| 2004年11月 | 三男出産後1ヶ月検診でがん検診をする。 その一週間後、結果がでる。 V-b・・・ということでガンかどうかうたがわしい ・・・1月に再検査といわれる。 |
| 2005年2月 | 本当は1月に再検査だったのだが忘れていて あわてて2月にはいってから受ける。 一週間後、またV-b 初期ガンの疑いあり。で大きな病院へいくように 指示を受ける。 特にどの病院がいいとは希望しなかったので旭川医大 への紹介状をかいてもらった。 2日後、紹介状をもって旭川医大へ・・・ 4箇所くらいから細胞をとり、検査。 3月の11日に来るようにといわれる。 たぶん、大丈夫だとおもいますよ。と言われたが 自分で、嫌な予感がした。 |
| 2005年3月 | 3月にはいってすぐに医大から電話がきた。 「結果がでたので11日より前に病院に来てほしい。 いつ、来院できますか?」と・・・ やっぱり、間違いなくガンだ。 「8日にいきます。」 「どなたか家族の方とごいっしょでもよろしいですよ。」 嫌な予感はあたりだなぁ・・・ 8日に旦那と三男といっしょに病院へ。 Y下先生に「検査の結果、子宮頸がんです。ショックでしょうけれども 落ち込まないで。僕の診たところT-aU期か、Tb-T期だと おもわれます。」その後は子宮頸がんについて、手術、放射線、 抗がん剤、治療の選択が何通りかあるということ、それぞれのリスク メリットを説明された。がたくさんの事をいっぺんにいわれたので あまり覚えてません・・・・ とりあえず、28日に一度入院して、円錐切除という手術を うけることになった。 この日はとっても天気がよかったので帰り、旦那に「あんまり天気が いいから美瑛にでも写真、撮りに行こうよ。」と提案。 そのまま美瑛に行き、自然に勇気と力をもらいにいきました。 手術までの間、CTとMRIをとりに医大へ。 CTにはまいった・・・造影剤で蕁麻疹がでちゃいまして・・・かゆい・・ それにCTなんて、見たこともなかったのでドキドキしちゃって・・・ 造影剤でドキドキしてるんだか、緊張でドキドキしてるんだか、 わからなかったです。 MRIも初めてだったんですが、音がうるさい。 工事現場にでもいるような騒音。 しかし、これもまた10分ほどしたらいろんな音楽にきこえて たのしかったわ。MRIは自分が電子レンジのなかにはいってる ようなもんだって技師の人がいってました。 28日、医大に入院。 O野先生より、円錐切除の説明をうける。 手術じたいは簡単なもので、時間も前後合わせて1時間半くらい。 同じ病室には稚内から入院してるひと。 旭川のひと。それから、浜頓別からきて同じ日に入院したひと。 この浜頓別からきたひとがとっても楽しい人でした。 むっちゃん。っていうひとです。むっちゃんにはこの後の入院でも おせわになります。 29日 、いざ、手術室へ!といっても徒歩でいって、一番奥の手術室へ。 O野先生は前の手術がおして、すこし、おくれてくる。 その間、看護師さんとおしゃべり・・・ のんきなもんだ〜 その後、O野先生、登場。 手術開始!まぁ、私はグ〜グ〜・・・・ 気がついたらおわってました。術後もいたみもなにもなく、30日に 退院しました。 次は本番手術(?)です。 4月15日に入院して、19日に手術です。 こんなに日にちがあいたのは、学会があったためです。 「患者の命と学会・・・どちらが大事なのでしょうかねぇ・・・」とおもわず 先生にいってしまいました。 |
| 2005年4月 | 11日、外来へ。 K山先生だった。 K山先生は私と同じくらいの年代でおもしろくて話しやすい先生だ。 「私の手術はY下先生がやってくれるんだよね?」と聞くと「いや、I谷 先生だよ。たしか、そう聞いてるけどな・・・」 「え〜っ!私、I谷先生、いやだ!きらい!」そうしたら看護師さんが 隣を指差して耳がダンボになっているというジェスチャーをした。 そう、隣はI谷先生が診察していたのでぜ〜んぶ聞こえているのだ。 「まぁ、そう言わないで・・・I谷先生は腕は確かだぞ。」とK山先生。 となだめられて、その日はかえりました。 15日、入院。 火曜日が手術の人は金曜入院となっているらしい。 で、I谷先生より手術の説明・・・先月の円錐切除の結果、私のガンは Ta2期にほんのちょっと足をふみいれた状態だそうだ。 手術により、子宮、リンパ節を摘出する。 治療行為の具体的内容は腹腔鏡で広汎子宮全摘手術で開腹の 可能性もあり。 治療行為に伴う危険性の程度が手術合併症(出血、感染症、血栓症 下肢の浮腫、排尿、排便障害など)の説明をうけ、同意書にサイン しました。 開口一番、I谷先生は「本当に僕でいいの?」と・・・・ で、I谷先生がいやだ!と言った理由をおしえてあげました。 でも、「I谷先生が嫌だったらどうなるの?」と聞いたところ 「う〜ん、K山先生にやってもらう・・・」と・・・「I谷先生でいいよ。」 ということでI谷先生におねがいしました。 で、私の手術には医大生が2人(どちらも女性)がはいってもよいか と聞かれ、「いいよ」 あと、センチネルリンパ節研究の協力をお願いされたのでこちらも 快諾しました。後々、役に立つのであれば少々痛くてもガマン。 私もI谷先生に「手術の時の有線はロックでおねがいします。」と リクエストしました。 で、大部屋があいてないので仕方なく、個室へ。 あ〜さみしいから個室はきらいよ。 16日 、なにもやることがないのでI谷先生にお願いして 外泊することに。 17日のお昼ごろにはかえってきます。 と言って夕方になってしまいました。 17日はみんなで花神楽温泉にいってきました。 遅くなることを病院に電話したらI谷先生が「なに、悪いことしようと してるんだ・・・」「温泉に行って来るよ」「いいなぁ〜俺も行きたい」 といっていた・・・I谷先生ってけっこう、プリティ。 18日 、センチネルリンパ節研究の協力の為、子宮の入り口に アイソ・トープを注射。その4時間後シンチカメラで写真を撮る。 注射はK山先生がした。 「いや〜痛かったよ!」といったら、「おかしいなぁ、俺が一番うまいは ずなんだけど・・・震えないようにシュークリーム食べて血糖値、あげ てきたのにな。」笑わせてくれるK山先生・・・ でこの日の夕食で何食かたべられなくなります。 夜8時くらいに手術室の看護師さんがきてくれて手術室の説明を してくれました。そのときに「でびかんさんは有線でロックをかけて 欲しいときいてますけど」 と言ってくれたので、すかさず、「はい、CD持ち込みOKですか?」 「はい、いいですよ」と言ってくれたので旦那にメールでDavidySlvian かJAPANのCDを持ってきて!」とおねがいしました。 眠れなかったら睡眠導入剤をくれるらしいのですが、私はもらいませ んでした。もらっておけばよかった・・・ぜんぜんねむれなかったです。 19日、手術日。 朝、5時半に浣腸・・・・浣腸はきらいだ〜!!ガマンできんのだ! で、8時45分、手術室へ・・・またまた、徒歩。 手術開始時間は9時15分、朝一番の手術です。予定では6.7時間の 手術時間だそうです。 昨日、説明に来てくれた看護師さんが横についてくれていざ!手術室! 中にはいるとDavidSylvianのCDが流れてまして・・・K山先生が「なん だ、もっとバリバリのハードロックじゃないとだめじゃないか。」と笑わ せてくれました。台の上に乗り、麻酔科の教授の説明と受けながら医 大生が背中に麻酔をします。(横を向いてネコのようにまるくなります 。)そして、硬膜外チューブをいれます。少しだけいたかったです。 その後、仰向けになって、麻酔・・・その間ずーっと私の大好きな DavidSlvianの歌がきこえてました。 気がつくと「でびかんさ〜ん」「手術、おわりましたよ〜」とどこかで 聞こえ・・・・・真っ暗なな中「でびかんさん、お部屋ですよ。」「でびかん さん・・・」私は・・・「気持ち悪い・・・おぇ〜」「体がかゆい・・・」「気持ち 悪い・・おぇ〜」の繰り返し・・・・ 部屋に戻ってきたのは午後7時ごろだったそうです。 予定よりずいぶんと時間がかかったので旦那はとっても心配したようで 途中で手術室から出てきたO野先生に聞いたら「途中で麻酔のトラブ ルがあって。」といわれたらしい。 10時ごろ少し、話せる状態になって、旦那と話をした。 手術は成功・・・リンパに転移もしてないらしい。あとは病理検査の結 果しだいだと。その後はまた眠った・・・ 2時間ごとに看護師さんが体勢を変えに来てくれる。床ずれ防止。 おなかが痛い・・・頭が痛い・・・なにもかもがつらい・・・ 20日 看護師さんのおはようございます。 どうですか? 今日からあるけますよ。 と言われ・・・気持ち悪くてあるけませんから・・・ ベッドの上で起き上がったりしてみた。起き上がるとまだ、 頭がぐらぐらして気持ち悪い。吐き気止めをうってもらう。 頑張って、起き上がってみる・・・足をベッドからおろしてみた。 やっぱり、気持ち悪い・・・I谷先生がきて「今日はベッドの上で ゴロゴロしてればいいんだ。」と言ってくれた。 その一言がとってもうれしかった。 おなかの動きもまだ確認できないので今日も点滴で栄養を取る。 食べたい気持ちもまったくでてこないよ〜。 こんな状態でレントゲンを撮りに行く・・・つらい・・・こういうときに限って 知り合いにあってしまう・・・こんなときは会いたくない・・・ 笑うこともできなかった・・・ 21日 頑張って、今日はあるいてみた。 最初は部屋の中をぐるっとしてみた。気持ち悪いのも軽減したよ。 雑誌を読んでみようと思った・・・・少し、余裕がでてきたのかしら? I谷先生が来たときちょうど歩いていたらビックリして親指を立てて 「ぐ〜!」「すごいじゃん!」といってくれた。 担当の看護師さんも「でびかんさん、頑張ってるね!きっと、ガスも でるよ!」と言ってくれた・・・・でた!ガスがでた!やった〜! ガスも出たけど、この日までは涙もたくさんでた・・・こんなにつらいとは 思ってなくて・・・子供たちには会えないし・・・おなかは痛いし・・・ 後遺症は心配だし・・・手術なんてしなければよかった!とおもって いたんだ。 この日まではね。 22日 ガスは軽快にでております。 個室なのでどこでも「プップッ」といい感じ〜 友達に買い物を頼んで、とどけてもらいました。 その友達に昨日までのことを話したら・・・ガツ〜ンとしかられて、 渇をいれられました。 「そんなんじゃ、いつまでたっても子供たちのところに帰れないよ! メソメソしてられないでしょ!気持ちはわかるよ。でも、たくさん食べて たくさん歩いて頑張って、家に速くかえろう!」 彼女の気持ちにまたまた涙がでました。感謝のなみだ・・・ もうメソメソ涙はやめ!子供たちの待つ家に一日でも速く帰るために がんばる!! おかぁさんはがんばるぞ〜!まってろよ〜3人の息子たち!! 23日 心機一転、出された食事は全部たべる!全部食べたら5!少し残したら 4!半分食べたら3!たくさん残したら2!ほとんど食べれなかったら1! と看護師さんに報告するんだけどこの日は3食とも「5」です。 そうしたら、う○ちもでました〜! おまけにちゃんとごはんを食べるようになったから点滴もはずれました。 いいことずくしですなぁ〜。 散歩もガラガラとオシッコのくだ、ぶら下げてがんばってます。 そろそろオシッコクダがはずれる頃かな・・・・ あっそうそう、う○ち、青い色でした・・・・びっくりして、看護師さんに 言ったら「センチネルの検査のせじゃないかな」といっていた。 ほんとにきれいな青い色だったんだよ〜 24日 本当だったら今日、おしっこのくだがはずれるんだったのに、 はずれなかった。残念・・・・ 今日も相棒といっしょに行動だ。 相棒といっしょに売店でジュースや本をかいこんできた。 相棒にはカバーをつけて見えないようにはしてあるんだけど、ズボンから でている管の部分にオシッコが・・・やっぱ、はやく相棒とバイバイしたい きっと、日曜日だから人手がないからはずさないんだろう・・・ とにらんだぞ。まちがいない。 25日 オシッコクダがはずれる・・・やった〜! と同時に排尿訓練。 自力でおしっこをする難しさ・・・おしっこするのってこんなに大変 だったのかぁ・・・おもいっきりちからをいれないとでない・・・ でも自力ですこしでもでるだけいいのか・・・ とりあえず、4時間ごとにトイレへいく。 オシッコするたびに残尿を調べるためにカテーテルで残尿をとるんでけど 痛いのなんのって・・・・でもこれに耐えなければ・・・・ ゆっくりあせらず・・・がんばろう。 26日 バイバイおしっこくだ二日目。昨日よりも自力しっこがでるようになった。 しかし、う○ちするくらいの時間がかかる・・・おまけにお腹を押しながら おでこに汗までかいておしっこをだす。 尿意はない。 大丈夫かなぁ・・・部屋で本を読んでると、O野先生がきて、少し、 お話をした。 先生の子供の話とか、手術の時、なんであんなに時間がかかったのか とか・・・・麻酔でトラブルがあったらしいと聞かされていた私はO野先生 に「なんか、麻酔でトラブルがあったって聞いてるんだけど、どうしたの? 先生」ときた。「それが・・・・トラブルじゃないんだけど、麻酔科の教授 の講義が始まったのさ・・・麻酔科の教授がいたでしょ、あの教授が でびかんさんが眠った後、講義を始めて手術をはじめるのが1時間半 も遅れたんだ・・・もう、婦人科の先生達もみんなおこって、はやく終ら ないかなぁ・・・っておもってたんだけど、なんせ教授だから誰も言えな くってさぁ・・・ごめんね。」っておしえてくれた。 なんか、大学病院!ってかんじ・・・手たたいて笑ってしまったわ。 でもそのせいで、旦那は死ぬほど心配したのよ・・・ 麻酔科の教授!いいかげんにしてよね!!こんなことを教えてくれた O野先生、どうもありがとう。 そして、左足と右足の付け根がしびれて痛い・・・リンパをとってしまった せいらしい・・・時間がたてば少しずつ改善されるとのことです。 27日 バイバイおしっこくだ3日目。 相変わらず尿意はなしです。 しか〜し、回診後、残尿は朝、一回とるだけでよくなりました。 残尿がすくなくなってるからだよ〜ん・・・「がんばってるね〜」と看護師 さん達に言われちょっぴり有頂天です。 しかし、はからなければちゃんと出てるのか不安・・・・ おしっこのでが悪いときだけ残尿をはかってもらった。 ちゃんと、でてる。よかった・・・・ 目指せ!今度は時間短縮! 28日バイバイおしっこくだ4日目。 朝、目が覚めるのはおしっこが漏れたような感じがしてハッとしておきる。 膀胱がパンパンになってるのかなぁ・・・ 今日のおしっこ具合で明日、外泊できるかどうかがきまる。 でも、家に帰ってもこ〜んなにおしっこに時間がかかってたら、どうしよう。 心配・・・どう努力したら時間短縮できるんだろう・・・ どう頑張ったらいいのかなぁ・・・ 回診のときK山先生に「明日、外泊したいんだけど・・・」ときいたら 「おっ!いいよ!ぜんぜん大丈夫!何時に帰る?」 と・・・・いつもおもうが、K山先生の返事は軽いぞ・・・ そして、昼から個室から大部屋へ・・・ やっと移れるよ・・・うれしい〜 大部屋へ移るとき、ベッドの入れ替えをするので少しの間廊下で自分の ベッドにすわっていたら・・・担当の看護師さんが「あら、今日から 廊下かい?」といったので「うん、個室もだされて、行くところがないんだ・・ 廊下でもいいからおいてくれって頼んだのさ。邪魔だろうけど、たのむね。」 といって笑ってふざけてたら「はい、でびかんさん、ベッドなかに いれるよ〜」といって4人部屋にはいりました。 「でびかんです。よろしくお願いします!」「こちらこそ!」 なんかとっても楽しそうな部屋です。 29日バイバイオシッコクダ5日目 夕方から外泊する。 大丈夫かなぁ・・・でびままのところまで行くのだぞ・・・途中おしっこが・・・ 頭の中がおしっこでいっぱい!! でびままのところで、ベビーがまってるぞ。 「いってきま〜す」と元気よく?病院を出ていざ、でびまま家へ。 1時間半後、でびまま家到着。 まずは、ベビーのところへ・・・「あんた、誰」って顔された・・・ ショック・・・まだ、抱っこしてやれないので、座ってひざの上にのせた。 忘れられちゃったのか・・・・おかぁさんだよ・・・はやく、思い出してね。 でも、頭の中はおしっこのことでいっぱい・・・・でびまま家のトイレは と〜っても狭くて、うまくオシッコをだせない。 いつもよりも力まないとでない・・・なので、回数が多くなってしまう。 こんなんではだめだ・・・30日もでびまま家にいたのだがトイレが・・・ あ〜おしっこに振り回されるなんていやだ〜!この先、 ずっとこんなんかしら・・・・と落ち込む・・・ |
| 5月 |
1日 お昼過ぎに病院に戻る。 ナースステーションで「たっだいま〜」と元気にさけぶ。 「あ〜おかえり〜、どうだった、赤ちゃんは元気にしてた?」とW辺先生。 「はい〜!元気だったよ。忘れられてた・・・」「大丈夫、退院したらす ぐにおもいだすよ」となぐさめてくれた。 なんだか、病院にもどったら、ほっとした・・・ でびまま家からの帰り道、北果楼によって同室の人と看護師さん達に お菓子をかってきたので配って歩いた・・・「これ、おいしいんだよね。 」ってW辺先生・・・「せんせい、病理検査の結果ってまだでないんだよね?」 「うん、はやくて6日なぁ・・・11にはでるよ。」「そっか・・・異常 なければいいんだけど・・・ないとおもってるんだけど。」 「私達も異常なしの予定だよ。」 婦人科の先生達はみんなやさしくて、おもしろい・・・ 2日 病理検査の結果がでた。 ふら〜っとI谷先生が病室にきて私の横にすわった。 「検査の結果でたよ・・・転移なし!いつ退院してもいいよ。」 「えっ!ずいぶん速く結果がでたね・・・先生、私をはやく退院させ たいんでしょ、うるさいから・・・」「うん、次の患者さんが玄関に列を つくってまってるからさ。」「そうなんだ、わかったよじゃぁ、4日の日に 退院しようかな。」「4日ね、わかったよ、よかったね。」と言って親指を たてた。 同室の人達のみんな「よかったね、子供達が待ってるから速く帰って あげな。」とよろこんでくれた。 浜頓別のむっちゃんにも「4日に退院するよ。」と言いにいったら「あらぁ、 そんなに速くかえっちゃうのかい・・・もう少しいればいいしょ。」と・・・ 私も少しさみしい気持ちはあるけれど・・・ここは病院、長くいるところ ではないんだよね・・・「むっちゃん、外来に来たときはむっちゃんの顔 みにくるからね。」といってむっちゃんの同じ部屋の人たちにも挨拶を した。 看護師さん達も「でびかんさん、よかったね〜」といって喜んでくれた。 先生達、看護師さん達、ほんとうによくしてくれて感謝しております。 3日 回診にきたK山先生が「僕も実はDavidSylvianけっこう好きなんだよ。」 といった・・・・「えっ!そうなの・・・K山先生、マニアックでしょ!」 といいながらしばし、Sylvianねたでもりあがった。 おもえばK山先生はいつも冗談をいってわらわせてくれたなぁ・・・ 私と同じ年ということもあり、とても親近感を持てた先生でした。 大部屋にうつってからは昼寝のしないでず〜っと同室の人とお話をしたり むっちゃんのところに遊びに行ったり、これまた違う部屋に遊びに行ったり して、あんたのどこが病人ですか・・・・って状態でした。 4日 朝早くに旦那に迎えに来てもらう。 荷物はもうとっくにまとめてあったのでみんなに挨拶をして、最後にナース ステーションへ・・・「お世話になりました・・・ありがとうございました。」 と言ってたらI谷先生登場!「あっ、I谷先生・・・今日はI谷先生が 出番なのね・・・先生、おせわになりました。ありがとうございました。」 といったらいつもの親指をたてて「グ〜!」とした。 いつものI谷先生でした。きらいって言ってごめんね・・・・今は絶大な信頼 をおいてます。 |
| ここまでが入院生活です。 ここからは、月一回のペースで診察してもらいます。 この次の外来は5月11日です。 |
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