冬休みの宿題なんて、どうせやらないオレだけど。
 最後の最後に、ひとつだけ出来上がったんだ。



冬の空



 年末年始は、童美野町でも田舎へ帰る人や逆に帰ってくる人で賑わっている。
 バイト要員も帰省組が多く、この時期は城之内にとっては稼ぎ時だ。
 冬休みなのをいいことに、宿題もせずに朝から晩までバイトを梯子して働き通す。
「それじゃ、お先に失礼しまーす! お疲れっしたー!」
 午後10時になり、本日最後のバイトであるファミリーレストランのウェイターの仕事を終えると、城之内はバックヤードへ戻り、着替えを始めた。
 明日から学校だと思うと、遊戯たちとまた会えるというのが嬉しい反面、宿題を(当然のごとく)やっていないため、また教師に叱られるんだろうなと予想すると、行きたくないような気もしてくる。
 考え事をしていた所為で、普段よりももたもたとしていたのだろう。時計の針は午後10時15分を指そうとしていた。
「あ、やべ!」
 すっかり押すのを忘れていたタイムカードを、急いで機械に通す。
 ガシャン、と音がして、22:14の印字がされる。
 高校生は深夜就業は認められていないため、上がったら直ぐにタイムカードは押すようにと店長に言われていたのだが。
 深夜バイトの大学生が、城之内の慌てぶりに苦笑している。
 城之内はそれに愛想笑いを浮かべると、ロッカーへ戻ってコートを羽織り、足早にバックヤードを出て行った。

 一歩外に出れば、さっきまで暖かかったのが嘘のように、肌を刺す寒さが城之内の周りを包み込んだ。
 はぁ、と息を吐く。
 白い煙のように舞い上がった息は、夜の闇に溶け込んでいくかのごとく消えていく。
 もう一度、はぁ、と息を吐く。
 城之内は、白い息が消えていく様が何故か好きで、寒い日は必ず何度もこうしてしまうのだ。
 マフラーを手に持ったまま、どれだけその場所でそうしていただろうか。
 一分かもしれないし、十秒かもしれない。
 時計を持っていない城之内には、時間の経過は解らない。
 ただ、数度目の息を吐いたその時に、ふいに声をかけられたのだ。
 それは城之内が良く知っている人の声であったが、しかし、こんなところで聞ける声ではない。
 一瞬空耳かと思った城之内だったが、横から延びてきた手がマフラーを取り、自分の首に優しく巻かれているのを体感してしまえば、空耳などではないと考えざるを得ない。
 城之内の目が、手の伸びてきた方へと向く。
 そこにはやはり、声の主である海馬が居た。

「この寒いのに、貴様はさっきから何をしているのだ」
 溜息交じりで、呆れたようにそう言われた。
「海馬」
 城之内はそれに、少し意外そうに、でもとても嬉しそうに、笑いながら彼の人の名を呼ぶ。
「……貴様のアルバイトが終わる頃だと思ってな。社から少し歩いてきた」
 アルバイト先のファミリーレストランは、大通りに面しているため、海馬コーポレーション本社ともほど近い。
 社員がお昼休みや夕食に使うこともしばしばある。
 現に城之内も、バイト中にKCの制服や社員証をつけた人達を案内したことも多々ある。
 だが、社長である彼だけは、店に来たことは一度も無い。
 しかしそれは、城之内がそこで働いている時間中は、という注釈付だ。
 城之内のバイトが終わって、海馬の仕事も終わった、そんな珍しい一致のあった日には、海馬がここに寄って一緒に帰る、ということにいつの間にかなっていた。
 それはどちらが言い出したのでもなく。
 きっかけは海馬だったが、それも偶然であり。
 二人はそんな、決められたものでない逢瀬の時間を、ひっそりと楽しんでいた。

 深夜でも交通量の多い大通りの歩道を、二人並んで歩く。
 車は多いが、人は少ない。
 それはそうだ。この道はどちらかというと車のための道であって、人のための道ではないからだ。
 城之内の家は、この大通りから中に入った住宅街の一角であり、海馬邸はそのずっと先の小高い丘の上に建っている。
 大通りから住宅街の小道へ入ってしまえば、車も人も格段に少なくなり、雑踏も消え、辺りはしーんと静まり返っている。
 時折聞こえるのは、塀の向こう側からの談笑する声や、犬の遠吠えくらいだ。
 その道を、二人並んで歩いている。
 言葉は無い。
 革靴を履いている海馬の、規則正しい足音がやけに響く。
 城之内はそれを聞いていると、なぜか安心するような気がした。
 はぁ、と、上を向きながら息を吐く。
 それはファミレスの裏口で見たように、夜の空へ消えていった。
 そこでふと、さっきとは何かが違うと城之内は思った。
「……上ばかり見ているが、なにかあるのか」
 そう海馬が問えば。
 城之内は、空から目を逸らすことなく、歩調も変わることなく、答える。
「ん〜。なんかさっきと空違うと思って。……でもどこが違うのか、イマイチよくわかんねぇ」
「空……?」
 城之内の答えに、海馬も上を向く。
 そこには、この季節にはどこでも見える、冬の星座が輝いていただけだった。
「……ただ単に、街灯が少なくなったから、星の見える数が増したんじゃないのか?」
 そんな単純なことではないだろうと思いつつも、他に理由が見当たらないので言ってみただけだったのが、城之内はそれで納得したらしい。
「そっか! やっぱ頭いいなぁ海馬! すげぇや!」
 一体なにが凄いのか、よく解っていなかった海馬だが、城之内が嬉しそうなので、一応「そうか」と返した。

 また言葉がなくなり、二人の足音だけが響く道を、歩いていく。
 思い出したように、城之内が、はぁ、と息を吐くので、海馬は気になって仕方がない。
 それは何のためにしているのだ、と聞くと、特に意味はない、という答えが返ってくる。
「でも、まぁ、寒さのバロメーターって言うか……。そんな感じ?」
 どんな感じだというのだろうか。海馬には解らない。
 城之内が言うには、白い息が長く残っている方が、より寒いのだという。
「それで、今夜はどうなのだ? 寒いのか」
 海馬にしてみれば、外がどんなに寒かろうが、海馬邸の中は年中空調が適温を保ってくれるので、関係ないのだが。
 城之内は、ストーブの灯油やコタツの電気さえ料金が惜しいという理由で、寒ければ布団に入って丸くなるのだそうだ。寒さに関しては、城之内が最も気にするところだろう。
「うん、昨日よりは寒いぜ。今夜は冷え込むんじゃねぇか? お前も温かくして寝ろよ?」
 まあ、その必要はないかもしんないけど、と心の中で付け足して、城之内はもう一度息を吐く。
 その白い息が消えていく様を、二人して見続ける。
 ヒュゥー、と、一段と寒さを増した風が通りを吹き抜けていく。
 どうやら風も、今夜は強いようだ。
「う〜、さむさむっ」
 風が強いおかげで雲も無い。星が良く見えるわけだ。
 城之内はポケットに入れた手を握る。ホッカイロなんて上等な物はないので、こうして暖めるしかない。
「……今年は手袋も必要かなぁ……」
 ほとんど独り言のようにつぶやいた言葉に、海馬が反応する。
「手が寒いのか」
「そりゃあ、まぁ……冷え込んでるし」
「なら、こうすればいい」
「え?」
 ぐいっと左腕を引かれて、あっという間に海馬のコートの右ポケットの中へと入れられた。
 そして、薄手だが温かみのある手袋をした海馬の手に、そっと包み込まれるように握られる。
「片方だけだがな。……温かいだろう?」
 微笑した海馬にからかう様子は伺えず、本気でこんな恥ずかしい行動に出たのだと城之内は悟った。
「……男同士で手ぇ繋ぐのって、変じゃねぇ?」
 今、自分の頬は寒さとは違う赤みがさしていないだろうか。
「寒い時に手を繋ぐのは、おかしいとは思わんが」
 時々海馬は、ものすごく鈍感になる。
 もともと、あまり恥ずかしいという観念が無いらしいが、少しは持ってもらわないと、こっちが困るというものだ。
 一応、恋人同士だけれども、恥じらいというもは城之内にもある。
 海馬には気付かれない程度に、溜息を吐く。
 今は夜だし、誰も見ていないだろうし、寒いし、海馬の手は温かいし。
「まぁ、いっか」
「なにがだ?」
「……なんでもない」
 そう言って、城之内は海馬の手を、ぎゅ、と握り返した。

 言葉なく、それぞれの家への帰路を歩いていく。
 あの先に見える街灯を越えれば、城之内の住むアパートの入り口だ。
 そこで二人の時間は終わる。
 心持ち、歩く速度が遅くなった気がした。
 だが、それはきっと気のせいだろう。
 二人は街灯を通り過ぎた。
 城之内の足が止まる。
 海馬の歩みも止まった。
 城之内は空を見上げる。つられて海馬も視線を上にする。そこには、教科書に載っていた三つの星が光っていた。
 城之内が、はぁ、と息を吐く。
 白いそれが消えてなくなると、それが合図だったかのように海馬は繋いでいた手を解き、城之内は海馬のコートの右ポケットから手を引き抜く。
「それじゃあ、海馬。おやすみ」
「ああ。おやすみ、城之内」
 いつものように、海馬が別れのキスを城之内の頬へくれると、城之内は飛び切りの笑顔で海馬を見送る。
 アパートの入り口の門から海馬の姿が見えなくなると、城之内は自分の部屋のある3階まで階段をかけて登っていき、その外廊下から見える海馬の後姿を確認する。そうして、その姿が見えなくなるまで見送るのだ。
 それを海馬が知っているのかまでは、城之内の知るところではない。そうしたいからするのであって、海馬にもし止められても自分は止めないだろうと思う。
 はぁ、と息を吐く。
 それは、さっきまで海馬と見ていた空へと消えていった。
「……」
 なのに、さっきと同じではないような気がする。
「……あ」
 その時ふと、冬休みの宿題を思い出した。
 あれはたしか、国語で唯一出された宿題だ。
 他の教科は問題集を解かせるものばかりだったが、国語はこれ一つだけだった気がする。
 担当教師が定年間近の爺さんということもあり、チェックが大変だから、なんて理由が生徒の間では飛び交っていたけれど。
 本当のところはどうか解らない。
 ただ、彼は古典を愛し、日本語の美しさを生徒に教えることを一番としていた人であった。
 その教師が出した宿題とは。
 俳句を一句、作ってくることだった。
 まさか自分に、こんな風流な心があったなんて信じられなかったが。
 さっきまで一緒に居た彼の人と見たあの景色を思い出し、そしてまた今、空を見上げていたら、唐突に言葉が湧いてきたのだ。
 これで一応、国語教師からのお叱りは無くなった。
 そのことに喜んだのか、今し方別れた人を想ったのか。
 城之内の顔には、小さな笑み浮かんでいた。
 そうしてぽつりと、人生初の俳句を口にする。
 五七五に込められた言葉は、白い息と共に、夜空の中へ溶けていく。
 城之内はその様を見ながら、違うように見えた空の本当の理由が、なんとなく―― それはほんの少しだけれど―― 解ったような気がした。



  手をつなぎ 君と見上げる 冬の星



 唐突に思いついて書いた話です。
 最初に浮かんだのは、最後の俳句なんですけども。
 一人で見るのと、二人で見るのとでは、やっぱりなんかちょっと違うよね? と思ったので。
 城之内君が情緒過ぎて、ちょっと偽者っぽいでしょうか?
 でもねー、これは城之内君に詠んで欲しかったのですよ。社長ではあまりにもロマンチックすぎてダメだと思うの。
 さっきまでTVで、高校生の詩のボクシングというものを見ていたためか、いつもと文章が違うかもしれません。
 が、一気に書き上げられて、自分でもおおっ!と驚いてたり。(笑)
 この意気で同人誌の方も書き上げられたらいいんですけどねー。
 難しいわぁ。



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