海馬は城之内の夢を見るか?

「オレ…、もうすぐ月に帰らなきゃならねぇんだ」
「……は?」
 久しぶりの逢瀬で互いに激しく求め合った後、シャワーも浴びてすっきりし、シーツの換えられたベッドに戻って二人横になっていた。
 そうして、そろそろ寝ようかと瞼を下ろした時だった。
 シャワーを浴びた後あたりから、何か言いたげな表情をしていた城之内が、小さくそう呟いたのだ。
 城之内を抱きしめていた海馬には、それでも充分耳に届いた。
 だが、その突拍子も無い内容に驚かされ、間抜けな声で聞き返す。
「明日。18の誕生日に。そういう決まりだったから……」
「……何を言っているんだ?」
 海馬は本気で解らない。
 月に帰るとは、どういうことだろう。
 それまで海馬の腕の中でじっとしていた城之内が頭を上げて、海馬の瞳を見つめた。
「オレ、向こうで禁忌を犯しちまってさ。こっちで人間として生まれて18年間過ごす、っていう罰が与えられたわけよ」
 自嘲の笑みをこぼした城之内に、海馬は眉をひそめる。
 そんな表情を見たくないというのもあるが、自分の知らない城之内がいるという不快感からでもあった。
 海馬は城之内に関しては、恋をして自分のものにすると決めた時から、彼を振り向かせるために徹底的に調べ上げたのだ。
 家庭環境も過去の出来事も、嗜好や服の趣味まで。
 調査漏れなどなかったはずだった。KCの誇る諜報員がその仕事を務めたのだから。
「ホント、辛かった……。罰なんだからしょうがないけど、あんな親の元に生まれるとは思ってもなかったし」
「……城之内、貴様先程からおかしいぞ」
 しばらく連絡も取れないほど仕事が忙しく、放っておいたのを根に持っていて、こんな話をしているのだろうかと、海馬は考えた。
 おかしいと言われれば、常の城之内なら噛み付いてくるのに、今日の彼は違っていた。
 くすくすと笑い出したのだ。
「やっぱり、予想通りの反応だな。月に異世界への扉があるって言っても、信じないだろうとは思ってたけど」
 海馬らしい。そう言った後に、城之内は笑うのを止め、ぎゅっと海馬に抱きついた。
「でも……お前と出会えて、本当に良かった」
「城之内……?」
 海馬は戸惑っていた。
 城之内からの積極的な接触や素直な言葉など、普段なら無いに等しいのに、これはどういうことだろう。
「オレのこと、忘れていいから」
「!?」
「本当は、忘れて欲しくなんか無いけど……。オレはお前を縛り付けたくないし」
「な…んだと」
 突然の別れをほのめかす言葉に、海馬は衝撃を受けた。
 抱きしめていた腕も自然と緩み、呆然と城之内を見ることしか出来ない。
「ああ……もう時間だな」
「なに!?」
 城之内が諦めたようにそう呟くと、城之内の全身が金色の光に包まれた。
 時計の針は、午前0時を差していた。
 城之内の言っていた『明日の18の誕生日』が、『今日の18の誕生日』になったのだ。
 海馬は城之内の言っていたことは少しも理解していなかったが、この光を見た瞬間、城之内がもう手の届かない所へ行ってしまうと、本能的に悟った。
 そうはさせまいと、腕に力をこめて抱きしめる。
「っ!」
 だが、つい先程までそこに横たわっていたはずの城之内は、次の瞬間には窓際に居たのだ。
 飛び起きるように身を起こし、城之内の方へ振り向く。
 そこには、パジャマを来た城之内ではなく、どこか異国の着物を着て羽衣をまとった城之内が佇んでいた。
 いつのまにか窓は開け放たれ、満月の光が差し込んでくる。
 海馬はベッドを降り、城之内に一歩近づいた。
 城之内はすでにバルコニーに出ていた。
 そこから飛び降りる気だろうか? だとしたら、無事ではすまないだろう。
 怪我などさせたくない海馬は、制止の言葉をかける。
 しかし城之内は寂しそうに顔をゆがめると、ふるふると力なく首を横に動かした。
「……ダメなんだ。無理なんだ。どんなにお前と一緒に居たいって願っても。お前がオレのこと行かせたくないって思っても」
 天帝の力は絶大である。今宵、城之内を帰還させるとの決定事項を、誰も覆すことは出来ないのだ。……そう、当人の城之内でさえ逆らえない力が、そこには働いている。
「何故だ? 何故俺の前から消えようとする、城之内!」
 じりじりと距離を詰めて、やっと城之内を捕まえた海馬は、今度こそ思いっきり抱きしめた。
 この腕を解いたら、城之内は行ってしまう。
「海馬」
「……!」
 城之内が背伸びをして、海馬の唇に、触れるだけのキスをした。
 最初で最後の、城之内からのキス。
 驚いている海馬を見て、いたずらが成功した時の子供のように、城之内が笑った。
 そうして、するりと海馬の腕から抜け出ると、ふわふわと浮いていく。
「じょ…っ」
 城之内、と叫びたいのに声が出ない。体も金縛りにあったかのように動かない。
 なんとかして城之内に手を伸ばそうと試みるが、ピクリとも動かない体に、海馬は苛立つ。
 頭だけはなんとか上を向けたが、それだけだ。
 天に上っていく城之内をただ見ていることしかできないなんて。
「さよなら……、海馬」
「!!」
 城之内の頬に、一筋の雫が伝った。
 そうして海馬に背を向けると、月に向かって一直線に上っていく。
 ゆっくりとだが段々と小さくなっていく姿に、海馬はたまらず大声をあげた。

「行くな、城之内ィーッ!!」








「……え?」
「……?!」
 目を開けると、そこは自分の寝室だった。
 しばらく状況がつかめずにいたが、むっくりと起き上がると、声のした方へ首を動かす。
 そこには、ひどく驚いた様子で洗面器を手に持った城之内が居た。
「……いや、行くなって言われてもよ。そろそろ冷水替えなきゃなんねーし」
(冷水?)
 何を言っているのかと、海馬は思う。
 今しがた、天に上っていったのに何故ここに居るのだろうと。
「ていうかお前、起き上がって大丈夫かよ? まだ9度近く熱あんのに……」
 それとも一眠りして熱下がったのか?
 と、独り言を言っている城之内を、海馬はボーっと見ていた。
(ああ、そうか……俺は高熱を出して倒れたんだったな……)
 日頃の不摂生と過労が重なり風邪の初期症状が出た。それでも無理をして仕事をした結果が、これだ。もうすこし丈夫に出来ていると思った身体だったが、万人並だったらしい。
(しかし何故城之内が看病をしているのだ……?)
 海馬の屋敷には使用人がたくさん居る。いくら恋人といえど、城之内も仕事をしている身ならば、自分の世話などしている暇は無いはずだ。
「…ぅ…」
 どういう経緯で今の状況になったのか、倒れる前の記憶を思い出そうとするが、そうするとひどい頭痛が海馬を襲った。
 思い出すのを止めると、頭痛は治まる。
 今は身体も重いしこれ以上しんどくなるのも遠慮したかったので、海馬は無理に思い出すのを止めた。後で城之内に聞けばいいと思い直して。
(あれは、夢だったのか…?)
 城之内はここに居る。幻ではなく、ちゃんとここに居る。
 洗面器を持ったまま、城之内は海馬の方へ戻ってきた。
 サイドボードに洗面器を置き、ベッドに片膝をついて乗り上がると、海馬の額に手のひらを当てる。
 海馬のベッドは広いので、中央に寝ている海馬には端からだと手が届かないのだ。
「んー…、まだ熱いな。それより、寝汗すごいぞ。パジャマも着替えるか」
 そうえいば体中が汗でべとべとする。
 シルク製のパジャマだから、汗を通して快適のはずなのだが。
 城之内の言葉に、海馬は無言で頷く。
「身体拭くのは、この水でいいよな。頭に当ててただけだし、汚れてないから大丈夫」
「……ああ」
 腕を上げるのも億劫な海馬は、城之内にされるがままにパジャマを脱がされ身体を拭かれ、新しいパジャマに着替えさせられた。
 一仕事を終え、小さく「よし」と頷いて、城之内は洗面器を持って今度こそ部屋を出ようとする。
 しかし、海馬はそれをさせなかった。
 城之内の腰に抱きついて、顔をうずめる。
 先ほどのことが夢だと思っていても、城之内がどこか手の届かないところへ行ってしまうなど海馬には耐えられなかったから、今、ここに居る城之内を、確かめたかったのだ。
 じんわりと、城之内の体温が伝わってくる。
「どこにも、行くな」
 抱きしめている腕に力が篭る。
「……あのなぁ、俺はお前の看病してんの。水も取り替えなきゃなんねーし、脱いだこのパジャマも洗ってもらうのに持っていかなきゃなんねーの」
 だからどこにも行くななんて無理。OK? と、幼子に問いかけるように、城之内は海馬に言う。
「そういう、意味じゃない」
「……海馬?」
 いつになく歯切れが悪く弱気な海馬に、城之内は首をかしげた。
「お前も病気の時は心細くなったりすんのか? 大丈夫だよ、これ換えて来たら、ずっと側に居てやるから」
 ぽんぽん、と海馬の背中を軽く叩いてあやす。
 でっかい子供だなぁと、不謹慎だとは知りつつ、そんな海馬を可愛いと思ってしまう。
「今はぐっすり寝てろよ。……モクバだって、心配してる。早く良くなるためにはどうしたらいいかくらい、解るだろ?」
「……ああ」
 モクバのことを出されて諦めたのか、海馬は抱きしめていた腕を解くと、もそもそと身体を移動し、布団に横になった。
 城之内がタオルを絞って、海馬の額に置く。
 あまり冷たくないが、無いよりはましだろう。直ぐに換えの冷水を用意してくるから、それまでのつなぎだ。
「……おやすみ、海馬」
 城之内がそう呟くと、海馬はすぅっと眠りについた。
 まるで城之内の言葉がスイッチになったかのように。
 規則正しい寝息をたてて眠っている海馬を、城之内は愛しそうに見つめる。
 そうして、瞼にキスを落とした。
「もう、どこにも行ったりしねぇよ。あんな想いは、一度きりで充分だからな」



END.


不思議系を目指して玉砕。
訳がわからなかった方、すみません。
城之内君は天上人です。(つまりかぐや姫のような存在)
むこうではいい血筋の家柄のようです。
天帝は彼を可愛がっていたので、城之内君の望み(海馬と共に生きる)を叶えてくれました。
戻ってきても城之内君は人間じゃないので、超能力は備えてます。
記憶操作もお手の物。言葉一つで眠らすことも可能なのです。
むこうで犯した禁忌ですが。……皆様のご想像にお任せしますということで。(笑)


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