書 評

Robert R. Sokal, F. James Roh1f著,藤井宏一訳.1983.生物統計学.A5判,共立出版.6800円.xiii+449pp.
           小野山敬一

 欧米の生態学関係の論文を理解するには,統計的手法,特に検定法は必須のようで,頻出する.伝統あるJournal of Animal Ecologyも近代化?(=統計的武装ではないけれども)されたのか,たいていはそのために読む気力が失せてしまうようになるのは,どうしてなのだろう(私の確率論不信と統計学への無理解で全て説明できるだろうか).プログラム・パッケージを使えば,いろいろとデータ処理ができるけれども,一体何をそれから読み取ればいいのか.スマートな実証的データだけで動物の生活のヒダは描かれるか(むろん,必要なしの立場はある).しかし,とにかく統計学を学ぼう.統計とはどのような種類の(われわれの認識の)媒介なのか?
 本訳書の基となった本はIntroduction to Biostatisticsで,Biometryの縮刷版であり,親版の方はすでに第2版が出ていて,本訳書はその改訂内容を盛りこんだものということである.まえがきには,「生物学を学ぶ学部学生をおもな対象とし,生物統計学の基礎を理解してもらうことを意図して」おり,「主目的は,生物学における統計的手法の応用であるから,統計学の理論的話題はできるだけ少なくした」とある.ついで,序には,「生物統計学を生物学的問題を解決するための統計学的手法の応用と定義」し,「統計学を自然現象に基づく量的情報の科学的研究と定義」する.
 内容としては,まえがきにもあるように,通常の統計学の本と同様だが,特徴的な点として分散分析にかなりページを費やしていること(t検定を分散分析の特殊な場合として扱う),事後比較における同時検定法や,カイ二乗法に代わるG検定法を扱っていること,回帰分析の I 型とII 型の区別,があげられる.ノンパラメトリックな検定法もコルモゴロフ=スミルノフの二標本検定,符号順位和検定,符号検定,U検定,順位検定などいくつか取りあげているが,「母統計量を用いての検定法の仮定がすべてみたされたときには,ノンパラメトリックな検定法は母統計量を用いての方法に比べて一般にその検定力が全体的に低い」(p. l55)といい,データを分散分析の仮定にあうように変数変換することをまず奨めている.
 本文378ページの大冊だが,順を迫って疑問の余地のないように進むので読みやすい.全体に説明が少しくどい感じがするが,よりていねいな方が,ていねいさを欠いてわからなくなるよりはよい.入門書として好(訳)書が出たことは喜ばしい.実際的な初歩的注意や指針も書いてあって親切である.p. 15〜16には有効数字について,p. 26には頻度分布の階級の数についての適当な指針が述べられている(ただし,客観的評価尺度を最大にすることが,目的に最適とは限らないのはいうまでもない).p. 63〜64には無作為標本をえることの難しさ,p. 125には標準誤差と標準偏差の違い,p. 131には信頼限界の意味,について述べられている.p. 258には変数変換をする妥当性について,「一次,あるいは算術的な尺度というものにはなんら科学的必然性はない」とある.
 しかし.p. 206のダニのデータに対する分散分析の解釈はおかしい.「異なった寄主に存在するダニの間には,1匹の寄主上でのダニ間の違いより大きな違いが存在する」理由としては,いろいろ考えられた仮説は全て同等に,「かもしれない」のであって,「しかし今の場合には,いずれもありそうにない」とか,「この生物の性質からみて,ダニの家族間による遺伝的な違いに基づく説明が,いちばんもっともらしい」というのでは,統計学の本にそぐわない.
 Boxの採用にも賛成するが,一覧表を掲載ページとともに,表紙の裏か目次の次に付けたら,もっと便利になっただろう.
 「生物学的問題を解決するための統計学的手法」の本としては,やはりまだ入れるべき,あるいは次に進むベきものとしてふれるべき内容があるだろう.変数が属性の場合は頻度の分析しかとりあげられていない.質的データの解析や,多変量解析に関しては,他書によることになるのだろう.本書は,記述統計と検定法を内容としており,標本誤差論や標本調査法は盛られていない.データ獲得方法の問題が扱われていないのは残念である.分析技術はそれからの話だ.これでは「こころ」が失われてしまう,といった嘆きも聞えてきそうだ(代表的参考書であればあるほど).
 重点は統計的仮説検定であるが,それは「想定される数多くのモデルの評価・比較という実用上の要請に対してあまりにも無力であった」(坂元ら,1983:viiという批判がある.本訳書の最後の草は,適合性検定と独立性検定にあてられているが,「検定が実はモデルの良さ,あるいは悪さ,の検討を行っているものであることは,いわゆる適合度検定について見ると明らかになる」(赤池,1979:51).そこで,モデルの統一的評価のために情報量基準AICが提案され,最小のAICを与えるモデルを選ぶのは,節約の原理を数量的に判断して実行することになり,この考えは「既存のモデルに縛りつけられた検定でなく,既存のモデルの適切な利用と問題に応じた新しいモデル作りこそが重要であること,これによってはじめて本来検定の目差すものが実現されるものであることを示している」(赤池,1979:57).AIC自体の良否は(理解不足につき)さておき,考え方はむしろ当然の方向と思う.
 誤植あるいは誤訳について.p. 221の「いかなる第一種の過誤をおかす」は日本語としてなじまない.p. 283〜316の関係湿度は相対湿度であろう.p. 314のウェーバー・ヘックナーの法則はヴェーバー・フェヒナーの法則.p. 287から索引まで,4ケ所ほどは残差で,他は残査となっている.また基準と規準.他にl1ケ所の誤植に気づいたが,以上は全体からみて,きわめて小さい.訳者の労をねぎらいたい.
 結論として大いにすすめたい.(ページの割りにしても)値が張るのが唯一の大きな欠点といえよう.最後にスローガン,「違い(差違)のわかる,から,つながり(関係)のわかる,へ」.ついでに引用,「確率的な言い方が可能なのは,集団が問題にされているときに限られる…….この意味で,いわゆる確率の法則は,個の行動に関する記述と,大きな集団に関する記述との橋渡し役を演じる……」(ベイトソン,1979:58).

  文  献

赤池弘次.1979.統計的検定の新しい考え方.数理科学,(198): 51-57.
ベイトソン,G.1979.(佐藤良明訳,1982).精神と自然.v+327pp.思索社.
坂元慶行・石黒真木夫・北川源四郎.1983.情報量統計学.ix+236pp.共立出版,束京.



小野山敬一.1985.書評:「Robert R. Sokal, F. James Rohlf著,藤井宏一訳.1983.生物統計学」.日本生態学会誌,35: 543-544.
Copyright by The Ecological Society of Japan. 無断転載禁止.
日本生態学会の1997年1月14日付け転載許可のもとに掲載.
Broadcasted with the 14-i-1997 permission of The Ecological Society of Japan.