小林恭二

『ゼウスガーデン衰亡史』   福武書店 1987年

『下高井戸オリンピック遊技場』の創業者は一卵性双生児の兄弟だった。姓を藤島、名を各々宙一[ちゅういち]、宙二[ちゅうじ]という。創業当時二十八歳、ともに独身で、遊技場にほど近い木造モルタルの安アパートを借りて二人で住んでいた。

二人の前半生については今にいたるまで諸説怪しく入り乱れ、とどまることを知らない。

曰く、
少女歌劇のスター女優の隠し子であるとか、
前橋在住の亡命ロシア人ウラディミル・ナボコフ氏の第三子及び第四子であるとか、
ウォルト・ディズニー氏が日本を訪問したおり、新橋芸者馬奴[うまやっこ](本名佐々木馬子)と恋におち、その間にできたご落胤であるとか。
                       53頁 (頁数は福武文庫版によります)



この本についても本多繁邦さんのご教示をいただきました。いつもありがとうございます。

ナボコフ、前橋に出現!!
もちろんこの伝説は小説の中でもすぐに否定されます。天才双生児の父親は前橋市在住の初老の行政書士で、母親ともに至って平凡な人物だったのでした。
双生児兄弟の創設した「下高井戸オリンピック遊技場」が世界最大超弩級の巨大快楽施設群「ゼウスガーデン」に成長し、やがて滅亡に向かう物語です。
小林恭二氏はナボコフの『アーダ』がお気に入りと聞いていましたが、なるほど、『ゼウスガーデン衰亡史』は小林版「ヴィーナス館盛衰記」(『アーダ』第2部第2章)なのですね。