生暖かい熱がしっとりと絡みつく温室の中。 セブルスは立ち込めるその熱の中をまるで突き破るかのように、真っ直ぐ歩いていった。 辿り着いたそこには、いつもの鉢植えと、いつもの少女がいた。 「あ、スネイプせんせーい」 にへら、とゆるく笑う少女を前に、セブルスは否が応でも自分の眉間に皺が寄っていくのを感じずにはいられなかった。 白 い 花 と 黒 揚 羽 「ミス・。また来ているのかね」 「はい。だって、これ気に入っちゃって…」 緑色のネクタイを締めた少女―・は、うっとりとした目で先程まで眺めていた鉢植えに視線を戻す。 セブルスが研究の為に植えた薬草は、その植木鉢の中で小さな白いつぼみを幾つかつけていた。 「ここは我輩の私有スペースなのだが、君が入っていいと許可した覚えはない。例えスリザリンであろうと、あまり続くようであれば減点は免れんと思いた…」 「やだぁ先生、そんな意地悪しないでくださいよぉ!」 セブルスの台詞が終わるか終わらないかのうちに、は頬をぷうっと膨らませて抗議の声を上げた。セブルスの目の前でこのような態度を取る生徒もそうそう居なかったので、彼は驚きと呆れの為にまた眉根を寄せる。 「別に何処も触ってないですし…見てるだけなら良いじゃないですか」 良いじゃないですか、と言われれば確かにそうであって、セブルスは特に反論の言葉が思いつかなかった。 プライベートな場所に入り込まれたといってもここは自室では無いし、何も触らない、動かさないというのなら、かのウィーズリーの双子に廊下で出くわすことに比べれば全くの無害であろう。 毒にも薬にもならぬとはこのことだろうか、とセブルスは心の中で呟いた。 「もうよい…好きにしろ」 いかにも諦めの混じったような溜め息と一緒にセブルスが言葉を吐き出すと、はそれを皮肉げた台詞とも思わず、その顔にぱっと満面の笑みを浮かべた。 「わぁ、ありがとうございます!スネイプ先生優しいですね!」 先程は意地悪呼ばわりしておいて、今度は優しいですねとの言葉と感謝。 なんとまた感情の起伏の激しい娘かとセブルスは呆れたが、の笑顔につられたのか、セブルスは彼にしては珍しく苦笑い同然の微笑を浮かべた。 「あ、先生が笑ったぁ」 鈴を転がすような声で笑うと鉢植えの白いつぼみが、セブルスの視界にまとめて映る。 その植木鉢の花の白は無邪気に笑うをシンプルに表してみたかのように、の持つ雰囲気にぴたりとはまった。 この花が開いた様は、今目の前にいる少女が見せる笑顔に似ているだろうか。 セブルスはそんな柄でもないようなことを、ふと考えた。 それから数日後、セブルスはまたあの温室へと足を運ばせるべく、人通りの少ない廊下を歩いていた。 そろそろあの白い花が開いてもいい時期だと思った彼はふと、またあの場所に居るであろう少女の顔を思い浮かべた。 あの花が開いたら、はさぞかし喜ぶことであろうなどと考えてみる。 つぼみをつけただけであのように笑う少女は、あの花が開いたときにはそれ以上に笑うのだろうか。 そこまで考えて、はっと我に返ったセブルスは自分がいつもよりやや早足で歩いていることに気付いた。 「…何をそんなに浮かれておるのだ、我輩は…」 人には見せられない己の失態を咳払い一つで揉み消して、今度はいつも通りの速さで歩いていった。 セブルスが温室の扉を引いた途端。 彼の脇を2、3人の男子生徒―スリザリン生のようだ―が慌てたようにすり抜けていった。おそらく同じ温室内にあるクラス用のスペースを前の授業で使っていたのだろう。 (それにしても、教師に対して失礼な…) セブルスが少しばかり不愉快になりながら前方に向き直ると、温室の一番奥のほう―セブルスの私有スペースである―の辺りに、生徒らしき人物が座り込んでいるのが見えた。 そこへつかつかと歩み寄っていったセブルスは、その有様に思わず顔をしかめた。 幾つかの植木鉢が倒れて、植木鉢からこぼれ落ちた黒土があちこちにばら撒かれている。 セブルスのあの白い花をつけた植木鉢は棚から落ちて砕け散っており、その土にまみれた根は収まるべき場所を無くしてむき出しになったまま地面に横たわっていた。 その壊れた植木鉢の前にはあの、白い花に似た少女…が俯いたまま座り込んでいた。 「ミス・…」 「あ…せんせぇ…」 セブルスが声をかけると、がゆっくりと彼の方に向き直る。 顔を上げたの目には涙が零れ落ちそうなほどに溜まっており、目元も赤くなって、今にも泣きそうなのをなんとか堪えているようだった。 セブルスは、普段は厳しい声色を出来る限り和らげてに尋ねる。 「ミス・。何があったのだね」 「せんせい…お花が…」 「見れば分かる。しかし、何故こうなったのだね」 の声は鼻に詰まったようなもので聞き取りにくかったが、それでも彼女は懸命に声を絞り出した。 「男の子達が…はいっつも、この花ばっかり見てぼけっとしてるぞ、って…うっく…これが無くなったら、お前も少しは、しゃきっとするんじゃないのか、って…ひっく…」 の目に溜まった涙は留まりきれずぽろぽろと零れて、の頬を濡らした。 なんとも幼稚な悪戯に、セブルスは呆れたように溜め息をついた。そのまま膝をついて、の顔を覗き込む。 涙に濡れた瞳を正面から見つめて、その悲しげな表情にツンと胸が痛くなった。 あの時は無邪気に笑っていた顔が、こんなにも悲しげに歪められてしまうとは。 いつもなら少女の涙などここまで気にもしないだろうに、今回ばかりは居たたまれなかった。 この少女には笑顔が似合うと知っているからだろうか。 セブルスは無意識に、その顔をにゆっくりと寄せる。 蜜を求めて花へと舞い降りる蝶のように、ゆっくりと。 「…泣くな」 セブルスはの柔らかな前髪をのけて、その額に唇を寄せた。 「…せんせ?」 がぽかんとした表情で、唇を離したセブルスの顔を見つめる。おおよそ普段の彼からは想像も付かない事をしてしまった気恥ずかしさを隠すために、セブルスはと目も合わないうちに立ち上がり、には背を向けてローブから杖を取り出した。そして杖の先を砕けた植木鉢に向けて口の中でなにやらぶつぶつと呟くと、たちまち植木鉢は元のひび割れもない状態に戻っていった。 「…泣く前に、こういうことは考え付かなかったのかね」 低い声で単調に言う台詞はセブルス自身が聞いても、照れ隠しとしか取れないような響きを含んでいた。 「スネイプ先生っ!」 背中に来た衝撃と暖かさに、何事かと思いセブルスが首だけで振り返ると、が涙に濡れてはいるが顔いっぱいの笑みでセブルスに抱きついていた。 「先生、だいすきですー!」 「あ、…!」 焦るセブルスの視界に、元通りになった植木鉢に収まる花が映った。 その白い花はどれもいっぱいに開いていて、それだけでの笑顔を心の中に描ける程、と同じ雰囲気を持っていた。セブルスは思ったとおりだ、などと考えながらの顔をちらりと見やる。 あまり経験したことのない状況に焦りながらも、やはりこの少女には笑った顔が似合うのだとセブルスは思う。 「せんせ、私どうしよう!先生のこと大好きになっちゃった!」 「どうしようと言われてもな…」 セブルスは苦笑する。どうしようもこうしようもないのだ。彼の答えも、と同じなのだから。 そして彼もまた、予想だにしなかったこの感情を持て余しているのだ。 自分もお前のことが好きだとのように正直に言える程、セブルスの思考回路はシンプルに出来てはいなかった。 まぁいい。 この白い花が散る前には、答えを返せるだろうから…。 そう考えてから、セブルスは後ろから回されたの小さな手を、骨ばった手でふわりと包み込んだ。 答えはそれだけで十分だということも知らずに。 黒い揚羽蝶はひらりひらりと、いとしい白い花へと舞い降りるのです。 |
初めてのセブルス大人版。いつものイチトーの夢小説に比べるとものすごく甘口なお話です。 なんか背筋がくすぐったくなるよ〜でもまぁこういうのもなかなか書いてて楽しいな〜という感じ。 やっぱセブセブすき!(セブセブ言うな) b a c k |