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         日中貿易の現状と問題点

                 月刊「機械工作」1965年3月号
                     日中貿易促進会 立谷 雄三

 

 2年間の貿易中断を経て、1960年に再開された日中貿易も昨年は3億ドル

を突破した。特に注目すべきことは、昨年の取引が上半期の月平均2,100万ド

ルから下半期は月平均3,000万ドルのベースに拡大していることで、その発展

性、将来性という点からみれば非常に大きなバイタリティと可能性をもつ貿易で

あるといえる。

 しかし別の面からみると、国際政治からくる制約、政府の中国政策、それに関

連した経済面での制約など日中貿易の前途に暗影を投じる問題も少なくない。こ

こで改めて、日中貿易の現況とその発展方向、西欧の動き、前途に現れた障害に

ついて若干のべてみたい。

 

 日中貿易の現況

 

 日中貿易はLT貿易と友好貿易が車の“両輪”となってここまで発展させてき

たとよくいわれている。これは政府間では国交も回復しておらず、政府間の貿易

協定もない現状で、民間の関係者がさまざまな障害を乗りこえてここまで貿易を

発展させてきた力とその道のりを思い返した言であり、日中貿易の前途に対する

確信と、自分達の力でここまで発展させてきたという実感がこもっている。19

60年に日本の関係者、業界の非常な努力と中国の関係者の協力により再開され

た友好貿易は、両国民の間に強く存在している「相互理解と友好」の関係に支え

られて年々倍増の勢いで他に例をみない発展をとげた。1962年には、故高崎

達之助氏らの努力により、LT貿易の道が開かれて日中貿易にさらに広い業界が

参加するようになった。

 戦後初めて3億ドルを突破した昨年の日中貿易は、一つには、中国国際貿易促

進委員会主席南漢宸氏一行の来日、東京・大阪での中国経済貿易展覧会の開催な

どの画期的な出来事と並行して、工作機械、紙・パルプ、紡織機械、金属、印刷、

造船、カーバイド、光学機械、アルミ、農薬、電子、溶接機械、農業機械などの

多数の専門ミッションが来日し、懸案のLT事務所の相互設置が解決したこと、

二つは、日本からも、一昨年の北京・上海日本工業展に引き続いて繊維、油圧、

工作機械、などの業種別代表団の訪中、関西、東海地方の経済界代表の訪中など

相互の交流が活況を呈したこと。などの理由により今後の発展方向と基礎を固め

たといえる。日中貿易にとって、昨年という年は、再開後の数々の成果を継承し

て、現実の日中貿易の中に、これを一歩一歩具体化しはじめた年であり、LT貿

易と友好貿易の車の両輪が、それぞれの特徴を発揮して、次の発展への新しい基

礎を固めた年であった。

 

 LT貿易

 

 まずLT貿易からみてゆくと、久しく懸案となっていたLT貿易連絡事務所の

相互設置問題が解決して、廖承志事務所の東京駐在連絡事務所要員として孫平化

首席代表以下3名の代表と2名の連絡員が来日し、戦後初めて東京に中国の

“貿易代表機関”が常設されたことをあげねばなるまい。廖承志東京事務所の開

設は、まだ制約を受けていて、完全な“貿易代表機関”とは云えないにしても、

大きな成果である。これまで日中貿易の悩みであった、日中両国経済界の相互理

解が、一般的な問題の範囲にとどまり、具体的にその市場条件を把握し、生産・

技術状況を理解するまでにいたらなかった点を、今後は一段ときめの細かい、テ

ンポの早い作業を可能にし、西欧との競争に対応できる条件がととのったと云え

る。

 LT貿易連絡事務所の設置についで大きな出来事は、野村東洋高圧社長を団長

とする大手肥料メーカーのトップクラスで編成した化学肥料ミッションが北京を

訪問、3ヶ年の長期契約を結んだことである。これは大量のものを(契約では硫

安換算104万トン/年以上、日本の年間輸出量は約250万トン)長期安定の

ベースに乗せた最初の試みとして各方面から注目されている。この他にも、大手

製鉄メーカーの幹部が顔をそろえた「日中鉄鋼取引連絡会」の設置。中国塩輸入

のソーダ工業界が、従来のアンモニヤ法メーカーから電解メーカーまで中国塩の

需要業界を拡大し、日本の原料塩輸入量の4分の1に達したこと。機械関係の各

工業界が広く日中機械貿易協議会に結集、中国貿易に積極的な姿勢を示しはじめ

た。など、いわば日本の主要業界が、中国貿易に対して深部から動きだしたのが

昨年のLT貿易の特徴といえる。

 

 友好貿易

 

 LT貿易が以上のように、目覚ましい動きを示しているのに応えて、友好貿易

も“車の両輪”のいま一つの輪として、ますますその発展の速度を早めてきた。

もともと“車の両輪”とは、一方が他方に刺激を与え、相互に影響しあって、日

中貿易を拡大発展させることを意味しているが、昨年の友好貿易は、まさにその

役割を果たしつつあるといえる。第一は、取引額の上昇である。LT貿易が開始

された当時は、これまでの友好貿易の主要品目であった、大豆、塩、化学肥料、

鋼材などが、LT貿易による年間契約に計上されたため、関係業界の中に友好貿

易の前途に対する悲観論が一時ひろがったが、昨年の実績はLT貿易が1億2,

000万ドル、友好貿易が1億9,000万ドルと大きく伸びて、悲観論は全く

影をひそめてしまった。

 この取引額の上昇は毎年、春秋に開かれる広州交易会への参加商社、人員、成

約高の動きからもはっきりとみてとることができる。昨秋は、交易会史上最高の

154社、433人が参加し、取引額も4,700万ドルの新記録をうちだした。

内容で特徴的な点は、商社員が関係メーカーの技術者を伴って交易会に参加する

ケースが増え、輸入中心であった交易会が、輸出の契約も、繊維(40億円)、

機械(30億円)、紙(7.5億円)など著しく伸びてきていることである。

 友好貿易の特徴は「品目に制限がなく、商談時期にも制限がない。数量もそれ

ぞれの市場の状況にもとづいて増減できる。双方の合意のさまざまな取引ができ

る融通性をもっている」点にあるとされてきたが、この融通性と十分な準備の可

能性を典型的に活用しはじめているのが広州交易会商談であるといえる。

 取引額の増大、取引方式の発展と共に注目すべき動きは、日中双方とも相互の

マーケット事情や技術的要求を検討しあい、相互の協力によってこれらの要求の

実現に努力する動きが顕著になってきたことである。前記の各種経済・技術ミッ

ションの相互交換もこの具体的な例であるが、これにより、中国の技術的要求を

つかむとともに、日本側の要求を中国の生産面に直接伝え、その実現に協力する

という作業まで具体的に推進しはじめている。以上のような取引方式と人事交流

の発展は、いうまでもなく友好貿易4年間の困難な作業の中で、日中双方の理解

が深まり友好と信頼関係が強まった結果であるが、同時にそれは日中両国間とい

う本来は経済的に不可分な関係にある近隣貿易の可能性を開発し、経済的な協力

関係を発展させる端緒的な動きであり、ここにこそ日中貿易の“洋々たる前途”

が約束されているといえよう。

 北京・上海での第二次日本工業展の準備作業が順調にすべりだしたことも、こ

の期の友好貿易の大きい特徴の一つである。周知のとおり、一昨年の第一次日本

工業展は大きな成果をおさめたが、日中貿易中断後、初めての大規模な展覧会で

あった関係から、出品メーカー、商社、関係団体の中には日中貿易の新しい段階

および中国の経済建設の実情に対する理解の不十分な点もあった。第二次日本工

業展の準備作業では、これらの経験から学んで、第二次日本工業展を「友好と貿

易の発展のために、名実ともに総合展として、最高技術水準を、出品者の意志と

積極性に基づいて」開催することを決めている。特に今秋(9月北京、12月上

海)の日本工業展は、中国が第三次経済5ヶ年計画の立案中の時期であり、各業

界から大きな期待と関心がよせられているが、西欧も、この日本の動きに注目し

ている。

 

 前途に暗影を投じる動き

 

 以上のように基礎を固め、発展の道を歩みはじめた日中貿易の前途に暗影を投

じる動きが昨年末から表面化してきた。佐藤内閣発足直後の、彭真北京市長の入

国拒否にはじまって、プラント類の輸出に輸銀資金を使わせないという最近の動

きは、池田内閣が一昨年倉敷レイヨンのプラントの輸出のさいは、輸銀融資を認

めたことと比べても明らかに後退であり、中国に対する差別措置である。この問

題は、首相の「佐藤内閣としてはこの書簡に拘束されるものと考えている」とい

う答弁にみられるように、いわゆる「吉田書簡」が原因となっており、「台湾」の

介入によって影響をうけているという点にある。

 最近、あきらかにされた尿素プラント輸出取消しにあらわれた中国の態度に示

されるように、この問題はLT貿易の今後に大きな影響をあたえるものである。

特にプラント輸出に関しては現在商談中のものを含めて成約が危ぶまれている。

この一連の動きは、日中関係が未だ正常化されておらず、米国が中国敵視政策を

続けているという国際環境の下で進められてきた日中貿易全体にも暗い影を投じ、

関係業界では「この暗影をなくさぬかぎり、単に数字や経済条件だけで日中貿易

の拡大は考えられない」との声が強まっている。

 

 西欧の動き

 

 西欧各国は、日本政府の日中貿易拡大に逆行する動きを尻目に中国市場確保の

準備を着々と進めている。英国が代表部をおき、仏が国交を回復し、イタリー

オーストリアが民間通商代表部の設置を決め、近く西独、オランダ、デンマーク

等も通商代表の相互交換を予定している。西欧の動きで特徴的なことは、プラン

ト輸出に非常に力を入れていることであり、この2年間で20件のプラント類の

契約を終え、現在商談中のものが約20件ある。

 展覧会開催の動きも活発で、この2月にデンマークが計測器展を北京で開いた

のを皮きりに、西欧だけで年内に14の専門展、総合展を予定している。

 西欧のこの積極的な動きと日本政府の「後向き」を対比して、南漢宸氏は「中

国には東が明るくならなければ、西が明るくなるということわざがある。中国の

対外貿易についていえば、責任の一端を負う自分として、東の方が明るくなるよ

う希望している。しかし中国は建設を休むことはできないからいつまでも待つこ

とはできない。西の方はいま明るくなっている。日本政府が「政経分離」を主張

して、プラント輸出などに前の政府よりも後退した態度をとるなら、中国として

は好むと好まざるとにかかわらず、ヨーロッパからの売り込みを考慮しなければ

ならなくなるだろう」と去る2月2日公式の席上で発言している。

 今後の日中貿易の拡大を真に考えるならば、いまのように、政治の面では外国

の干渉を入れて中国敵視の政策を続け、貿易・経済の面だけを拡大していくとい

う、いわゆる「政経分離」論では切りぬけられない段階にさしかかっているとい

っても過言ではあるまい。


西欧のプラント類輸出商談状況
輸出国名 項    目 能   力 総 金 額 会 社 名 契約期日 引渡年
イギリス 合成アンモニア製造プラント(肥料用) 年産  16万トン 300万英ポンド Humbreys&Glasgow 63年10月 66年
同上 4基 追加商談中
ヴィッカース・バイカウント・ターボ旅客機 6機 370万英ポンド BAC 62年12月 63年
ハビランド・コメット・ジェット旅客機 10機 1,200万英ポンド 商談中
ブリタニア102ターボブロップ旅客機 14機 商談中
高圧ポリエチレン製造プラント 年産  24千トン 450万英ポンド Simon−Carres−ICI 64年9月 66年
ポリプロピレン製造プラント 250万英ポンド ヴィッカース社 64年11月 66年
貨物船 15,000重量屯2隻 250万英ポンド フォード&サンズ 64年10月
アクリル合成繊維プラント(ナイロン) 商談中
プラスチック製造プラント 商談中
船舶 商談中
石油化学工場 商談中
オランダ 尿素肥料製造プラント 年産  17.5万トン 250万英ポンド Stork Werkspoor 63年9月 65年
同上 2基 追加商談中
パーム・オイル・プラント Stork Werkspoor 64年
貨物船 14,800重量屯1隻 64年
旅客機 商談中(ダッチ・フォッカーコンツエルン)
イタリア 窒素肥料製造プラント 年産  15万トン 700万英ポンド Montecatini 63年12月 65年
製油設備 (完成プラントでない) 320万英ポンド ENI・SNAM 63年12月 65年
アクリル糸繊維プラント 商談中
フランス ブタノール・オクチル・アルコール・プラント 年産  30万トン 300万英ポンド A・エスコーロ・スペイシム 63年12月
アルコール・製造プラント Melle&Speichim
遠洋貨物船 2隻 12,930重量屯 231.5万英ポンド アトリエ・エ・シヤンティエ・ド・エ・ボルド(フランス・ジロンド)ソシエテ・デ・フォルジュ・エ・シヤン・テイエ・ド・ラ・メディテラメー 46年9月 66年
貨物船 3隻 12,000重量屯 63年9月
船舶 商談中
大型石油精製設備 年間処理  200万トン 商談中(TECHNIP)
カラベル・ジェット旅客機 商談中
トラック製造工場 商談中
スウェーデン 発泡コンクリート製造設備 インターナショナル・シポレックス 64年12月
貨物船 6隻 7,800重量屯 63年9月
同  上 4隻 8,000重量屯 63年9月
製紙プラント 商談中
圧延設備 商談中
造船プラント 商談中
水力発電設備 商談中
オーストリア L/Dオキシゲン・プロセス・プラント 年産  50〜100万トン VOEST 63年5月
製銃プラント 年産  75万トン VOEST 63年5月
西ドイツ 貨物船 8隻 16,000重量屯 63年9月
原油分溜及オレフイン分離装置 1,250万ドル Lurgi 64年7月 65年
鋼管製造プラント 商談中(マンネスマン)
製缶プラント 商談中




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