現実世界にいらっしゃいな、彼女が言った
さも偉そうに
席を奪ってやる
ついでにお前の人生も
モノクロで塗りつぶしてやろうか
パーティの主役にも
映画女優たちにだって
俺はさっぱり興味なんてない
俺にとってのイチバンは
まだ袖の間に隠れてる
シリウス・ブラックはまるで天気の話でもするように、目の前の私に向かってさらりと言った。
「お前の人生、つまんなそー」
N o S u c h T h i n g
私は多少なりとも動揺した。
手元の本なんて見ている余裕はなかった。
特によく言葉を交わしたことがあるわけでもない、他寮のこの男。
噂だけはレイブンクローにもよく流れてくる、シリウス・ブラック。
その、噂だけで殆ど実体を晒すことのなかった彼がこうして目の前に座っているのだ。
昼下がりの光差し込む、この図書室で。
頬杖なんてついちゃって。
「」
しばし、自分が何を言われたのか飲み込めずに呆けていると、男が二の句を継いだ。
それでやっと我に返る。
「貴方と私って、そんな台詞吐かれるほど仲が良かったのかしら。
私の記憶では、貴方と喋ったことなんか殆どないのだけど」
「でも、俺もお前もお互いを知ってる」
「私は知らない。噂だけ。姿だってちょっと見かけただけ。
それにしてもなんで貴方が私の事知ってるのよ」
「さあ、なんででしょー」
なによこの男。
皆、この男の何処に魅力を感じるわけ?
器量の良さだけで、恋に落ちられるものなのかしら。
そう思ったらなんだか腹が立った。
自分で努力して勝ち取ったモノでもないのに、その上にあぐらをかいてるなんて。
ちょっと刺々しい言葉も吐いてみたくなるというもの。
「そうそう、噂はよく聞くのよ。
毎日毎日、グリフィンドールの4人組が教授に悪戯してるとか。
いつもミスター・フィルチに目を付けられてるだとか。
スリザリンのミスター・スネイプとよく衝突してるだとか。
実際に目撃したことも何度かあるけど」
「そーそー。よく知ってんじゃん、エライエライ」
「からかわないで、それだけ貴方達が毎度同じ行動繰り返してるってことよ。
貴方達、そんな問題児的な行動とって楽しい?」
「楽しいよ」
またさらりと言ってのけた。
皮肉も分からない、馬鹿な男。
彼女―レイブンクローの・が俺や俺の仲間に対して、いい印象を持ってないのは知っていた。
実はたまに悪戯をしてるとき、廊下なんかに偶然居合わせたりするからだ。
そんな時、彼女は軽蔑の色を隠さない。
非常にオープンに、私は貴方が嫌いですというカオをさらけ出す。
見てて逆に気分良いくらいに。
俺達の姿を見てきゃあきゃあ言ってる女子達の中で、彼女はやけに目立っていた。
最初にそれを見つけてから、なんだかとても気になっていた。
いつでも、つまらなそうな顔。
殻を破るだなんて言葉、知らなそうな顔。
常識と良識に縛られてそうな顔。
皆が言うのさ
ラインを超えるんじゃないと
何かステキなことが
そこにあるかもしれないのに
「ねー」
「何よっ」
だんだん言葉がに圧力が増してくる。
怒らせてしまいそうだ。
いや、むしろ怒ればいいのに。
つまんない顔してるより、ずっとイイ。
「お前もたまには常識からハズれてみたら?」
「そんな馬鹿なこと」
「馬鹿じゃないよ。常識だけが現実じゃねーもん。お前ももっとハジケてみたらいいですヨってこと」
「はじけ…?」
「人生楽しくね」
そう言って、おまけにちょっと方目をつぶってみせた。
学校のホールを走り抜けて
肺の奥から叫びたい
現実なんてモノ、存在しない
でっち上げられた嘘だから
本当に何なのこの男。
ウインクなんてしてみせて、それで私が喜ぶとでも?
それに何。常識から外れるですって。
そんな危ないこと。
常識を守って、正しい道のもとに勉強して、知識を積んで、誰にも馬鹿にされない人間になる。
そうすれば誰からも、迷惑そうな目なんかで見られることはない。誰の邪魔にもならずに済む。
将来安泰、叩いて渡る必要もないくらいの橋を作るの。
こんな男のようにはならない。
“良い子”な少年少女たちは選ぶんだ
正しいと言われてる道
色褪せてる地位も
名声も引っ掴み
渡り歩き
全ての本を読むけれど、欲しい答えは見つからない
両親たちは皆老いぼれていって
他に望むことはなかったの?
記憶の中はみんな
小さな悲劇で埋まっちゃって
「、お固いね」
「別の意味に聞こえるからやめて」
俺は思わず笑ってしまった。
なんだ。喋ってみたら結構楽しい。反応が。
もっと…そう、言葉も返してくれないような奴かと思ってたのに。
「何がおかしいのよ、貴方何なのよ」
「いや…結構沢山喋ってくれるな、と思って」
「……」
いきなり黙った。やっぱりお固いね。
「あのな」
お説教なんてするつもりないし、できるような男じゃないけど。
「そんなにがっちり足場固めてさ、何するつもりなの?」
「普通に生活」
「それだけ?何か楽しいことねぇの?」
「私は平凡に人生を送りたいの。危ない橋なんて渡る気もない」
思わず苦笑。
はっきり道を決めてらっしゃる嬢。
「それだけ意志が強いなら、危ない橋だって幾らでも渡れるのに」
この命ある限り
俺は無敵なんだ
なんだか、変な気分。
急に、よく分からなくなってきた。
常識人、成績優秀、素行優良、安泰な道、文句は言わない、言わせない。
そんな輝かしい道の先に、私は何をするのだろう。
皆が言うのさ
ラインを超えるんじゃないと
何かステキなことが
そこにあるかもしれないのに
所詮はこの男の口車に、上手いように翻弄されているだけなのかもしれない。
たとえ、そうだとしても。
それだけ意志が強いなら、危ない橋だって幾らでも渡れるのに。
そうなのかしら。
それはもしかして、誇れることではないのかしら。
もしそれが本当に自分にあるのなら、もう足場を固めるより、走り出した方が早いのではないかしら。
さっきよりも彼女の顔が、すこし柔和に見える。
俺の言葉で彼女のすべてを変えるつもりなど毛頭ないけど、聞いてくれただけで嬉しいと思う。
「とりあえず、そんだけ。
じゃー俺もう行くわ。ジェームズ達が待ってるかもしれないし」
「あ…そう」
「じゃな」
「まって」
「うん?」
「その…これからも悪戯、頑張ってね」
なんだかものすごく愉快な言葉のように思えた。でも笑えなかった。
ほんの少しだけど、彼女が微笑んでたから。
ちょっとドキッとして。
そういう顔もできるんだな。
「ああ…じゃあな、」
何か言いたげに口を開いた彼女に背を向けて、俺はそのまま図書室を出ていった。
「ちょっと…反則よ」
なんだか妙にドキドキしてきた。
いきなり、名前なんて呼ぶから。
「まぁ…」
席を立って、いつもより少し軽い足で本を棚に戻しに行く。
次にどこかで悪戯してるの見つけたら、手くらいは振ってあげる。
学校のホールを走り抜けて
肺の奥から叫びたい
現実なんてモノ、存在しない
でっち上げられた嘘だから
10年後の同窓会なんて待てない
ドアをぶち破って
誰よりも先に
テーブルの上に飛び乗ってやる
全ての時はこの瞬間の為に
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