ベゴンほか著『生態学――個体・個体群・群集の科学[原著第3版]』を読んで思ったこと

(『マイケル・ベゴン,ジョン・ハーパー,コリン・タウンゼンド著,堀道雄監訳, 神崎護・幸田正典・曽田貞滋校閲責任,京都大学学術出版会,2003年3月,xiii+1304頁,本体価格12000円』の書評)

            小野山敬一

 原著は1986年の初版から好評を得ている教科書であり(Alatalo 1996),いろいろな分野がバランス良くかつわかりやすく書かれている.教科書が果たすべき役割あるいは任務とは何だろうか.その学問の各分野のその時点での到達点と未解決点を示すこと,全体と各論の展望を示すこと,そして方法や概念や理論について全体的統一をはかること,などである.ここではこれからのありうべき生態学を考えるという観点から,主に批判点を書いておきたい.

1.生態学の定義
 生態学をどう定義するかによって,記述の内容と方針ないしスタイルは異なってくるだろう.「はじめに」のところで定義を述べているが,論理的な混乱が見られる.Haeckel の定義を紹介して,生態学とは「生物と環境との相互作用の研究」とすることができるとまず述べている.次いで,ecologyはギリシャ語のoikosから派生したので,「生物の家庭生活の研究」だとも考えられるとする.そして本書では,生態学が明らかにすべき主題とは「生物の分布と存在量[数度]」であるとしている(本書の説明では,これはKrebs (1972) の定義だと誤解されかねない.もともとはAndrewartha & Birch (1954) による生態学の定義である).
 Krebs (1972) は,Andrewartha (1961) の定義は静的であり,諸関係という重要な考えを置き去りにしているとして,生態学とは「生物の分布と存在量を決定する諸相互作用の研究」だと修正した.そして「生物はどこで見つかり,どれくらいそこに生起し,そしてなぜなのか」(Krebs1972: 4) を問題にするのだとした.これは個体数生態学と分布生態学だと言えよう.ところが,本書では「生物の分布と存在量」とはすなわち「生物がどこに生起し,どれくらいそこにいるのか,そして何をしているのか」だとしている(Townsend et al. (2000) ではKrebs (1972) を正確に引用した後,生態学を「生物の分布および存在量とそれらを決定する相互作用についての科学的研究」としている).
 しかし,「何をしているのか」は,生活に関わることである.定義とは,対象を定めるための必要かつ十分条件を述べることである.これを満たしている生態学の定義は,渋谷(1956)の「生態学とは生物の生活を対象とする科学」である.著者の定義から帰結した面があると思うが,衣食住性遊という生活内容を理解するという面は希薄になっている.これは種としての生活という面が取り上げられていないことでもある.例えば,ある種の生活パターン(生活史や日周的活動パターンなど)が生態的に(進化的にではなく)現在成立しているという側面は中心的なものとなっていない.「生活史における類似と差異を理解しようとすることは,現代生態学が挑む基本的な課題のひとつである」のだが,すぐに「全ての生物は自然選抜を通じて進化してきたとわれわれは信じているので,求めている説明は進化的なものである」(原書p.526;原書のページを引用した場合は小野山訳,以下同様)としてしまうと,現在営まれている生活がいかにして成り立っているのかについての説明がおろそかになりかねない.

2.階層性と種
 本書では,生物(個)体,生物体からなる個体群,そして個体群からなる群集という3つの生物学的階層レベルを,生態学は扱わなければならないとしている(p.vii).「ある階層の上,下,そして横というあらゆる観点を参照することでのみ,生態学のあらゆる側面は十全に理解されうる」(原書p.525).
 多くの教科書で,個体・個体群・群集,あるいは個体・個体群・群集・生態系となっていて,種がない.種名が至るところ出ており,種の概念を使っているのに,種についての説明がない.しかし,そもそも,個体・個体群・群集(・生態系)はひとつの階層に属するものなのであろうか.いったいどのような括り方によって一つの階層となっているのかの説明が詳らかではない.用語解説に創発的特性という語があるが,おざなりな説明である.そして索引にはなく,本文には出てこない.階層のレベルを設定するときに,創発的特性という考え方を用いるのかどうかは一つの分かれ目である.
 種と生物(個)体が生物学での基本的存在である.われわれがデータを取っているのは生物体についてである.生活している(として観察可能なも)のは,個々の生物(とその形質)だけではないのか.生物体とその反応が観察可能なものである.種は現在は観察可能ではなく,説明のために必要な概念となっている.生態学は生物を対象としており,その指定にはタクソン名を用いている.したがって,タクソン学(生物分類学)的階層を明示的に扱うべきである.このことに関連して「食物連鎖の長さの推定は,分類群の[つまりタクソン学的同定の]解像度に左右される」(p.1004)と述べているが,基本的なこととして扱う必要がある.Elton (1927: 164)は「正しい「種感覚」を養うことが必要である.生態学の進歩は,正確な同定に依存し,動物の全グループについて健全な体系学的土台があることに依存する」と述べた.本書(p.972)でも,分類体系の不適切なところがあったために誤った結論に導かれた例が挙げられ,注意がうながされている.研究対象の範囲や単位,つまり主語が違っていたのでは話にならない.

3.複雑さと関係性と精度
 日本語版への序文に「生態学こそ本質的に複雑で創意と工夫を必要とする分野なのである」と言う.「全てのものは他の全てのものに影響する」(原書p.vii).また,Ford (2000: 515) は「生態学において,「全てのものは他の全てものとつながっている」という原則が進展してきた」と述べた.しかし,「全てのものは他の全てのものとつながっている」(Commoner (1971) のエコロジーの4法則の一つ)ならば,そもそもわれわれは何かを予測することができるのであろうか?
 「科学の主要目的は単純化することである.単純化によって現実世界の複雑さが,よりたやすく理解できるようになる」(原書p. xi).この「単純化」とは何なのか? Elton は「複雑なものは複雑なものとして捉えよう」(川那部 1971)と言ったが,その方法がわからない限り,何らかの単純化は避けられない.問題は,どのような変数をどのように扱うかである.つまりどんな生物対象を,そのどのような形質について,どのような系(環境条件を含む)において,記述・理解・説明・予測・制御するのかである.生態学で扱っている基本的な変数とは何だろうか.生物の分布と存在量だけではないだろう.それを説明するために,生物間相互作用をその説明のために使うのはよい.しかし,生物間で時々刻々と結ばれ切られる相互関係はそれ自体が研究対象であり,生活のもとに考えられるべきである.
 「相互作用を一対ごとに短期間研究するだけでは,直接的相互作用と間接的相互作用が食物網においていかに富んでいるかを明らかにすることはできなかっただろう」(原書p.831)と述べている.結局,生態学の問題はすべて群集の問題である.「群集生態学の研究は,最も難しくてやりがいのある分野のひとつである」(原書p.909)
 「全ての群集に当てはまる単純な関係などない…….十把ひとからげの一般化を,同様の一般化で置き換えてはダメである」(原書p.843).その通りである.だから対象と条件と時間的空間的適用範囲に意識的でなければならない.
 「生態学は無知の領域があちこちにいっぱいある穴だらけの科学である」(原書p.213).もっと生態学の理論体系を形式化すべきであり,そのためには方法論の検討が必要であろう.実際的な問題で意識的であるべきなのは,測定の次元と単位と精度である(Schneider 1994と小野山 1996を見よ).空間と時間のスケールを全体にわたってもっと明示的にすると見通しがよくなるだろう.その点から言えば,本書では対数スケール上で対数値で目盛られた多くの図が出てくるが,対数値ではなく,もとの数値で目盛りをつけるべきである.原著論文でもそうあってほしい.単位とともに最小値や最大値や最頻値,そして頻度分布の形などを覚えて勘を養いたいものである.
 実践において,多様で複雑な関係性はどこかで切断せざるをえない.問題は切り捨て方である.本書ではヒトという種を特別視する立場が取られている.妥当である.環境問題や保全問題は,ヒトが大きな操作力,したがって影響力をもっているから大きな問題として生じている.問題を認識するのも解決するのも,良くも悪くもヒトである.理論は実践によって鍛えられる.そして実践的応用において,学問は試される.本書で,農薬使用の問題から総合防除へと展開するところや,具体例によって,考え方(順応的管理など)を議論の筋を負いつつ説明するあたりは,うまい.
 保全において望まれることとして,シミュレーション・モデルの構築が言われている(p.1112).予測にはシミュレーション・モデルが有効だろう.目的に応じてより当たるように改良していけばよいのである.様々な対象に対して,様々な時空スケールと精度の理論的かつあるいは実践的シミュレーション・モデルが作られるとよいだろう.

4.教科書としてどうなのか
 Macfadyen (1957) は,教科書は3つに分けられると言う.一つは事実的情報を初心者に提供することを中心とした初歩的な書で,この型の場合には,著者は論争的な話題を避けるか,それらについて教条的な言明をするか,普通どちらかである.2番目は権威のあるまたは百科事典的な型で,重要な結果と意見をすべて引用して,主題について全分野を網羅しようとするものである.この例としてAllee et al. (1949) を挙げている.3番目は教科書と呼ぶには不適当で,包括的な扱いもしないし,初歩的な者の要求も満たさないもので,その視野は特殊な問題に限られており一方的で,しかし同時にそれらの問題については広い視野からそして批判的に考えられている.この3番目のカテゴリーは少ないが,Elton (1927) とMacfadyen (1957) 自身のものが入ると言う.
 本書は論争的な話題を避けていない.群集の問題はまさに論争的であり,そうせざるをえないだろう.多くの章で重要な結果と見解をかなり包括的に紹介し,考え方を重視して論争も紹介している.また,著者自身の展望を随所に述べているので,これからの方向性のひとつがつかめるようになっている.本書は事実的情報をかなり盛り込んでおり,かなり百科事典的で,また広い視野から捉えて批判的な態度で話題を扱っている.バランスの取れた,きわめて優れた教科書だと言えよう.ただし,これらとトレードオフの関係になるようだが,生態学の原理とその適用例を述べていくというような体系的(悪く言えば形式的)なところは不足している(これは生態学の理論体系そのものの問題でもある).ある現実的問題を解くためにはどの公式あるいは手順を取ればよいのかはわからない.この第3版では保全が中心的話題としてとり挙げられているので,少なくとも事例研究法(Shrader-Frechette & McCoy 1993)を取り上げてもらいたかった.
 さて原書は英語で書かれている.英語的発想が横たわっているかもしれない.岩垣(1993: 14, 68,71)によれば,英語を使うイギリス人やアメリカ人は実体のある具体的なものを重要と見るし,英語は状態が好きで,ものごとを静止画として見たがるし,「西欧の人たちの考えの根本に人の力の範囲と神の力の範囲という分け方がある」.生態学は静態的から動態的へと見方が移ってきたし,本書でも動態的見方は強調されている.その他の見方あるいはやり方についてはどうだろうか.

5.結論
 「生態学は予測的科学となることを目指さなければならない」(原書p.244).「すぐれた理論は理解を助けるだけでなく,出来事を予測し,したがって制御することに用いることができる」(原書p.826).生態学が予測的科学となるためには,かなりの概念工事と理論体系の整備とが必要であろう.Thagard (1992: 35) の概念的変化の段階に照らして言えば,概念体系(階層樹)を編制する原理そのものを変革することが必要かもしれない.

6.訳書について
 訳書の活字は読みやすく,描き直された図は落ち着いた色が使われていて原書よりも見やすい.訳文は,比較的こなれたものとなっていて読みやすい.ただそのためにか,形容詞や副詞が訳出されていないところがままある.宮脇(1998: 39)の意味での逐語訳か直訳か意訳かで言えば,少し意訳寄りの直訳といったあたりか.意訳すると,原文の意味やニュアンスから微妙なずれが生じうる.翻訳の難しいところである.
 誤訳あるいは不正確訳が散見される.小野山(2003)に一部を指摘した.英語ではmore than やafter は境界値を含まない.整数値の場合には「致命的な誤訳」(上田 1994)となる.そのまま「以上」としてはならない(例えば図22.4と22.12の説明文での「ひとつ以上」は「二つ以上」でなければならない).いくつかの語の訳について,『生態学事典』(巌佐ほか 2003)との統一や科学哲学との兼ね合いから賛成できないものがある.例えば,uncertaintyは不確定性ではなく不確実性に,empiricalは実証的(p.1047)ではなく経験的のほうがよい.同じ術語ないしは術語的言葉には同じ訳語を当ててほしい.誤りや不統一が直されて2003年11月に出版された第2刷においても,数十箇所の誤植(特に学名で多い)あるいは誤訳や不統一(例えばresilienceに対して復元速度と復元力)が散在している.また,図のトレースはもっと正確であってほしい(ひとつのカテゴリーやプロットがいくつか抜けていたり,図中の記号が違っていたりする).WWW上で訂正をお願いしたい.なお,近年「,」で名詞などを羅列する書き方がよく見られるようになった.この訳書でもそうなっている.しかし「,」でつなぐと,「そして」なのか「あるいは」なのかがわからないことがある.原則として「,」でつなぐことは避けるべきである.
 大部の書であるにもかかわらず,標準的教科書の翻訳出版は実に快挙である.三中(2004)が書評で述べたように,日本語で読めることは実に喜ばしい.訳者のみなさんの労を多としたい.本書は,訳者あとがきにあるように,「これから生態学を学ぼうとしている若い人たちに,きっと役立つ」だろうし,「幅広い視野から生態学全体を見渡」すのに役立つだろう.生態学の基礎から応用まで広範な分野と対象生物が扱われている.ひとつの標準である.読者対象は生態学を学ぶ大学生と大学院生とされている.生態学をめざす人には必読.大冊にひるまず,ぜひ読破してほしい.多くの人に読まれることを望む.

引用文献
Alatalo, R.V. 1996. Trends Ecol. Evol. 11: 518.
Allee, W. C., Emerson, A. E., Park, O., Park, T. & Schmidt, K. P. 1949. Principles of Animal Ecology. W.B. Saunders, Philadelphia.
Andrewartha, H. G. & Birch, L. C. 1954. The Distribution and Abundance of Animals. University of Chicago Press, Chicago.
Andrewartha, H.G. 1961. Introduction to the Study of Animal Populations. University of Chicago Press, Chicago.
*Commoner, B. 1971. "The closing circle: nature, man, and technology." In Thinking about the Environment (Cahn, M. A. and O'Brien, R., ed.), p.161-166. Armonk, NY: M. E. Sharpe, Inc. [コモナー,B. (安部喜也・半谷高久訳,1972)『なにが環境の危機を招いたか−エコロジーによる分析と解答』. 講談社, 東京.]
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岩垣守彦 1993. 『英語の言語感覚*ルイちゃんの英文法』. 玉川大学出版, 東京.
巌佐 庸・松本忠夫・菊沢喜八郎・日本生態学会(編) 2003. 『生態学事典』. 共立出版, 東京.
川那部浩哉 1971. エルトン,C.S. 1958. (川那部浩哉・大沢秀行・安部琢哉訳,1971) 『侵略の生態学』: 215-223. 思索社, 東京.
Krebs, C. J. 1972. Ecology: the Experimental Analysis of Distribution and Abundance. Harper & Row Publishers, New York.
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Thagard, P. 1992. Conceptual Revolutions. Princeton University Press, Princeton.
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上田恵介 1994. 生物科学 46: 163-165.


<追記>.生態学の定義については,「小野山敬一 .1998 .森下正明先生のこと.蟻,(22): 19-24」も参照してほしい.
出典: 小野山敬一.2005.ベゴンほか著『生態学――個体・個体群・群集の科学[原著第3版]』を読んで思ったこと.生物科学,56(2): 110-114.
2006-VII-24.一部の誤植を訂正した.


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