恋し、春待ち人
第五話 光の春 弐




 浅葱は紅葉をうかがった。だれもいない八畳ほどの部屋で、身をよせるように側にいる。
 囲炉裏端でちいさくなって、じっとにぎった拳を見ていた。
 千草は一軒の小屋へふたりを案内した。
 旅籠屋だったとはいうが、以前のそれは兵士が攻めてきたときに燃えてしまったという。かといって、千草の住む小屋は、ちいさすぎてふたりを泊めることができない。空家となった小屋を掃除して提供してくれた。
 こぎれいになった部屋は、だがすきま風がひどく、つかわなくなった囲炉裏の薪木は、なかなか火がつかない。
 食事も薪木も提供できないと、千草は申し訳なさそうにいった。
 浅葱は泊めてもらえるお礼にと、近くの山へいき、薪木を切って集めた。
 千草は小屋を掃除しているあいだに集められた薪の量に、目をまるめていた。
 紅葉はそのあいだも、ひと言も口をきいていなかった。
 このまま黙っていようかとも思ったが、なんとなく放っておくことができなかった。
「不安か?」
 びくりと紅葉はふるえた。わずかに視線をずらしたのか、横顔にかかる髪がゆれた。
 火が、ようやく薪木に燃えうつった。
 あたたかくなれば、紅葉の緊張もとけるだろう。
 浅葱は干し飯をとりだして、水のはいった竹筒にいれ、火にかけた。
「現実はこんなもんじゃない。霊山に近づくにつれ、もっとむごい話を聞くことになる。話だけじゃない、目の当たりにするだろう」
 紅葉はぎゅっと膝のうえの拳をにぎった。
「まともに受けとめていたらきりがない」
 浅葱の言葉に、紅葉は顔をあげた。
「せめて、かける言葉があれば……」
「言葉はつなぎにはなるが、救いにはならない。〈魂もらい〉は何のための旅だ? 宿禰は何のために旅をしている? 人々が期待しているのは、宿禰からのあたたかい言葉ではないと思うがな」
「わたしは……」
 紅葉は唇をふるわせて、かんだ。
 飯が炊けるまで、ふたりは黙ったままだった。
 千草の語った話は、紅葉にとって衝撃だったにちがいない。安穏と暮らす世界があって、一方では食べるものにも着るものにも飢えている。
 無情であったとしても、これが現実なのだ。
 飯がぐつぐついいはじめたころには、部屋もだいぶ暖まっていた。
 無言で筒をさしだすと、紅葉はにぎりしめていた拳をようやくひらいた。
「ありがとう、ございます」
 かすれた声だった。そっと手で受けとって、あつっ、と耳たぶを触る。となりに伏せていたぽちが、ちらりと視線をむけた。
 あまった竹でかんたんにこしらえた匙をわたすと、紅葉はふうふう息を吹きかけて食べはじめた。それでも熱いのか、はふはふいいながら食べている頬は、すこしずつ赤みがさしてきた。
 腹が満たされば、すこしは前向きに考えるようになるだろう。
 紅葉は半分を食べて、半分をぽちにわけた。まだ短いつきあいだが、いつでも彼女はぽちのことを忘れない。どんなにお腹がすいていようとも、ぽちと分け合う。さながら、姉弟のようだ。
 夕餉を終えると、ふたりは囲炉裏をはさんで横になった。互いに背をむけたあいだに、ぽちが置物のようにどっしりと座りこんでいた。
 紅葉が横になると、ぽちはいつも彼女に身をよせたまま石像になってしまう。目を閉じ、眠っているように見えるが、紅葉に危害をくわえようとすれば動きだすのだろう。
 だから紅葉は、浅葱のような年頃の若者と、平気で寝起きを共にできるのだ。彼女自身に警戒心はまるでない。
 紅葉が寝息をたてるまで、浅葱は目を閉じたままじっとしていた。
「浅葱さん」
 呼ばれたときは、しばらく呼ばれたことに気がつけずにいた。
 ふりかえると、かすかな囲炉裏火の中に、紅葉の顔がうかんで見えた。
「明日の〈祈踏〉、がんばります」
 何を突然いいだすのかと、浅葱はわからないまま適当に返事をした。紅葉はじっとそんな浅葱を見つめてから、「おやすみなさい」とつぶやいて、また背を見せた。
 動かないぽちのむこうで、紅葉の寝息がかすかに聞こえはじめた。
 その頃になってようやく、浅葱は紅葉が何をいいたかったのか気がついた。
 紅葉は浅葱の言葉を受けとめたのだ。〈魂もらい〉の意味を考え、紅葉なりに消化した結果が、明日の〈祈踏〉への想いとなったのだろう。
 浅葱は眠ってしまった紅葉に、うなずいた。
 千草の想いを神宿へ、ひいては天座大神へと、共に伝えよう。