恋し、春待ち人
第四話 東風吹かば 弐




「なに? 大社は我々の意見を聞き入れぬと?」
 宗傳(そうでん)の声に、室内にいた者たちは色めきたった。
「はい。〈宿禰選択の儀〉のやりなおしは受け入れぬと。大神の怒りをまねくようなことを申すものは、大社への立ち入りを禁ずると仰せでした」
 使い役となった甚三は、璃寛(りかん)の怒りの形相に、身を低くした。
「なんと、我らの訴えをないがしろにするか」
 璃寛の声はふるえていた。
 金角の鹿隊は里人の意見をまとめ、大社へ〈宿禰選択の儀〉のやりなおしを訴えた書状をしたためた。その返事がこれだった。
「おまえはもうよい、さがれ」
 命じられて、甚三はそそくさとでていった。その背を浅葱はうらめしく見送った。できることなら、浅葱も集会からぬけだしたかった。
 というのも、浅葱は〈宿禰選択の儀〉のやりなおしには反対だからだ。一度、大神様が選ばれた宿禰を、里人の意見でかえようというのは、大神様をないがしろにする行為だ。多くの神々を崇め祀る宮里がそのようなことをしては、他の里に示しがつかない上に、この土地に宿っている神々に対しても、不信感を表すことになる。
 そもそも地に宿る神々は、天座大神の子である。大神を否定すればその子らが怒るのは目に見えている。
 〈魂もらい〉で宿禰は人々の想いを、その地に宿る神に伝える。宿禰とその神々が、霊山で天座大神に民意を訴え、采配が下されるのだ。
 地に宿る神々への不信は、〈魂もらい〉へ悪影響を及ぼすだろう。平和を願うための行事が、平和を遠ざける行事になりかねない。
 そのことに、何故気がつかないのか。
 〈宿禰選択の儀〉のやりなおしのため、書状を書くと決まったとき、浅葱は声をあげて反対した。だが、璃寛は平和のためだといってゆずらない。
 もどかしさに、膝の上でにぎった拳がふるえた。話し合いなど聞かずに、通りへ駆けでて、里人に訴えたかった。だが、そうしたところでどれくらいの人が、浅葱の声に耳をかたむけてくれるだろうか。
 浅葱は自分の無力さに、自分を思いきり殴りつけたいほどの苛立ちを感じていた。
「どうなされますか、璃寛様」
 隊員のひとりが問うた。
「書状をもっていった当日の返事とは、考える余地もなかったとみえる」
「あくまでも大社が里人の意見を軽んじるならば、こちらとしても別の行動にでなければなりませぬな」
 隊員たちが意見をかわすあいだ、璃寛は黙っていた。一同が口を閉ざしてはじめて、璃寛は口をひらいた。
「大社が受け入れぬならば、我々は水際でくいとめるしかない」
「どうなされるおつもりですか?」
「守別が決まらなければ、宿禰も旅立つことはなかろう」
「そうか、守別をださないという方法もあるな」
「守別となろうとする者を、大社の門をくぐる前に追いかえすというのはどうだ?」
 宗傳の言葉に、浅葱は声をあげた。
「反対です!」
 男たちはいっせいに浅葱を見た。我慢の限界だった。
「そもそも宿禰は、天座大神様がお決めになるもの。我々里人が決めるものではないはず。その守別となる者を我々が追いかえすなど、自警団として度が過ぎます!」
「ならば浅葱よ、おまえはこの戦の世が、このままつづけばよいと申すのか」
「いいえ。ですが、選ばれた宿禰のだれが、世を平和に導けるか、我々にわかるものではありません」
「ふん、役立たずだった巫女が、宿禰になったからといって、急に利口になるわけもない」
 浅葱は隊員からむけられる視線の冷たさに、歯がみした。
「大神様がこの世の采配を下すとき、人々の多くが平和を望まなければ、戦は終わりませぬ。大神様が選ばれた宿禰を、受け入れられずにいるこの里に、いま、どれほど平和を望む心があるというのですか? このままでは、大社と里人が分断し争いが起こりましょう。我ら自警団が、自ら唯一平和な里に争いを起そうというのですか!」
「我らとて平和を望んでのことだ。大社がこちらの意見を軽んじるならば、刃をかかげることもまた、平和の道」
 浅葱は、声を失った。喉をしぼるようにして、いう。
「正気ですか? 平和を求めるために、争いを起そうとするなら、そこで勝ち得た平和は、平和とは呼べない」
「浅葱、落ち着け。宗傳もだ」
 璃寛の声に、ふたりは浮いた腰を落とした。
「浅葱、そなたのいうこともまちがいではない。このままでは、宮里の中で争いが生まれるだろう。だが、だからこそ我々が、里人の意見をまとめるのだ。里人が先走って過ちを犯さぬように、我らがくいとめなければならぬ」
「その方法が、守別を追いかえすことなのですか」
「我らは穏便に過ごそうとしたのだ。それを切ってすてたのは大社。我らは次の行動へうつらなければならぬ」
「では、それも受けいれられなければ、どのようになされるおつもりですか?」
 璃寛はじっと浅葱を見つめた。そのまなざしには、大社との対峙がゆるぎのないもので映っているように思えた。
 浅葱は唇をかんで、首をふった。
「大神様の意を否定することは、この地に宿る神々をも否定すること。神を否定した我々がだれを宿禰にしようと、大神様がよい采配をくださるはずがありません」
「ではいうが浅葱よ。戦が始まって二〇年余り、我らはずっと天座大神の選ばれた宿禰を霊山へと送りだしてきた。だが、世は平和にならなかった、何故だ?」
「それは御霊に宿る想いと、我ら里人の想いに、平和を望む心が少なかったから――」
「おまえは本当に、里人たちが平和を望んでこなかったと思うのか?」
 浅葱は口を閉ざした。戦のために男たちをとられ嘆く女たちの声。母を失って泣く子どもの声。食べるものがなく常に腹をすかせている難民たちの想いは、戦が始まって以来、とぎれることなくうまれてきただろう。安全な宮里に生まれ、暮らしてきた浅葱にも、そのことは想像がつく。
「おまえはまだ若い。本当に正しいものが何なのか、見極める目もいまについてくるだろう。我らの言葉の正しさもわかるようになる」
 唇をかみ、浅葱は身をひいた。璃寛が満足そうにうなずく。だがその目は、すぐにまるく見ひらかれた。
 浅葱は着ていた羽織をぬいで、たたんだ。
 平和を望む声があって、それでもまだ平和の世とならないのは、人が何を平和だというか見極めきれていないからだろう。
 たとえ、その理由がまちがっていたとしても、浅葱には平和を望む声を受け入れない大神を否定することが、平和になることだとは思えない。
 さしだされた羽織を、璃寛は訝しげに見た。
「どういうつもりだ?」
「これまでお世話になりました。私は今をもって、金角の鹿隊を脱退させていただきたく思います」
「何だと!」
「早まるな、浅葱」
「これまで私は中小里を守ることにおいて、金角の鹿隊であることを誇りに思ってまいりました。ですが、これ以上意見を異にした隊に、所属することはできませぬ」
「こちらが下手にでておれば、調子にのりおって、この若造がっ!」
 膝をたて、声を荒げた宗傳を璃寛がとめた。
「その気持ち、あとあと後悔するぞ」
「私の心はもとから決まっております。この心に従わぬことが、後悔となります」
「残念だ」
「私もです」
 浅葱は深く一礼をして、部屋を去った。



「なんだって、おい。鹿隊をやめて、守別に立候補する?」
 浅葱は与えられている部屋にもどると、わずかな荷物を手早くまとめた。それを見た甚三が理由を聞いて、目をまるくさせたのだった。
「おまえには世話になったな」
「いや、俺はなんていうか、俺が世話になったっていうか……。ってそんな話じゃなくってよ、何だよ、何で急にそうなったんだ?」
「おれは璃寛様の意見は理解できない」
「理解できないっ、つったってよ」
 急に別れを告げられ、戸惑っている甚三をおいて、浅葱は足早に部屋をでた。隊を脱退することに決めた浅葱が、次にとる行動は璃寛たちにも、かんたんに想像がつくだろう。長居は無用だ。
 だが、一足遅かった。
 部屋をでたとたん、これまで親しんできた隊員仲間が、わらわらとでてきて浅葱を囲んだのだ。おどろいたのは甚三だった。
「な、何だ……?」
「甚三、浅葱を捕らえよ」
 最後にあらわれた宗傳の声に、甚三は彼と浅葱を見た。浅葱は宗傳を睨みつけた。
「やはりきたか」
「脱退することはかまわぬが、ここをでたおまえが守別候補として立っては迷惑なのでな」
 浅葱は答えず、周囲をたしかめた。何人いるかはわからないが、浅葱ひとりで突破できるほど少ない人数ではない。だが、だからといってあきらめる浅葱ではなかった。
 気づかれぬように、利き足に重心をかける。荷をもちなおすように見せかけて、浅葱はそれを投げた。まわりがぎょっとしているうちに、刀をぬく。出口にもっとも近い場所にいた仲間へむかって突進すると、相手はおどろいて身をひいた。
 浅葱はそのまま駆けた。
「おい、何をやっているおまえたち! 浅葱を追わんか!」
 宗傳にいわれて我にかえった隊員たちが、浅葱を追いかけてきた。
 だが、その足はにぶい。おそらく、急に浅葱を捕らえるようにいわれ、とまどっているのだろう。あとからやってきた甚三に追いぬかれている。
「浅葱、甚三、どういうことなんだ? 璃寛様にはむかったって?」
 隊員のひとりが、どうしてこんなことをしなければならないのか、わけのわからぬ顔をしながら問うた。
「璃寛様にはむかったわけじゃない。おれは、おれの信じる道をいくことにしただけだ」
「どういう意味だ?」
 浅葱と璃寛のやりとりを知らないものには、理解できないにちがいない。だが、詳しく話している時間はなかった。
 ひとり、甚三だけが、納得したようにつぶやいた。
「浅葱は、自分の信念をつらぬくことにしたってことだな」
「信念?」
 彼らのやりとりがもどかしく、浅葱はいった。
「甚三、おれはいく。迷惑をかけるが、あとは頼んだ」
 ふりかえった浅葱は、甚三から荷を投げつけられて、あわてて受けとった。
「ほんと、迷惑だが、まかされてやる。俺だって、守別になりたかったんだからな。帰ってきたら、覚えておけよ!」
 勝手口から通りへ駆けでる。その背にかけられた甚三の捨て台詞に、浅葱はちいさく笑った。
 甚三の気持ちへ感謝するならば、なんとしてでも守別にならなければならない。
 だが、はたして浅葱のような若造が、守別に選ばれるのだろうか。
 こみあげた不安も、甚三への裏切りのような気がして、浅葱は気持ちを前へときりかえた。
 昼をすぎたばかりの通りは、すこしずつにぎわいを増している。
 飯屋からでてきた大工風の男たちは、浅葱の様子をのんきに見送った。
「金角さん、また事件かい?」
 羽織をぬいでも、浅葱の顔は金角の鹿隊として親しまれている。だが、やめたということを知ったとしても、彼らは、そうかい、のひと言ですませてしまうだろう。
 にがいものを感じながら、浅葱は大社へとひた走った。