打ち寄せる波の音。雲一つない空は、茜色に染まっている。遠く江ノ島を望めば、まるで夕日が吸い込まれるように沈んでいく。
この景色を見るのは、これで二度目だ。
「仙道、これから少し時間あるか?」
あれは、1年の学期末テストの最終日。
テストが終わったことで部活禁止令が解かれ、いつもより早い時間から部活が始まったおかげで、帰る頃には日が沈んでいることがしばしばだった今までとは違い、
今日はまだ明るいうちに練習が終わりになっていた。
「あるけど。…なんで?」
「おう、ちょっとな。おら、さっさと着替えろ!」
そう言って、越野は仙道の背中をバンッと叩く。
「早くしろよ。見られるもんも見られなくなっちまう」
それからほどなくして、二人は部室を後にした。
校門を出て、海へと続くような坂道を下っていく。いつもなら電車通学の越野とは、この陵南高校前駅の踏切で別れることになるのだが、
「折角早く終わったんだし、浜に降りてみようぜ」
と、越野は言うよりも早く踏切を渡る。慌てて仙道もその後を追った。
目の前の横断歩道でいったん止まり、越野が信号機のボタンを押す。
(…そういえば、今まで練習以外で浜に降りた事って無かったな…)
ふとそんなことを思い出した。休日でも、たいてい家で寝てる事が多いのだ。
しばらくして信号が青に変わり、砂浜へと降りる階段のある方へ二人で渡る。
砂浜に降りると、夕日がもうすぐ沈むところで、辺り一面夕焼けで赤くなっていた。
これだけ見晴らしの良いところでの夕焼けは見たことがなかった。前に東京で、電車の中から夕日を見た時は、ビルの間に沈んでいくのが酷く窮屈そうに見えたものだ。
「きれーだなぁ…」
そんな言葉が自然と出てきた。自分でも知らないうちに、ごく自然と。
「そうだろ、そうだろ。だから連れてきてやったんだよ」
そう言って振り返った越野は、満足そうに笑っていた。
「地元の俺だったらいつでも見られるけどさ、お前ここには3年しかいないだろ?1年のうちでもこんだけ綺麗な夕焼けってのはなかなか見られないからな。だから見られるうちに、お前に見せてやりたかったんだ」
「え…」
一瞬言葉が詰まって、なんて返せばいいのか解らなくなる。
「本当はな、これからが綺麗なんだ。夕日が沈んで、空の上の方から段々と暗くなってくるだろ。そうすっとな、紫からオレンジまでのグラデーションになるんだ。その色合いがすっごく綺麗なんだぜ」
知ってたか?と越野が尋ねてくる。俺は首を横に振るのが精一杯で、まだ声を出せないでいた。
なんだろう。この感じ。『胸がいっぱい』ってこういうことを言うのかな…?自分の中で、いろんな感情がグルグル回っていて…なんだか苦しくて…、言葉にしようとしてもうまく言葉が浮かんでこない。
この場合、ありがとうって言えばいいのか。けど、何に対して「ありがとう」なんだろう?それどころか、何故か泣きたくなってくる。
前を歩いている越野の姿が少しゆがんだ。きゅっと目を瞑る。涙なんて、悲しい時とか悔しい時とか、嬉しい時とかに出てくるもんだろう?
そう自分に問いかけて、はっとした。
…そうか…嬉しいんだ。今まではこんな風に、自分が素敵だと思ってることを分けてくれる友達なんて、いなかったから。
越野は今日俺のために…この風景を俺に見せるために、ここに連れてきてくれたんだ。 そう思うと、心の内側から暖かいものが満たされていく感じがして、自然と笑顔がこぼれていた。
「ありがと。越野」
「あ?何か言ったか?」
「いーや、何も」
「?…変な奴。まあいいや。う〜、日も落ちてきたし、寒くなってきたなー」
「じゃあ俺が暖めてあげる!」
「アホかてめーは!!…って、抱きつくんじゃねぇー!!」
「はっはっは、うんうん」
「うんうん、じゃねーよ!早く離せー!!」
真っ赤になって抗議の声を出している越野を抱きしめて、俺はもう一度、「ありがとう」と心の中で呟いた。
あれは、1年の学期末テストの最終日。
夕日を見て、とても感動したのを覚えてる。
涙が出そうなくらい嬉しくて、暖かい気持ちにもなれた。…でもなぜか胸が苦しくて。
今思えば、あの時からかも知れない。
気が付けば、越野を好きになっていた。
つづく。
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