだ。これを3枚払うとビール一杯、口にすることができる。旅行時のレートは1,000,000トルコリラは約80円だった。なにしろ財布のなかは数十億トルコリラが入っているので大金持ちになったような気がしたが、桁を間違って支払ってしまうこともあるというから、注意が必要だ。あまりの桁の多さに、まるでおもちゃのお札を持っているような錯覚に陥ってしまったのだ。

ブルーモスク・アヤソフィア
14時30分、ブルーモスク(正式名:スルタナーメット・ジャミイ)に到着。向かい合うように建つアヤソフィア大聖堂も我々を迎えてくれる。快晴。気温はおそらく30℃はかるく超えているだろう。アチ〜ヨ〜。アヤソフィアをバックにツアー仲間全員で記念写真を撮影後、ブルーモスクのなかへ入る。なぜ、ブルーモスクと呼ばれているか? なかへはいって納得。壁や柱がブルーのモザイクタイルで覆われているのだ。巨大なドーム型の空間と、それを覆うブルーの美しさにおもわずため息。タイルの1枚1枚はチューリップやカーネーションの花などが細かくディザインされたものだ。ちなみにチューリップはイスタンブールの花だという。(バラは棘があるのでだめだとか・・。)あれ? 像の足と呼ばれる2本の巨大な柱に蛇口がついている。これはなんだ? 実は、柱の中は空洞になっており、雨水を溜める貯水槽として利用していたのだ。現在は30mもある柱に水を入れると、水圧で柱が傷むというので、利用されていない。サークル状の電球が天井からかなり低い位置につりさげられている。当時は菜種油のランプがあった位置で、灯をつけたり消したりするため、低くしてあるのだという。現在は電球なのでその必要はないのだが、高さは当時のままにしてあるのだ。偶像崇拝はしないイスラムのモスク内はゴテゴテした飾り物などはなく、いたってシンプルだ。メッカの方角に向かって、熱心な信者が膝をおり、祈りをささげていたのが印象的だった。

競馬場跡
ブルーモスクを出て徒歩1分、西側に隣接する広場がローマ競馬場跡だ。競馬場といっても日本のように円形のトラックになっているわけではない。350mの直線競馬場なのだ。現在は札幌大通り公園みたいに広場として利用されている。しかし驚いた。なんとオベリスクが建っているのだ。よくみるとヒエログリフもクッキリ刻まれている。あきらかにエジプトのものだ。ジェムの説明によると、ローマ時代、エジプト・カルナック・アメン神殿から運ばれたものでテオドシウスのオベリスクと呼ばれている。あまりに巨大で全部は運搬できず、下部をチョンギって運んだというのだ。観察すると、台座の上にあるオベリスクのヒエログリフが途中から始まっており、切断面がよくわかる。それにしてもトルコでオベリスクをみるとは・・・・・。(そういえばパリのコンコルド広場にもエジプトからもってきたオベリスクがあったな〜。)この広場には蛇の円柱と呼ばれるものと、もう一本のオベリスク(詳細不詳だがかなり古そ〜)があり、3つの記念碑として有名だ。

地下宮殿
さらに徒歩で地下宮殿へ。地下宮殿はビザンチン時代の地下貯水槽だ。イスタンブール市内だけでも32箇所あるというが、ここがとくに美しいため観光施設として開放されている。コリント様式の石柱336本が天井を支えている.。石柱にはさまざまな模様が見られるが異教徒の神殿から石材を集めたためといわれる。涙の柱が有名だ。また基礎石として使用されている、顔が逆さになったメドゥーサの首も有名だ。なぜ逆さか? 理由は簡単。どうせ水の中に沈む部分なので、上下左右関係なしで使った。顔が横になったメドゥーサさんもいたぞ〜!!

  

トプカプ宮殿
さて、きょう最後の見学場所はトプカプ宮殿。地下宮殿から徒歩で移動。暑い。ツアー仲間もヘトヘトの状態だ。宮殿はメフメット二世(15世紀)がコンスタンティノーブル征服のあと建てられてものだ。トプカプは「大砲門」の意味でボスフォラス海峡側に大砲が据えられていたとこらから、この名がついた。以来、歴代のスルタンがここに居をおいたが20世紀初頭からは、博物館として公開されている。第1庭、第2庭などの広大な庭があり、とにかく広い。宝物館や陶磁器室もあり、おびただしい数の大小の陶磁器や銀細工など展示されている。武器の展示館に入ってみた。甲冑や刀、オノ、弓、鉄砲などがところ狭しと展示してある。驚いたことに日本の鎧兜まで展示してあった。宮殿敷地のなかは、有名な幸福の門や、ハレム、議事堂などを見ることができる。

割礼の風習
宮殿内を割礼の儀式をおえたと思われる子供が、派手な儀式服をきて(写真中央の小さな子)、友達と歩いている。日本の七五三のような風習か?この慣習は残酷だとしてアムネスティーインターナショナルが中止を求めているものだが、イスラムの世界では神聖な儀式としていまも行われている。一人前の男として認められるには、割礼、髭、妻帯が条件なのだそうだ。

ベリーダンスの夕食
暑さと、徒歩見学のため、疲れた〜。ようやく、見学が終わり18時30分、冷房のきいたバスに戻り、極楽気分。20時50分、ベリーダンスショーを楽しみながらの夕食。アコーディオンと太鼓の音楽に民族衣装を着けた軽快な男女の踊りのあと、ベリーダンスが始まった。エジプトでも見たことがあるが、特徴としてエジプトは太身のダンサー、トルコは細身のダンサーだそうである。そういえばエジプトで見たベリーダンスのおねーさんは、かなり肉付きがよかったな〜。イスタンブールの夜は、ベリーダンスとともに更けていく・・・・・。