大野乾

『生命の誕生と進化』   東京大学出版会 1988年

ウラジミル・ナボコフ(Vladimir Nabokov)の作品に"Ada or Ardor: A Family Chronicle"というのがあるが、そのなかで彼は主人公に下記の不滅の名言を吐かせている。天才の悲劇とは何か、という討論から口火が切られるわけであるが、「凡人は他人の創造の真似で満足して一生を終わるが、天才は、一世一代の自身の創造の盗作で一生を終わらなければならない」という一節がある。 119−120頁


ここから「個人の創造力には限界があり、天才といえども生涯一度の創造しかできない」という議論につながっていくのですが、不思議なことにこの「不滅の名言」も「天才の悲劇とは何か」という討論も『アーダ』には登場しません。『アーダ』だけではなく、ナボコフの書いたもののどこにも見つからないのです。実は生物工学科の教授の方からこの出典についてご質問を受け、念入りに探したのですが、出て来ません。
もっとも近いと思われるものに「二番煎じの作家たちは多才に見える。彼らは過去、現在の他の作家たちを模倣しているからだ。芸術の独創性は、唯一自己を真似るものである」という言葉がありますが、これはナボコフ自身がインタビューに答えて自己を語ったものです。Vladimir Nabokov, *Strong Opinions*, Vintage, 1990, P. 95.
問題の一節は、確かにナボコフ的ですが、謎の名言です。「唯一の真の数は一であり、残りはくり返しにすぎない」というセバスチャン・ナイトの言葉にもそのかすかな木霊が聞こえるような気がしますが、さて、大野氏はこれをどこから持っていらしたのでしょうか?