「毎日は繋がっているのさ。知らないのかい?」
そう言ってジェームズは、わたしの手を引いた。
シ リ ア ル デ イ ズ
その頃わたしはまだ小さかったから、いつも日々は断片的なものだと思っていた。
誰も昨日した約束なんて覚えていないし、夕飯に何を食べたかも覚えていない。きっと、ベッドに入って意識を手放せば、そこですべての記憶はリセットされてしまって、また何でも一から始めなければいけないものだとばかり考えていた。そしてそれはなんて面倒臭いんだろう、とも思っていた。
けれどわたしの恋人ジェームズは、その考えに対して否と言った。
「毎日はそれぞれ別のものだって言うんだ?ふむ、面白い発想だね。でも、正しくはないや」
「何よ、そんな自信満々に。証明できるっていうの?」
「簡単さ。、今日の12時前に、女子寮を抜け出しておいで」
当時13歳だったわたしにとって、真夜中という時間は未知の世界だった。田舎に生まれたわたしは都会の子供達のように夜でも明るいような町に住んではいなくて、月の明かりが窓から差し込むころにはもう眠りについていたから。
だから、そんな刻にベッドを抜け出すだなんて怖かった。でも、興味もあった。
日の変わる頃に起きていたら、わたし達はどうなるの?
結局、わたしはジェームズの手を振り解きはしなかった。
ふたり手をとって、ホグワーツのはずれに建つ塔の上へ。
階段を上る間にジェームズが見せてくれた懐中時計の針は1という数字を指していて、もう今日という日は過ぎてしまったのだということを表していた。でも、わたし達はまだお互いの手を握っていたし、その他のことも何も変わりはしなかった。
塔の天辺まで上ると、月は天頂より少し傾いていた。わたしが見たことのある月とは別の方向に傾いている。
「ここで、月と星が動くのを見よう。実際は、地球が回っているだけなんだけどね」
そう言って、ジェームズが持ってきたブランケットでわたし達二人をくるんだ。ジェームズの体温が背中から伝わってきて、暖かいようなくすぐったいような、変な感じだった。けれど、嫌だとは思わなかった。
「眠らないで、朝日を見るんだ。ちょっと辛いかもしれないけど、あれを見ればきっとの考えも変わるさ」
耳の横で、風の吹き抜ける音がしていた。つい先程まで今日だった日が昨日になっても、まだ夜は夜のままだった。
初めての夜更かしでゆっくりと舟を漕ぎ始めていたわたしを見て、ジェームズがぽつりぽつりと話し始めた。
「今日も昨日もその前も、シリウスやリーマスやピーターは僕の親友であるわけだ。
もし毎日が断片的なものだとしたら、僕はいつまでたってもシリウスたちの「親友」にはなれないわけだ」
そう言ってジェームズは私の背から、私をきゅっと抱きこんだ。
「僕がこうやってを抱きしめられるのだって、一日二日で出来るようになったわけじゃないでしょ?
毎日毎日、ちょっとづつ距離を縮めていったわけだ。大変だったよ、君ってば相当ガードが固いんだから」
甘えるように私の首筋に顔をうずめるジェームズは、そういえば一年生の入学式の時は触れることもないほど遠くにいたのだと今更ながらに考えた。
まずはお話をしてみて、それから見つめ合ってみて、手をつないでみて、キスをしてみて。
毎日、お互い少しづつ歩み寄っていったんだね。
「ほら、太陽が昇るよ」
塔を形作る煉瓦の隙間から、少しづつ柔らかな光が差し込んできた。かすんだ空気の向こうに、オレンジ色の朝日が顔を出して、それはあっという間にきれいな円形を見せた。
二人の姿は朝日に照らされて、ローブの端まできらきらと煌めいた。ジェームズは満足そうにうなずいた。
「ほらね」
ジェームズの声が後ろで聞こえた気がした。
わたしは思わず後ろを振り返ってみたけれど、勿論そこにあのジェームズはいなかった。
あのときと同じ時間、同じ場所で、朝日はまた今日も昇ってわたしを照らしてはいたけれど、ジェームズはもうわたしを後ろから抱きしめてはくれないし、わたしはもう12歳の少女ではない。
毎日は繋がっていて、刻む年齢も、昇る朝日も、空に還った人も、もうリセットしたりはできないから。
「」
後ろから声がしたけれど、それはジェームズではなくて、喪服のようなローブに身を包んだセブルスで。
「ずっと起きていたのか」
「うん」
「風邪を引く」
そう言って、自分の着ていたローブをわたしの肩にそっとかけた。優しいところは、あの人と似ている。
「毎日重なってく現実は、巻き戻せないのね。朝日も、引っ込められない」
きっとセブルスには何のことかよく分からなかっただろう。けれど彼は、身動きもせずに聞いてくれた。
「巻き戻せなくてもいいことだって、あるだろう」
「…そうね」
小さな日々も、私の気持ちも、すべては繋がって、続いている。
ジェームズがもうここにはいなくても、ジェームズが私と共にいたあの日々は、長い長い日々の鎖で繋がっている。
私がここで今生きているその過程に、あなたは確かにいた。
それだけは、リセットなんてしたくない。
大好きだった、ジェームズ。
大好きよ。
今も、そしてこれからも。
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