「せ〜ん〜ど〜お〜」
 明らかに怒りを含んだ物言いで、ずがずかと教室に入ってくる。
「…てめぇ!朝練さぼるたぁ、どうゆうことだよ!!ああっ!?」
 そして、机にうつぶせになっていた俺の頭をバシッと叩いた。

 結局、あれから無い頭を振り絞って考えても、越野にかける言葉が思い浮かばなくて。
 案の定寝坊して、朝練に間に合うような時間じゃなくなっていた。
 …だったら。このままさぼってしまえば……。
 きっと越野は怒って何か言って来るに違いない。自分から言えないんだったら、向こうから言うように仕掛けよう。
 そう思って、始業ギリギリで教室に入っていった。

「今年は俺達の最後の年なんだぞ!キャプテンがそんなことでどーするよ!」
 ガタガタ、と、隣の自分の席へ荷物を置く越野は、いつもと変わらない様子だ。
(…ん?ちょっと待て。いつもと変わらないってことは…。昨日のことは気にしてないって事か?…あ、あれ?昨日俺、ちゃんと告白したよな?夢じゃないよな?…告白された次の日って、どんな感じだったっけ…?あー、覚えてねぇや…。こんなことなら日記でも付けときゃよかったかなぁ。告白したのなんて生まれて初めてだったからなにがなんだか…。でも越野、何か昨日言いかけてたような…。あれってやっぱり…。)
 そんなことをグルグル考えていると。
「何とか言え。この遅刻魔!」
「い、いででで…」
 むぎゅーと頬をつねられて、ハッと我に返った。
「痛いな〜もう…」
 つねられた頬をさすりながら越野の方を向くと、少し目が充血してるみたいだった。
「…越野はいつも通り朝練来たんだ?」
「なに当たり前のこと聞いてんだよ。そういうお前はまた寝坊か?」
 まったくしょうがないヤツだな、とでも言うように、少し大げさに溜息をついてみせる。
「…うん。(越野のこと、ずっと考えてたからね。)そういう越野は?昨日はよく眠れたの?」
「…何でそんなこと聞くんだよ」
「別に。…ただなんとなく」
 目が赤いのは、夜更かしした証拠じゃないの?それって、少しは俺の言ったこと、考えてくれたって事?
――聞きたいことはたくさんあったけれど、喉まで出かかっていたそれらの言葉達を飲み込んで。努めて普段通りの笑顔を作って見せた。
「………っ…」
 越野はまた何か言いたげに口を開いたけれど、きゅっと唇を引き締めると同時に黒板の方に顔を向けてしまった。
「…明日はさぼるなよ」
 そう言い終わると同時に先生が教室に入ってきた。
 HRが始まってしまったおかげで、言葉を返すタイミングを逃してしまった俺は、何となく気まずいな…と思ったけれど。
 お昼が過ぎて部活の時間になる頃には、いつもと変わらない越野で少しホッとした。






「はぁ〜……」
 仙道は今日何度目かの溜息をついた。
 手には釣り竿。向かい合うのは、広大な海。今はもう、真夏の日差しが眩しくなってくる時間である。
「……なんで…」
 なんであれから何も言ってこないんだろう。最初は、いつもと変わらない態度をとってた方が気が楽だったけど。…でも。あれから5ヶ月も過ぎてるのに、越野は相変わらず今まで通りの接し方をしている。そりゃあ、答えは急がなくてもいいって言ったけどさ…いくらなんでもここまで何も言わないって事は……。
「…おい。こんなとこでなにしてやがる…」
 いきなり背後から声を掛けられて、仙道は持っていた釣り竿を落としそうになった。
「あ…、こ、越野…。お、おはよー…」
「今はもう、おはようの時間じゃねぇだろ。てめぇ、なに練習さぼって釣りなんかしてんだよ」
「――あ」
 そういえば、今日は昼から練習があったんだったけ…。
「いや…その…、ちょっと考え事してたらいつの間にかこんな時間に…ははは。ごめん」
「だったら早くそれ片づけて、学校来いよな」
 そう言うと越野は、踵を返して帰ろうとした。
 インターハイが終わってから、冬の選抜に出る俺と福田以外の3年生はバスケ部を引退していった。越野は残るんじゃないかと思ってたんだけど…。どうやら第一志望の大学が結構ハイレベルらしく、受験勉強に専念するんだと言って、ほとんど部活にも顔を出さなくなった。…それでもたまに顔を出した時に俺がいないと、監督から連れてくるように言われるみたいで、こうやって俺の所に来てくれる。会えるのは嬉しいんだけど、監督に言われて来てるってのがなぁ…。越野の意志で会いに来てもらえるのが一番なのに…。
 帰ろうとする越野の背中を見たらなんだか急に寂しさが心に広がって、俺は思わず越野の腕を掴んでいた。越野は少し驚いた顔をして振り向く。
「…なんだよ、この手は」
「え…。えーと、あの、一緒に行ってくれないのかなーって」
「そこまで面倒見きれるかよ。小学生か、お前は」
 離せよ、と言う越野の言葉に、よけい掴んでいた手に力が入る。
「おい、仙道。離せってば…」
 眉間にしわを寄せて、怪訝そうに越野が言う。
「…越野は…」
「あ?」
「越野は俺のこと、どう思ってるの?」
「え…」
 一瞬、戸惑いの色が越野の目に走る。
「あの時の返事…もうそろそろ聞かせてくれてもいいんじゃない?……それとも、返事もしたくないほど嫌われたのかな…俺」
 ふっと視線を下に外す。それは自信がない時についしてしまう、仙道の癖だった。
 そうしてしばらく沈黙が訪れた。
 実際にはほんの少しの時間だろうが、仙道にはとてつもなく長く感じられた。それでも仙道は越野の言葉を待っていた。もしも嫌いだと言われようと、今のこの宙ぶらりんの状態よりはハッキリする。
「……嫌いだったら…」
「……」
「嫌いだったら…、こんなに悩まねぇよっ!」
「…え?」
 予想していた答えとは全然かけ離れたその言葉に、仙道の頭は真っ白になった。
「離せっ!俺は帰る!」
 バッと腕を振り払われて、仙道は慌てて越野の後を追う。
 そして越野の前に出ると、今度は両手で越野の肩を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待てよ越野。それって一体どういうことなん…」

 …ドカッ!

「そんくらい自分で考えろ!このタコ!」
 越野の放った右ストレートは、見事に仙道の鳩尾に入ったため、仙道は最後まで言葉を発することなくその場に沈んだ。…いくら仙道といえども、かなり痛かったらしい…。
 そんな仙道をいたわることなく、越野はその場を去ろうとした。
 …が、くるりと後ろを振り向くと、仙道に一言告げて帰っていったのだった。
「卒業式の日まで待ってろ。そん時、ちゃんと答えを教えてやるよ」
 ――と。
 仙道は、それって遅すぎなんじゃあ…と思ったがあえて声には出さなかった。…いや、声に出せなかったとも言う。
 (俺、待つのはあまり得意じゃないんだけど…。でも越野からきちんと返事がもらえるんだったらいくらでも待つよ。そうすると、あと半年か…。ま、その前に選抜頑張らないとな。)
 さっきまでの憂鬱な気分は何処へやら。仙道の顔には微笑みが戻っていた。



 
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