それは灰色の雲が空に重く垂れこめている、新学期が始まって間もないある日だった。
太陽はどろりとした色の雨雲に隠れ、今日中にその姿を見ることは不可能な気がした。
しとしとと、小雨も降っていたように思う。
そんな日だった。










フ ラ ジ ャ イ ル ・ ハ ニ ィ [ 4 ]










「今日作るのは『小天使の美酒』という薬です。この薬には抗うつ作用があり、服用者の気分を穏やかにする働きがあります。材料がなかなか高価で貴重ですので、皆さんくれぐれも失敗しないように」
今までの経験から、失敗しない自信はあった。実際、僕の手は何の間違いもなく材料を鍋に加えてゆく。
鍋の中に、蜂蜜色のとろりとした液体が出来上がっていくのを見るのは気分がいい。
はっきり言って呪文を唱えて杖を振るよりも、こうやって何かを作り上げる方が好きだ。性に合っているとでも言うのか。
その蜂蜜色の薬をボトルに入れて蓋を閉めるのは、クラスの中で僕が一番早かった。

「すばらしい正確さと速さですね、ミスター・スネイプ。スリザリンに5点」
心の中で当たり前だ、と呟いて、手元の小さなボトルを眺めた。僕の手のひらにすっぽりと納まるそのボトルの中身は、まるでとろける様な甘い輝きを宿していた。もしかしたら、味もこの色のように甘いのかもしれない。
僕は蜂蜜色のそれをそのまま手で包んで、懐に入れた。



やはり興味のある教科というものは、皆が学ぶ基本よりももっと掘り下げてみたいと思うものである。
そういった訳で、僕は放課後に魔法薬学教授に特別に許可を貰い、魔法薬学準備室の近くにある小さな空き教室を使って、時折まだ授業で習っていない薬などを作っていた。
需要は特になく興味の赴くままに作るので、出来上がった薬などは教授に提出したりしていた。

懐に小さなボトルを入れた僕はそこで、先客を見つけたのだ。
教室の窓際の席でうつぶせている、自分と同年齢くらいの少女を。


「お前」
「え」
弾かれたように、その少女が顔を上げる。先程まで頭を預けていたらしい手の甲には、かさぶたのはった切り傷があった。

「こんな所で何をしている?空いていると言えど、ここは許可を貰わなければ入れない教室のはずだ」
「あー…ちょっと、忍びこんじゃった」
少女の胸元には、赤と金のネクタイ、それからライオンの紋章。
あの悪戯仕掛け人とやらいう奴らと一緒の寮なら、空き教室に忍び込むくらい普通にやりそうだと変な解釈をする。
皮肉ってわざと呆れたような眼で見やると、少女はへへ、と笑った。

「お前」
「お前じゃないよ。コレの固有名詞は
そう言って、少女は自分を指差してみせた。そしてまた、へらりと笑う。
その顔はどこか、笑いたくもないのに笑っている虚しさを感じさせた。

「…とやら。ここへ忍び込んで何をしている」
「別に、何をしてるってわけじゃないの。ちょっとだけ、友達に会い辛いなぁって時、あるじゃない?」
「それが今なのか」
「まぁ…そんなところなの」

が困ったように首を傾げて見せたとき、左頬にかかっていた髪がさらりと落ちた。右の頬は白く透き通っていたが、左の頬はうっすらと青紫色に変わっていた。思わず、少し顔をしかめてしまう。
それに気付いたのだろう、僕をじっと見つめていたは苦笑いした。
「ドジだからさ…動く階段から落ちかけちゃって。あたしの友達なんて全然そんなヘマしないの。
こんなのあの人たちに見られたら、馬鹿だなぁってからかわれちゃう」
「それはお前の友人が愚かなのだ」
「えへへ、庇ってくれるの?ありがとねぇ」
ただ、の苦笑いが本当に苦く、僕の心に沁み込んだから。まだ残る苦味を、洗い流してしまいたかっただけで。
僕は庇いもしなければ、慰めてもいなかった。


まだ、心に煙草のヤニの様にこびりつく苦味を取り去れない。それを何とかしたくて、懐に手を入れた。
雨はいつの間にか止んでいて。
ことり。
蜂蜜色の小天使は、僕の懐から机の上に降り立った。

「…きれい」
「…」
「なぁに、これ」
「…くれてやる」
僕の口調があまりにそっけないのが余程滑稽だったのか、はぷっと吹き出した。
頬に熱が集まるのを無視して、小さなボトルを彼女の前に押し出す。
「飲め」
は吹き出した後、しばしきょとんとした顔で僕とボトルを交互に見つめていたが、やがてありがとうと小さく呟いてその小さなボトルの、小さなコルクに手をかけた。そのまま、ボトルの端に唇を付ける。

窓の外には雨雲の去りつつある空と、光を取り戻してゆく景色があった。

「…あまいね」
「何がだ?」
「これ…」
ああ、やっぱり甘かったのか。あの蜂蜜色の見た目通りに。

「なんか、元気になったかも」
「それはそうだろう。れっきとした薬なのだぞ」
「うん、それもあるかもしれないけど」
は、ほんの少し涙の滲んだ眼を細めた。

「天使が、来たから」

雲の隙間から漏れる光が窓から差し込んで、それは小さなボトルに入ってきらきらと輝いた。


「黒髪の、すてきな天使が」







「覚えてる?」
「…思い出した」
確か、天使がどうだとか。後で思い出して気恥ずかしくなったのを覚えている。
その後しつこく名前を聞かれ、仕方なく答えたこともはっきりと思い出し、今になって何だか頭を抱えたくなった。

「…それで、それとついて来るのと、何の関係が?」
「え、だって」
ふわりと笑う。

「セブルスはいつでも、あたしの天使なんだもの」


やっぱり恥ずかしかった。











この連載を始める際、書きたいと思ってたシーンです。書けてよかった!
書きたい事、全部はまとまりませんでしたが…。
それにしても、書いてる奴が楽しいだけで全然話が進んでない。あいたたた。
あ、ちなみに『小天使の美酒』はオリジナルの薬です。って分かるか誰でも…変な名前だもんな。
それよりも作った薬って持って帰ったりできるの?←自分で書いといて…


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