島田雅彦

『やけっぱちのアリス』 新潮文庫 1999年 (初刊は『流刑地より愛をこめて』 中央公論社 1995年)


アリスの目は小机のかたわらに積んである英語のペーパーバックに止まった。アリ スが読んだことのある本は一冊もなかった。

 Vladimir Nabokov Joseph Conrad Franz Kafka
 James Joyce Paul Bowles Milan Kundera

 ああこの本? ジェーンのお兄さんが来日した時に彼女に読めって置いてった本な の。みんなで回し読みしてる。難しいけど。

 読めるの?

 アリスが不思議な顔でたずねると、このあいだあなたがここに来た時、いい忘れた けど、といってバレリーナと顔を見合わせた。

 私もゆかりもかの子もミツコも"キコク"なんだ。    113頁



  この作品については、本多繁邦さんのご教示をいただきました。どうもありがとうございます!!

アリゾナから単身日本に戻ったキコク美少女の砂山アリスがヒロインの、島田流学園ラブコメ(もちろんかなりトンデいます――ここの言い方では「やけっぱち」)です。ルイス・キャロルのアリス(ナボコフによるロシア語訳があります)同様、般若学園というワンダーランドでアリスは冒険より受難と呼ぶほうがいいような体験をすることになります。
筆頭にあげられたナボコフをはじめ、ここに積んである「20世紀の大作家たち」は、皆「流刑地」と何らかのつながりを持っています。「ジェーンのお兄さん」はそういう意味からキコクの妹に「読め」と置いて行ったのでしょう。なかなかに賢いこの兄者人がどんな青年なのか、興味がありますが、残念ながら小説には登場しません。島田氏本人なのかもしれませんね。
ナボコフはその作品すべてが「流刑地より愛をこめて」だといえるでしょう。ナボコフは小説の中で二回ほどソ連となったロシアに主人公を「帰国」させていますが、現実には19歳で亡命して以来、一度も祖国に戻ることはありませんでした。ソルジェニーツインのように本当に「キコク」となったナボコフを一度見てみたかったと思います。




(対談)+浅田彰 『天使が通る』 新潮社 1988年 (初出は『新潮』1995年より連載)


「亡命者にも幾つかパターンがあると思うけれども、たとえばナボコフにとっては、幼年時代のロシアの邸宅での生活とか、ベルリンやパリ、あるいはヤルタのような保養地でのラブ・アフェアの憶い出が所狭しと頭に詰まっているわけですね。そういう記憶と結びついて初めて都市は、回想のセンチメンタリズムに酔えるような風景として提示される。異国の町に身を置いていても、まさに記憶と化した風景として展示される。廃墟のような、さまざまなイメージなり気分なり雰囲気なりが、ばらばらになって身体に堆積していて、それが夢を見たりぼーっとしている時、あるいは見知らぬ町を歩いている時、何気ないものに目が止まり、それがきっかけになってふっと浮かび上がってくるわけですね。記憶の中の廃墟と化した都市と、現実の、一応の秩序があるかに見える都市は全く別なんですが、亡命者の目には両者が混じり合ってしまう。だから、今現在彼が見ている風景というのは記憶の断片と符合させるためにあるも同然なんですよ。いうなれば迷宮に迷い込んでいるも同然。いざ、その風景だけを見ようとしても、どこを見ても同じように見えたりとか、どこを歩いているのかわからなくなったりする。その異国の町によって催眠状態あるいは夢遊状態に置かれる気分ってあると思うんです。」    216−217頁

「亡命生活も長年続けていると、記憶の中の都市と今そこにいる都市が混ざりあって、 何処にもないがたしかに存在する都市が生まれるわけです。別の言葉でいえば、ベン ヤミンやナボコフにしか見えない都市の生態や風景、メカニズムがあって、そこから 新たなパリ、あるいはベルリンが出現するということですね。ナボコフの小説ですと、 それが様々なアレゴリーで描かれる架空の空間となって現われる。『断頭台への招待』 の監獄とか『ロリータ』におけるアメリカの地方都市のように。」                      218頁



  この対談についても本多繁邦さんのご教示をいただきました。いつもありがとうございます!!

引用はともに最終対談「ヴェンダース―廃墟の光」の島田氏の発言です。アレゴリー的な架空の空間も確かにナボコフ的ではありますが、「現実的な」ナボコフのベルリンやパリも独特の感覚で描かれていると思います。ジョイスの『ユリシーズ』を地図あるいはガイドブックにしてダブリンを歩くことができても、ナボコフの作品ではまったく不可能でしょう。いくつかの点にあたる場所だけが異様なまでにくっきりと見え、周囲のことは全然わからない、というのが、ナボコフ的都市空間です。島田氏の「記憶の断片と符合させるためにあるも同然」の風景ともつながるのかもしれません。