―――越野のことがもっと知りたい。
そう思うのは、親友になりたいから?それとも………。
「あれ…越野、その引っ掻き傷、どうしたんだ?」
2年の夏。
インターハイへの切符を逃した陵南バスケ部は、夏休みも練習に明け暮れていた。
各自弁当持参で、朝から晩まで練習、という厳しさである。夏休みだからと言って、遊ぶ余裕など全くと言っていいほどない。
そんな中で、この一時間の昼休みは部員達にとってまさに砂漠の中のオアシスのようなものだった。ただ、ほとんどの者が昼食を食べたら昼寝をしてしまうのだが…(それだけ体が休養を求めているのだろう。)
「あ?あぁ、これか…。昨日、うちのチビとじゃれて遊んでたから…」
左腕の内側の傷をなでながら、越野は弁当のふたを閉じた。
2年になって同じクラスになった仙道と越野は、1年の時よりも一緒に過ごす時間が増えていた。昼食はいつも屋上で。日差しは強いが、海からの心地よい風がそれを和ませてくれる。なにより、ここから見える海が最高なのだ。
「チビって、この間言ってた子犬?」
(そういや、お姉さんが拾ってきたって言ってたな…)
仙道はペットボトルのポカリを飲み干して、越野に聞いた。
「うん。こいつがさ、元気が良すぎて困ってんだよ」
そう言いながらも、かわいくて仕方がないのか、越野の顔には笑みが浮かんでいる。
そんな越野の笑顔を見て、仙道は、あの時の気持ちがまた自分の心に訪れているのを感じた。
越野が夕日を教えてくれた日の、あの嬉しくて暖かくて…胸が苦い気持ち。
なんでだろう。越野といると楽しいのに、時々こんな風に苦しくなるのは何故なんだ…?
何かが胸でつかえてるような……。
ギュッと胸の辺りのTシャツを握りしめて、少し考えてみる。――でもやっぱり解らない。
「…仙道?」
「え…?――う、わっ」
目を開けたら越野の顔が間近にあって、俺はびっくりしてのけぞった。
「どうしたんだよ。日射病か?」
「えっ。な、なんで?」
まだ越野はのぞき込むようにして俺を見ている。なんだか目が合わせづらい。心臓がバクバクいってる。顔も熱い。きっと今、真っ赤になっているんだろう。
よっぽどさっきのが驚いたんだな、と俺は思った。
――…でも。
「だって、急に黙ったと思ったら胸の辺り押さえて苦しそうにしてるし。ここ日差し強いから日射病かと思って」
「ち、違うよ。大丈夫…だ、よ。それより、」
「ん?」
「子犬の名前、チビって言うの?」
「まさか。“プロキオン”だよ」
そういって越野は、また少し笑った。
心臓を落ち着かせるためにさっきの話に戻したのに、まだ鼓動は治まらない。
驚いただけなら、すぐに治まるはずなのに…俺、どうしちまったんだ…?
「“プロキオン”って、こいぬ座の一等星の名前なんだってさ」
「へ、へぇ〜。博識だね、越野」
「俺が付けたんじゃねーよ。母さんが付けたんだ」
「じゃ、じゃあ、星とか好きなんだ?越野のお母さん」
このドキドキを越野に知られたくなくて(なんでそう思ったのかは解らないけれど)、越野の話に合わせて相づちを打った。そうして話しているうちに、元に戻ると思ったからだ。
「ああ、すっごく好きだぜ」
…トクンッ…
越野の一言に反応して、ひときわ大きく心臓が波打つ。
―――あ、れ…?
さっきよりも鼓動が速い。どうしよう…なんか変だ…。心臓病かなんかなのか?俺。
そんなことを考えていると、額に少し冷たいものが触れた。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
越野が心配そうに聞いてくる。額に触れていたのは、越野の手のひらだった。
「顔赤いぞ、お前。熱は…」
そうしてさっきのように顔をのぞき込んだ越野に、俺の心拍数は瞬く間に上がった。
「やっぱり少し熱いぞ、仙道。午後は練習切り上げて寝てろよ……って、おい!?」
気が付くと、俺は越野の手を振り払っていた。これ以上触られていたら、もっと苦しくなるような気がして。
「あ…。スマン、越野。やっぱ俺、なんか今日調子悪いみたい。帰って寝るわ。先生にうまく言っておいて」
「あ、ああ。気を付けて帰れよ」
「うん。じゃあね」
それから家に帰って寝るまで、越野の言葉が頭から離れなかった。
少し前を歩く越野の背中を見ながら、仙道は半年前の出来事を思い出していた。
(あの時はほんと、何がなんだか解らなかったんだよなぁ…)
ここは陵南高校前駅のすぐ前に広がる海岸。
ちょうど1年前、越野に連れて来もらった場所。今も、あの時と同じように夕日で辺り一面茜色に染まっている。もう少し経てば、越野の好きなグラデーションの空色になる。
(でも、今なら解るよ。……俺は、)
「越野のことが、…好きなんだ」
ピタッ…と越野の歩みが止まった。そしてゆっくりと振り向く。
「仙、道?」
予想通りの反応。やっぱり驚くよな。こういうこと言われたら。
「今の…」
「…うん。越野のことが好きだよって言った」
「す、好きって、お前…」
「…友達の“好き”って意味じゃなくてね」
「…………」
「すぐに答えが欲しい訳じゃないから…急がなくてもいいよ」
「…仙道っ…」
「じゃあね、また明日」
何か越野は言いたげだったけど。
もしもそれが否定の言葉だったりしたら…と思うと、怖くて聞けなかった。
いや、聞きたくなかったのかも知れない。
それから俺は夕焼けの中、一人帰路に就いた。
明日、越野にどんな言葉をかけるかを考えながら…。
つづく。
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