織り姫と彦星
ささのはさらさら のきばにゆれる おほしさまきらきら きんぎんすなご
「なんだ?急に歌など歌い出して…。」
「ん、だって今日は七夕だろ?」
小さい頃、笹の葉にいろんな紙細工を飾って、そこに願い事を書いた短冊を吊して、妹と願い事を読みあって遊んだ記憶が蘇る。
城之内は、海馬の部屋からベランダに出て、夜風に当たりながら星空を見上げていた。
「そういや、モクバ。今日学校で七夕祭りやったって言ってたな。確か、クラスで七夕の劇の発表があって、彦星役だって…。」
「ああ。」
「アイツがどんな顔して劇やるんだろ。見てみたかったな〜。」
「そんなに言うなら、見せないこともないぞ。」
「…は?」
思わず城之内は振り返って海馬の方を見た。
ベガとアルタイルの一等星探しは一時中断したようだ。
そうしても、相変わらずノートパソコンの画面からは目を離していない海馬しか見あたらなかったが。
いや、今はそれは問題じゃなくて!
コイツ今なんて言った!?
先ほどの言葉の意味が理解できていないため、城之内はただボーっと海馬の背中を見つめているしかなかった。
すると、視線の先の人物が何かに気が付いたように今まで作業していた手を止め、椅子ごと城之内の方へ振り向く。
「そんなに見つめられると、仕事どころじゃなくなる。」
含み笑いをした海馬の顔は、どこか楽しそうでもあった。
「は!?」
城之内はまたもや意味不明な言葉を聞き、その場に固まった。
それはそうである。本人は、海馬を見つめていたという事実に気が付いていないのだから…。
そうしている内に、海馬は椅子から腰を上げ、城之内のいるベランダの方へと歩いてきた。
「もう一度言おう。お前が見たいと思うのなら、今日のモクバの出た劇を見せてやると言っているんだ。」
「…だから、それってどういう意味かオレには解らないっつーの!」
ここは聞いた方が早いと思ったらしい。
大声になるのは照れ隠しのためだと、海馬には解っていた。怒っているわけではないのだ。
その証拠に、頬がわずかに上気している。
隣に並んだ海馬を見上げて答えを待っている城之内に、また言葉が足りなかったのかと、少し自分を責めていた。
「つまりは、今日の七夕祭りの劇をだな…。ビデオに録画したということだ。」
自分の弟が主役を務める劇だ。見たくないわけがない。しかし、この行事は校内行事であるため、通常は家族などの参観はない。そこを強引にビデオ録画をしてきたのだった。
城之内は、その麗しき兄弟愛に感心しつつも呆れていた。
「あ、そう。…で、お前はもう見たの?」
この兄貴のことだ。たぶん、もう目は通してあるだろう。
だったら、自分が見ることによって二度手間かけさせることになる。そうなると、海馬に余計な時間をとらせてしまうだろう。ならば、別に見なくても良いと思っていた。
明日、モクバに聞けばいいことだし。
しかし、返ってきた答えはそうではなかった。
「いや。どうせお前が見たいと言うんじゃないかと思ってな。まだだ。」
「え…?」
まさか。
あの海馬が、オレに合わせるようなことをするなんて…。
何かの間違いなんじゃ…?
「そういえばな、モクバが言っていたぞ?」
「は?なにを?」
急に話題を変えられて、今までの思考はとりあえず横に置いておく。
それに、考えたって無駄なのだ。この海馬の真意を知ることなど…。
「“城之内って、働き者の織り姫みたいだよな!”…とな。」
海馬はニヤリ、と口の端を上げて笑っていた。
その態度を見た城之内はカチンときて、すぐさま怒鳴ろうと思い口を開く。
が、それより早く海馬が次の言葉を紡ぎだした。
「そうそう、こうも言っていたな。“城之内が織り姫なら、彦星は兄サマだよね!”…と。」
その時の情景を思い出したのか、口に手を当てククク…と笑っている。
どうやら自分はこの兄弟にはとことんからかわれていると、城之内は頭を垂れて溜息をついた。
――溜息をついたのは、それだけの理由ではなかったのだが。
「どうした?いつものように噛みついて来ないのか。」
大人しい城之内を怪訝に思ったのか、海馬はわざと挑発してみる。
いつものようなやりとりがないと、どこか調子が狂うのだ。
「まさかとは思うが…。さっきのモクバの話が気に入らなかったのか?」
城之内にだって、モクバの言ったことが冗談だというくらい解ってるはずだ。自分も、それが解っていてからかったのだから。…まあ、男なのに姫などといわれて喜ぶ輩はそういないだろうが。
「…別に。」
そう言いながらも、城之内の顔はどこか暗い。
海馬は、小さく溜息をついた。
「別に、なんてことはないだろう。そんな顔を見せられては、心配するなという方が難しいぞ?…いいから、言ってみろ。」
出来るだけ優しく語りかけると、城之内はポツリポツリと話し始めた。
「オレは…織り姫だなんて、嫌だ…。」
「ああ、あれはモクバの軽い冗談だ。本気で思ってる訳じゃない。」
「違う!そうじゃなくて…。」
「?」
そのことじゃないのか?ならどうして、織り姫が嫌だなどと…。
「…だって…。そうしたら、彦星とは…一年に一度しか会えなくなる、し…。」
「!」
そう言うと、城之内は隣の海馬に体ごと向き直って距離を詰めた。
そして海馬の袖口を握ると、その肩に顔を埋める。
「オレ…お前と一年に一度しか会えなくなるの、…嫌だ…っ。」
「…城之内…。」
予想もしていなかった城之内の理由に、海馬は胸の内から暖かくなっていくのを感じた。
そっと城之内を引き寄せ、抱きしめる。そして柔らかい髪に、口づけを一つ落とす。
「馬鹿だな、ただの喩えだろう?…本気にするな。」
「で、でも…もしも…っ。」
「もしも…なんだ?」
城之内の言いたいことは、なんとなく解る。漠然とした未来の不安。
だが、それを現実にすることは絶対にさせないし、したくもない。
「前にも言っただろう?オレはお前を、手放すつもりはないと。」
「か、海馬…。」
その時のことを思い出したのだろう、城之内の頬には瞬く間に朱が走った。
「オレは毎日でもお前に会いたいし、会えば触れたくなる。触れれば抱きたくなる。…こんなにも欲しいと思ったのは、城之内。お前だけだ。」
そう、城之内に会うまでは。
自分が誰かを愛することなど…愛されたいと思うことなど無いと思っていた。
「なにをそんなに不安がるのだ?未来は、オレ達が切り開いてゆく。他の誰かになんぞ邪魔はさせない。…そうだろう?」
自信たっぷりの物言いに、今まで不安だった想いがフッ…と軽くなる。
「うん…。そう、だよな。お前と一緒なら…。」
きっと大丈夫。
笑顔になった城之内の頬を、海馬の手のひらが包み込んでいた。
城之内の瞳には、とても幸せな笑みを浮かべている恋人の顔が映り、そうして…。
ふたりは幸せなキスを、いつまでもいつまでも…数多の星達が見守る七夕の夜空の下で、交わしていたのでした。
ごしきのたんざく わたしがかいた おほしさまきらきら そらからみてる
<おしまい>
☆お・ま・け
「いつも七夕は雨か曇りなんだが…今日は晴れているんだな。めずらしい。」
海馬のその言葉に、城之内はもう一度視線を星空に移した。
そういえばそうだ。七夕に天の川を見た事なんて、ほとんど無い。
「元々は旧暦での行事をそのままの日付で行うから合わないのだ。本来ならば、七夕は梅雨が明ける八月だからな。」
「へぇ…そうなんだ。やっぱいろんな事知ってるんだな、お前。」
伊達に海馬コーポレーションの社長をしているわけではない。
さすがだなぁ〜と、抱きしめられている恋人の知識力に素直に感心していると…。
「そうだな…。この間も、お前の知らない色々な事を教えたしな。」
「!!」
その含みを持った言葉の真意は、さすがの城之内でも解ってしまった。
それとともに、先日の情事が思い出されて顔が真っ赤になる。
すると海馬の顔が城之内の横に降りてきて、耳に息がかかるくらいの距離でこう囁かれた。
「今夜も、教えてやろうか…?」
「っ!!」
次の日の朝。
ベッドから起きあがれない城之内くんが、「もう二度とあんなことしねぇからな!」と、社長に言ったとか言わなかったとか。(笑)
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