多和田葉子

『エクソフォニー』   岩波書店 2003年 


ナボコフの研究家の人が教えてくれたところによると、 ナボコフは英語の慣用句to cut a long story short(手短に言えば)を少しだけ変えて to cut a long story quite shortと書いたりしているそうだ。日本語ならば、たとえば、慣用句をいじって、「手短なだけでなく、足短に言えば」などと言うこともできるかもしれない。      158頁 



この本については秋草俊一郎さんのご教示をいただきました。どうもありがとうございます。

これはおそらく『透明な対象』に出てくる表現のことだと思います。そこでナボコフは、登場人物のR氏に"To make a long story quite short"(邦訳では「手を短く言うとな」)と言わせています。R氏はスイス在住の作家ですが、ドイツ貴族で英語で小説を書いており、(あまりうるさくない書評家たちからは)「名文家」と呼ばれている、ナボコフのパロディ版ともいえるような人物です。「自分ではくだけた口調だと思っている訛のきつい英語に、陳腐な言いまわしをこれ見よがしに混ぜるだけではなく、おまけにそれを憶え違いしていて、人をげんなりさせる癖があった」(10章)

ナボコフへの言及は、ダブリンで多和田氏が講師をつとめたドイツ語のワークショップの話に続いて出てきます。そのワークショップでは、母国語で話している時よりも外国語を学んでいる時のほうが気づきやすい、合成語や慣用句に含まれている面白いイメージを取り出してみる試みがなされます。

ドイツに住んでドイツ語と日本語で小説を書いている多和田氏のこの本は、ナボコフを読んでいる(にもかかわらず日本語と英語しか読めない)者には、興味深い本でした。

ところで「ナボコフの研究家の人」はどなたでしょうか?興味があります。