〜 な〜るほど THE 福祉 〜
ここでは、日頃新聞や報道などで取り上げられている福祉の話題や私が所属している手話サークルでの経験などをざっくばらんに語っていきたいと思います。
☆ 新聞・テレビ
- 今日NHK総合テレビ「クローズアップ現代」で性同一性障害について放送されました。
以前NHK教育テレビの「にんげんゆうゆう」という番組の中でも取り上げられていました。
今日の内容で分かったのは性同一性障害とは受胎後20週目でのホルモンの生成と関係がある、ということでした。
医学的に原因があって起こるものだということを知ってこれも障害なのだ、その人にとっては真剣な問題なのだろう、と思いました。
話は少しそれるかもしれませんが、今まで「オカマ」といっていた人の中にはこのような身体的な理由があって女性のようなしぐさがでてしまう人もいるのではないかとも思えました。
番組の中の戸籍変更の是非について、私は必要ではないかと思いましたが、もっと見識者の意見も聞き議論が尽くされればと思います。
変更が認められない理由のひとつに『国民のコンセンサスが十分でないから』というのがありましたが、このことで私が今後危惧するのは、
この問題が歪めて、あるいは興味本位に取り上げられてしまわないか、ということです。
性同一性障害に悩む人はほかの障害者と比べれば少ないかもしれませんが、悩みの度合いは同じだと思います。むしろもっと大変だと感じている人がほとんどでしょう。
福祉の理想は偏見のない共存の生活です。(ノーマライゼーションでしょうか)
これらの人にとっていい方向に問題が進むようにあって欲しいと思います。(2003.05.12)
- ときどきわたしは福祉関係のテレビを見ますが、その中で障害者について強く印象に残ったのは車いすでバスケットをする選手を見たときでした。
汗をかきながら一生懸命やっている姿を見て、「なんて健康な姿だろう。私なんかこんなに汗をかいたり
夢中になったりすることなんかあるだろうか」と思い感動してしまいました。
普段の仕事あるいは勉強以外に何か目標を持って何かに汗をながして(体を動かすことだけではなく)いる人は少なくないと思うのですが、車いすバスケットの選手を見ると
何かその尊さに改めて感動させられてしまいます。(2003.03.30)
- また先日NHK総合テレビ「クローズアップ現代」で『患者が望む最期』というのを見ました。
いわゆるターミナル医療と言われている問題ですが、患者の立場から自分の最期を考えると言う意味でこのような題名をつけたのだと思いました。
人間の終末期に関しては介護職の立場からも常々考えてみたいと思っていた事柄でした。
私は最初このターミナル期と言う言葉を聞いたとき、なんていやな言葉だろうと思いました。
それは人がいつ死ぬかなんて誰もわからないのに勝手にターミナルなんて呼ぶのは失礼もはなはだしい、と思ったからです。
介護福祉士の勉強をしているとき、ターミナル期とは死の6ヶ月前をさすと出ていたのですが、そんなこと覚えたくもないと思ったものでした。
話がそれてしまいましたが、番組の中で話された「2つの倫理」と言う言葉には考えさせられました。
すなわち患者さんの人権(考え)を尊重するのか医師としての使命感(生かせてあげたい)に忠実であるべきか、と言うことです。
世の中の動きがインフォームドコンセントやリビングウィルといった患者の意思決定を大切にする方向にあるからでしょうか、
紹介されていた医師は皆「まぁ、(意思を尊重して)良かったのではないかと思ってます。」と答えていました。
しかしながら医師の方々、患者を預かる関係者の方々は大変な努力をされ患者さんの今後を考えていらっしゃるようで、本当に大変だなぁと思いました。
人の生死と直接向かい合っているので私のような介護職とは比べものにならないほど真剣なのだろうと思いました。
施設の中でも利用者の状態が急変するときや亡くなってしまう時があります。
そして意識がないまま何ヶ月もベッドで過ごしている方もたくさん居られます。
そのような方々と私達はどう接していったらよいのでしょう。
私は正直言って経管栄養食を飲ませてあげるときやオムツ交換のときに「○○さん、○○だよ」と言う声掛けぐらいしかしてあげられませんでした。
今思うとそれも気持ちを込めようとは思うのですが、栄養剤の流れるスピードにばかり気がいっていたり、強直している足を必死で広げてなんとかオムツを交換しようとしたり
したりで、作業の一部でしかなかったような気がしています。
それを思うととても自分が恥ずかしくなります。
どう接するかなんて、とてもそんな余裕がありませんでした。
そんな私が、もしかしたら命が短いかもしれない利用者さんへの接し方や姿勢を云々する資格なんてないでしょう。
実感込めて接することができれば『相手の気持ちは目で分かる、じっとそばにいてあげるだけでも違う、手
を握ってあげれば安心する』というようなことは自然に態度に出てくるでしょうし早くそうなりたいと思います。(2003.05.16)
-
NHK総合テレビ「暮らしと経済」で『遠距離介護』をたまたま見ました。
交通機関の早朝割引があるのを始めて知りましたし、介護保険の隙間を埋めるサービスを地域のボランティアグループがやっていること
携帯電話を使った見守りシステムなど勉強になりました。
前にこのホームページの「介護のあれこれ」〜「在宅」でトータル的な有料サービスについて書いたことがありましたが
日常のお手伝い的なサービスは気心の知れた近所の主婦の方々のほうがより自然にできるのではないかと感じました。
また携帯電話に限らずパソコンなどの情報機器が介護の大きな手助けになるとうい事が益々強く思いました。(2003.05.24)
-
「老いじたく覚え書き」
今日、テレビで将来の自分の介護をノートに書き記す、という「老いじたく覚え書きノート」の話題についてやっていました。
私は見て「あ、いいものが出来たな」と思いました。
中で「介護する方もされる方も安心」「これがあらたまったことを話すきっかけになる」と言っていましたが、その通りだと思います。
医療の分野ではリビングウィル(遺言状よりもっと積極的)という死後の自分の扱いを
記すものがありますがそれの介護版とも言うべきものでしょうか。
少し視点は違いますが、自分の介護は自分で決める、という意味からすると考え方が進んできたのだと思います。
このような考え方はアメリカの自立運動が発端らしく、アメリカでは自分で介護員を雇ったりするのだそうです。
要するに弱い体だから助けてもらう、というのではなく、状態は状態として自分であることに変わりなく
不便なところだけを何かを使って補えばいい、というちょっとドライな気もしますがそういう考え方なのです。
このような考え方がストレートに日本人に受け止められるわけではありませんが、被介護者は負担をかけたくない、
介護者は介護の方向がわかっているので精神的な負担が少ない、という両面でお互いによいものではないかと思いました。(2003.09.28)
☆ 聴覚障害者
〜手話サークルの活動の中で 〜
-
手は口の代わり。
今日、テレビの広報ニュースで手話通訳の画面をじっと見ていました。
手話の上手な人、分かりやすい手話というのは、指先の動きが
きっちりと、 はっきりと
している事に気がつきました。
指の関節にもきちんと力が入っているのでしょう。
人差し指から小指まできちんとそろっているし、また、開くべきところはきちんと開いています。
それは見ていても、とても見やすくきれいに見えます。
話し言葉で言うと、口をはっきりあけて言葉にメリハリをつけ、句読点をしっかり意識して話す、そんな感じでしょうか?
自分もそれを意識して手話を話したいと思いました。(2004.10.24)
-
子供はうまい!!
ある時サークルに5歳ぐらいの子供が参加していました。
お母さんと一緒に来たようでした。
子供なので落ち着きなく騒いでいましたが、司会の人が優しい言葉で質問すると手話で答えてきました。
私は一瞬びっくりしてしまいました。
パットすぐ手が動いたのと、その動き方が早くてとてもきれいなのです。
子供って大人よりも素直に言葉を受け入れるのですね。(2004.10.23)
-
手話で重要なのは体の表現!!
先日も書きましたが手話では 指の動きと同時に
顔の表情が大切といいました。
手話の講習会に参加していると顔の表情だけでなく、
体の向きや指の強弱、速度など
いろいろな表現をつけて表すことが大切だと教えられます。
例えば「Aさんはこう言ったけれどBさんはこう言った。私はそれを聞いて・・・・・」
というときは 右と左にAさんとBさんを作って表現しますし、
「急に車が飛び出してきて・・・」
というときもそのときの様子を「急に」「びっくりした」と
顔や手に表して表現します。
健聴者の会話でも、とくに 感情がこもるときは
自然に 手をつけたり表情が大げさになったり
するものですが、手話では普通のときも相手にわかるように、
それを意識して
はっきり大きく表現するのです。
いずれも声にできないという 弱点をカバーする
手段なのでしょうか。(2004.10.11)
-
手話って言語?文化?
手話をやっていると、普通の話し言葉とは違う言い表し方や表現方法
があるのが分かり始めてきました。
例えば「雨がザアザア降る」は、手話ではその状態を手で強く表します。
また、協力します、と協力お願いします、とで手の向きが逆になったり、
「参加するわ、私」と必ず主語をはっきりさせます。
そのほか一つ、二つ、三つと羅列する表現や複数の登場人物
がいるときの表現など指や目、
からだの向きなどをうまく使いながら行います。
そして私が好きなのは顔の表情です。
嬉しい、悲しいなど喜怒哀楽には感情を込めて話します。
このように話し言葉が指に置き換えられる際、手話には手話の約束事があります。
それを『文法』と言っていいのかどうか、意見の分かれるところですが、
協会などでも言語であるという認識が高まっています。
世界の中でもニュージーランドなどでは手話を国の第3言語として
認めたところもあります。
手話も実際に聾唖者の生活や考え方に根ざして発生し、進化してきているわけですし、
その点から言うと”文化である”と言えなくもないような気がします。
手話が社会全体に認められる方向に行くことはとてもいいことですが、
世の中はまだまだ聾唖者に対して閉鎖的な感じがします。
ここ数年いろいろなところで障害者のことが取り上げられ、少しづつ
理解者が増えてきているとは思いますが・・・
皆さんはたまにテレビ画面の隅で手話をやっているのを見たことがありませんか?
あれを見ると「いったい何をやっているの?」と思ってしまいますが、
特に公共放送などの内容が多いので、手話を日常的に使える人でないと
見て、スラスラ理解するのは難しいかもしれません。(私も少ししかわかりません)
でも、普通の会話などではゆっくりやればなんとなく分かることも多いです。
例えば、「飲みに行く?」とか「分かった、まかせて!」
なんかは手話もほとんど同じです。
ジェスチャーと同じ表現が手話には1/3ぐらいあるような気がします。(個人的な意見ですが)
と言うわけで、手話もそんなに特殊なものではなく、意外にとっつきやすい面もあると思います。
どうせ勉強するなら、韓国語だけではなく、
手話もいかがですか?(2004.09.26)
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最近感じること
ある手話通訳者が「手話らしい手話表現をして下さい」と言いました。
最近何となくそれがわかるような気がします。
一言で言えば、言葉を手話に直すのではなく”手話感覚で話す”ということでしょうか。
例えば優秀な翻訳機械があるとします。その機械はパソコンで入力された文章を
音声に変えて表現してくれるのですが、やはりたどたどしく聞こえてしまいます。
『人生バラ色』というのを機械は『ジ・ン・セ・イ・バ・ラ・イ・ロ』と無機質に表現しますが、手話は
『私、今とっても幸せ!!』と満面の笑みで表します。
ちょっと極端な例ですが、多少言葉の違いがあっても、わかりやすい
言葉で感情を込めて相手に伝えることが大切だと思います。(2004.09.06)
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少しうれしかった事
毎週水曜日手話サークルに参加しているのですが、今日少し、いい事がありました。
休憩時間に1階でたばこを吸うのですが、聴覚障害者も喫煙者が多くて結構集まってきます。
今までは手話が下手で、聴覚障害者と顔を合わせても「アー、うまくしゃべれないなぁ〜」と、
引け目を感じるような事がずっとあったのです。
でも今日は周りに4〜5人いてもそんなことはありませんでした。
何か自然に話しかけたり、自然に話を聞こうと思ったりすることが出来ました。
帰りの車の中でなぜかなぁ、と思いながら帰ってきました。
それは、自分なりに考えると、ある1つの単語がわかると、その前後で何の事を言っているのか
少しわかってくるので、それだけでもコミュニケーションをとれた感じになるからだと思いました。
その感じが自分をホッとさせてくれるのです。
聞き直すときも、まるっきりわからなくて「何?」と聞くより、「〜って誰?」とか聞いた方が
聞く方も話す方も気が楽なんじゃないかと思います。
ひとつわかってまた聞いて、ふたつわかってまた聞き理解すれば
自然に話もつながっていきますね。
そう言えば『しゃべり言葉』でもポイントになるのは1個か2個で、
後は自然に流れの中で聞いているのですよね。
よく手話の勉強の中で『読みとり』が難しい、と聞きます。
もしかしたら読みとりのコツは、いかにキーワードを発見できるか
ということなのではないでしょうか。
やっと”手話の壁”をひとつ乗り越えたかもしれません。(2004.07.21)
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聴覚障害者より健聴者の方が手話がうまい?!
今まで私はずっと、手話は”本家本元”の聴覚障害者のほうが絶対うまい、と思っていました。
それは、見ていると手の動きがとても速いからです。
しかし、サークルでの勉強会の時、横に付いている通訳の人の方が正しい手話を知っていることに気が付きました。
例えば『癒される』などの微妙な修飾語や『拉致問題』などの社会的用語は健聴者の方が
情報が速いようです。
特に役員クラスの人は手話の技術はもとより、私など手話が未熟なものに手話の成り立ちや
どんなときに使われるのかなどわかりやすく解説をしてくれたりするので(もちろん手話を使って)
使いこなす、という意味では”本家”より達者な気がします。(2004.07.18)
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昨日、聴覚障害者と一緒に、テニスをしてきました。
スポーツをやりながら、手話を通じてコミュニケーションをはかられるってとてもいいですね。
久しぶりにいい汗をかいてきました。
ところで、聴覚障害者は、あのラケットでたたいたときの「ポン」という音を聞き取るのが難しいはずですね。
そんなところにも聴覚障害者の不自由さがあったのだと気付きました。(2004.06.20)
- 私がそもそも手話に興味を持ったのは障害というものをよく理解しようと思ったからです。
目の見えない人や、耳の不自由な人の気持ちを少しでも理解し、接することができたらと思ったからです。
そのなかでも聴覚障害者は一番接しやすかったのでしょう。
しかし最近ますます強く感じるのは聾唖者もやはり普通の人であり、いや、むしろ笑顔や感情表現が豊かな人が多いと言うことです。
サークルに行って、若い男性の聾唖者が話しかける表情を見ると、その屈託のない笑顔にいつも勇気づけられます。
と同時に私の方もなぜか「あぁ、うれしい」と思ってしまいます。
- 今日は手話のしりとりゲームをやりました。
いつものテキストによる学習ではなく遊びながらの学習も楽しいです。
ゲームだと先生と生徒という関係ではなくみんな同じ立場で会話できるし、見慣れない人とも目と目が合って少し仲間になったなという感覚が出てきます。
自分自身も指文字がすらすら使えるようになりたかったのでその練習にもなりました。(2003.05.07)
- 今日は手話サークルで反対語を発表する、というのをやりました。
1人がある言葉を手話で表し同時にそれと反対になる意味の言葉を手話で表すのです。
例えば「きれい」と「汚い」、「黒」と「白」などです。これもただ単に単語を覚えるよりは覚えやすかったし、また楽しかったです。
単語はポツンと覚えるより何かと関連付けて覚えた方が覚えやすいという事がよく分かりました。(2003.05.21)
- 私の所属する手話サークルで、聴覚障害者が演ずるプロの人形劇団の公演を主催することになり昨日6月21日に公演が行われました。
これにあたり4月から準備を進めてきたのですが、その準備委員会の中での手話のやり取りが勉強になりました。
例会での学習とは違ってひとつの目的のために真剣に話し合うので、自分が理解していないと全体に迷惑がかかるという緊張感もあり、
分からないときは分からないとはっきり意思表示しなければならないし、手話の読み取りも真剣にならざるを得ないからです。
その真剣さが自然と体や手の動きに身についてきたように思います。
今まで聴覚障害者と一緒に行うイベントには何回か参加しましたが、それは私にとってひとつの度胸だめしみたいな場であったと感じるようになりました。
その度胸だめしを積み重ね2年が過ぎましたが少し聾唖者との会話ができるようになりつつあるのを感じました。
以前ほど会話のときの怖さがなくなったし、幼稚ではありますがひとつの文章を手話で伝えることができるようになりました。
昨日も”元気を与えてくれる若者”から冗談を言われ、聞き返してしまいましたがその内容がわかった時この上ない喜びを感じることができました。
ちなみにその中身は、上演会場の向かい側に大きな3階建ての家があったのですがそれが「俺のうちだ」というのです。なぜかというと
表札に「佐藤」と書いてあり「俺と同じ名前だ」というのです。たわいのないことですが笑顔と笑顔をかわした瞬間、なんともいえない一体感を感じることができました。(2003.06.22)
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7月26日と27日の2日間、近くのキャンプ場に行ってきました。聴覚障害者と健常者あわせて17名程でした。
26日の土曜日はあいにくの雨で屋根の下でのキャンプでしたがそれもまた思い出に残るものでした。
このキャンプで、うれしかったことが2つあります。
ひとつは会話が通じたことです。夜、聴覚障害者と手話で話をしていると「高速道路」という単語がはじめわからなくて「ごめんなさい。もう一度教えてください」と2回も3回も聞き返してしまいました。
しかしその人は別の表現で何度も私に意味を伝えようとし、私も一生懸命聞き取ろうとした結果それがわかったのです。
そしてその会話がつながった瞬間私はとてもうれしい気持ちになりました。
意志が通じるというのは本当に幸せを感じることだと思いました。
二つ目は「チューハイ」という新しい言葉を覚えたことです。
お酒の話をしているときでした。右手と左手をくっつけて「チュー」し「ハイ」と右手を立て口で「チューハイ」、「チューハイ」と教えてくれました。
わたしは「へぇー」と思うと同時に手話って素敵だなぁ、綺麗なんだなぁ、と感激しました。
去年に引き続き2回目のキャンプでしたが、漆黒の闇の中、スポットライトの下で数人が想い想いを語る雰囲気は何ともいえないロマンの世界でした。(2003.07.31)

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来る10月県内で聾唖者大会が開催されるのに先立ちその冊子を作るのに資金集めをすることになりました。
冊子の後ろに会社やお店の広告を掲載し、そのお金で冊子を作ったり大会運営に使うためです。
日曜日に聾唖者、健聴者が集まって広告取りのローラー作戦を実施しました。
私は聾唖者二人とともに回ったのですが、聾唖者のうちのひとり、若い女の子が「あそこの病院は私が行ったことがある」とか「あそこのお店のひと、私知ってる。」など
とても熱心に話してくれるのです。
昔仕事で外回りをしていた私は一瞬「そんなところ・・・(無理だ)」と思ってしまったのですが、次の瞬間そう思う自分が恥ずかしくなってしまいました。
自分の出来ることを精一杯やろうとしている彼女に申し訳ないと思ったからです。
どこでも回ればいいというわけではないと思いますが、彼女の前向きさに私は「ハッ」とさせられました。
ボランティアの活動というものは彼女のように純粋なものでなければならないのかもしれません。
その気持ちが人を動かすのでしょう。
聾唖者大会とその資金源という現実の問題の中でいろいろなことを考えさせられた1日でした。(2003.08.17)
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聴覚障害者ってとても仲がいいんですね。
私が知っている限りではけんかをしているところをみたことがありません。
実際はけんかもあるのでしょうが、普通の生活の中ではお互い共通意識というのか、お互いの気持ちを分かり合っているためなのか
健聴者同士と比べて結びつきが強い気がします。
例えばサークルに入ってくる新入会員(健聴者たち)は同じ時間に同じ部屋の中で勉強していても、ほとんど私たち先輩グループとの交流がありませんし、
言葉を交わし始めるのはかなり時間が経ってからです。(わたしも初めはそうでしたが)
知らない人同士の会話のきっかけが聾唖者とのそれに比べて消極的のような、慎重なムードの中で行われるような気がします。
健聴者に話しかけるよりもなぜか聾唖者に話しかける方が気楽に出来る気がして仲良くなるのが速いのではないでしょうか。
ちょっと飛躍した考えかもしれませんが健常者は五感が使えるために相手を警戒しすぎたり、いろんな情報から相手と自分を見比べたりしてしまうのかな?とも思ってしまいます。
情報多寡の世の中、人はもう少し単純になってもいいのではないかと思います。
実際聾唖者との会話では単純な単語でのやりとりの中で「ウン、そうそう」とか「おもしろいわネェー」とか相づちをしながら話をし、
コミュニケーションを楽しむかのように自然に笑顔になってしまうことがとても多いです。
私は、この相手のいわんとすることが理解できること、このことがうれしくて手話を続けているのだろうと思います。(2003.09.06)
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今日、ふとあることに気が付きました。
私のグループの中に男性が私一人しかいないのです。
残りの9人はみんな女性でした。
周りのグループをみても同様でした。
これって、手話をやりたいと思っているのはほとんど女性が多いということでしょうか?
まぁ、夜7:00頃だと男性はまだ仕事中の人が多いということでしょうか。
でも、私自身は、女性が多くて、ほのぼのとして楽しい気はしているのでいいのですが・・・
話は変わりますが、サークルって、ほんとに行事が多いです。
ナイターソフトボール交流会、東北聾唖者大会、スポーツ競技大会、芋煮会・・・9〜10月は毎週行事が目白押しです。
どうしてこんなに行事が多いのでしょうか。聾唖者の団結力の現われではないかと私は感じているのですが。(2003.09.17)
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手話の表現て人それぞれ違うのですね。
例えば「わかる」は胸をなで下ろす仕草をするのですが、聾唖者はただ単にポンっと胸をたたくのです。
初めはその動作が速くて、わかりませんでした。
でも、話の流れや、ゆっくりやってもらうと「アッ、なるほど」とわかりました。
そんな風にしてだんだん手話に慣れていくのかなぁ〜、と感じました。
話し言葉でもそうですね。キーワードになる言葉を少し強く表現したり、顔の表情をつけたり、無意識にやっていますよね。
手話もそれと同じで、言葉の抑揚や表情はコミュニケーションの基本なんだなーと感じた一日でした。(2003.09.25)
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先日芋煮会に参加してきました。
毎年恒例なのですが私にとっては初めての参加でした。
人数は45名、にぎやかな芋煮会でした。
そこで驚いたことにアジアの他国の若者と出会いました。
仕事で日本の支社に来ているとの事で、彼と私と聾唖者と3人での会話が始まりました。
聾唖者:(手話で)「どうしてあなたは手話をやろうと思ったの?きっかけは何?」
私:(手話と日本語で)「手話を始めたきっかけは何ってこの人が聞いているんだけど」
彼:(たどたどしい日本語と覚えたての手話で)「あ〜、それは興味を持ったからです」
私:「芋煮会は初めてでしょう?」
彼:「そう〜、初めて。僕の国は年中暑いからこんなのはない」
私:(聾唖者へ)「彼の国はずうっと暑いのだそうです。だから初めてだって」
聾唖者:「じゃ、四季ってないんだ」
という具合に私が通訳みたいにしながら会話をしたのです。
まだ初心者の私なので微妙なところまでは聾唖者に伝わらなかったかもしれませんがこんな体験は私にとって
とてもうれしく勉強になる出来事でした。
普段の例会などではとても通訳なんて恐れ多いという感じなのですがこんな場だからこそ経験できたことに
良かったなと感じたしだいです。(2003.10.22)
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今度、『文化フェスティバル』というのがあって、手話コーラスのメンバーとして参加することになりました。
曲は『また会える日まで』(歌手:ゆず、ドラエもんの最後に歌っている曲)です。
最初は、形だけついていければいいか、なんて軽く思っていたのですが
22人という大勢で練習しているうちにみんながとても上手になっていくのでだんだんあせってきました。
そして私も知らず知らずのうちに真剣になっていきました。
みんなに遅れてはいけないという気持ちと、なんとか立派にできるようにしたいという気持ちが高まってきたのです。
家でも練習しなくては、と思うようになったのですが、ふと気がついてみると、
こんなに真剣に物事に打ち込もうとしている自分にハッと気がついたのです。
毎日毎日の生活の中でこんなに純粋に一生懸命になるなんていうことはないなぁ、と思ったのです。
仕事とは違うし、自分個人の趣味とはまた違って、みんなで何かを作っていこうという連帯感のあるものではないでしょうか。
今は、手の動きを覚え、曲に乗って体で表現する楽しさを少しづつ感じながら、がんばっています。
本番まであと10日ぐらいしかないのですが、是非、みんなで一体となって成功させたいと願っています。
また、手話を通して、新たな発見ができてうれしい気持ちです。(2003.11.20)
-
2003年を振り返って・・・
今年は私にとって実り多き年でした。
いろいろな活動に参加して貴重な経験をしたし、楽しい思い出が作れたからです。
文化フェスティバルでは残念ながら入賞はできませんでしたが、舞台に立ちながら「あぁ、私はここに参加しているんだ」と
実感できて、体が熱くなったのを覚えています。
聾唖者との会話の機会も増え、自分なりに少しは手話が上達したような気がします。
というよりは、度胸がついたといったほうが正しいかもしれません。
また、なんといっても健聴者、聾唖者問わず、新しい人との出会いがあったこともうれしいことです。
自分より年下の人、また年上の人と話すことによって、正直に言って最初は世代的な違和感を感じることもありましたが、
手話を通してだんだん距離が狭くなっていくんだなということも分かりました。
来年も次のステップを目指してがんばりたいと思います。(2003.12.29)
-
今年もうれしいことがありました。
その前にまず感心したことから。
昨日慰労会があって、みんなで飲む機会がありました。
聴覚障害者が「おしゃべり」なのは前に書いたとおりなのですが
こちらの話が少し途切れたとき、ふと向こうを見るとあっちでも
手話での会話が見えました。そうすると、私なんかは全部は分からないのですが
部分的に単語が読み取れるときがあります。
あぁ、今海外に旅行に行ったときの話をしているな、とか、なんかこの前の
雪で遅くなったことを言い訳しているのかな、とか黙ってみているだけでも
その話に参加したような気分になってきます。
普通、30人近い集まりだと、ワイワイガヤガヤで遠くの話なんて聞こえないのですが、
手話だと目で見てわかるのでそれを見ながら楽しめてしまうんですね。
逆に、人の悪口とか、聞こえてまずい話はちょっと気をつけないと、ということになりますかネ。
そこが時間になり、「次、行こう」ということになったのですが、ナ、ナ、ナントみんなでカラオケに行くではありませんか。
聴覚障害者がカラオケへ?一瞬いいのかな、と思ってしまいます。
「通訳付でいっしょにやってあげるから」なんて冗談を言いあいながらほんとに言ってしまうのです。
私は仕事で疲れていたので一次会で帰ってしまったのですが、"たくましい"聾唖者のこと、
おそらくテレビを見ながらまた次の話に熱中していたのでしょう。
歌が分かるかどうか、なんてことより、カラオケでも何でもかまわずみんなと一緒に楽しみたい、と、
どこへでも行く聾唖者たちの勇敢ぶりにうれしさを感じたのでした。(2004.01.27)
☆ その他
- あなたはビールの缶に点字があることを知っていましたか?
- 街中の郵便ポストにも点字があることを知りました。(2003.06.21)
- 「臨時はつらいよ」
よく仕事をしていると、「臨時さんの場合はしょうがないけど・・・」などとよく言われます。
正直言って「臨時」に「さん」をつけるのはやめてほしいと思います。
正職の人と差別されているような感じがします。同じ仕事をしているのに見下されているような印象を受けてしまうのです。
いろんな意味で力がないから「臨時」なのでそれは分かっています。
言う方もそんなに悪気はないのでしょう。
でも、何か別の言い方をしてほしいと思います。(2003.04.22)
- 今日郵便局に行ってきました。
お金を下ろすとき何気なく金額のボタンを見たら点字があったので触ってみました。
1,2という数字の上にあったのでそれが「1」「2」だということは分かるのですが目をつぶって触ってみたらまったく分かりませんでした。
分からない、というより何を触っているのか見当がつかないというか、突起の模様の区別なんてまったくつきませんでした。
人差し指の先であんな小さな点を触るのですから簡単には分からないのが当たり前だと思います。
盲者は指先が目の代わりなのでしょう。
盲者のことがすこし理解できた気がしました。(2003.05.10)
-
先日、障害者スポーツ大会にボランティアで参加してきました。
聴覚障害者も参加していたので手話でお手伝いをするためです。
そしたら始めて会った聴覚障害者に声を掛けられ話をすることができました。
特に順番を聞かれるとか競技に関することではなく、「手話できるんですか?私の名前は○○○・・・」と
いうような自己紹介みたいな話でした。
うれしかったのは、見知らぬ人と意思の疎通ができたことです。
その人は自分からどんどん自分の境遇のことなどを教えてくれるのです。
いわゆる健聴者(普通の人)だったら絶対こうはいかないと思います。
それだけ純粋なのだと思います。
もうひとつ、自分の手話が通じたことがうれしかったです。
なんというか、つたない英語でも母国人にわかってもらった、というような感覚でした。
このスポーツ大会にはいろいろな障害者が参加していました。
身体障害者、知的障害者、聴覚・視覚障害者、今年から精神障害者も参加しました。
そこで勉強になったことがあります。
聴覚障害者と視覚障害者が同じ組でスタートするとき、どうすると思いますか?
始まるまでなんとなく疑問に思っていたのですが、ピストルのスターターともう1人のスターターが
「よーい、ドン」で赤い旗を振り上げるのです。
これなら聴覚障害者でも合図が分かりますよね。
そして視覚障害者にはコースをいっしょに走る付添い人がつくのです。
もちろんスピードでは聴覚障害者のほうが速いでしょう。
でもこの大会ではそのまま一位二位としていました。
パラリンピックだったらそうはできませんが。・・・
そんなところに障害者の共存と競争のひとつの面を見たような気がしました。
また、いろいろな障害者の中にはほんとに楽しんで競技をする人や、芝生の上を車椅子で走らされて抗議する人やら
さまざまでした。
わたしは、かねてから障害者は同じようであり、またちがうものだと思っていましたが、不便さという共通点を持ってはいても
他人と交われる人、時には自己主張する人、個人個人さまざまな気質を持っているものだ、と感じました。
障害者でなくたって、表向きは見えないかもしれないけど、なにかしら心の中や境遇に”障碍”を持っている人は多いでしょう。
だから、障害者も健常者もその人しだいで幸せの中身も違ってくるのでしょう。
ただ、健常者は何でもできる分だけ逆に自分が見えなくなり、時には目に余る行動に走ってしまったりすることがあるようです。
感心させられたのは、知的障害者でも誰一人列を乱したり勝手な行動をとる人がいなかったことです。
普通の運動会だと勝手な大人がひとりや二人必ずいるものです。
教育しなおした方がいいような大人に比べて彼らの方がよっぽど行動の仕方をわきまえているな、と驚きました。
失礼ながら知能の遅れはあるかもしれないけれど、知恵はできているな、と感心させられました。
いろいろなことを感じたスポーツ大会でした。(2003.10.15)
-
先日、いい話を聞きました。
私の勤めている施設に、知的障害者授産施設の職員の人が、そこで作ったパンを売りに来るのです。
ある時、なにげなく世間話をしていて私が
「こんな上手なパンを作るのにずいぶん手間がかかるのでしょうね。
テレビで同じ様子を見たことがありましたが・・・」
と聞くと、その職員は
「実は、ここまで来るのに8年かかりました。」
と言うのです。
さらに「児童さんによっては苦手なこともあるのでしょうね」との質問に
「はい。でも一度覚えたことは忘れないし、
へんに要領を覚えてサボると言うことはしません。そこが健常者と違うところです。」と。
この答えには、わたしもすこぶる共感し、その“職人”たちに拍手を送りたくなりました。
やはり、障害者たちは、何か不便な部分は持っていても、一般の人が見習わなければならない何かを持っているものである、
と、ここでも思い知らされました。(2004.03.01)