生態学にスケールを
書評:Schneider D. C. (1994) Quantitative Ecology: Spatial and Temporal Scaling. xv+395pp. Academic Press, San Diego.

      小野山敬一


本書の概要
 本書名は量的生態学だが,ふつう考えられる統計的あるいは数理的なものとは違う.内容は副題にあるようにスケールの生態学というべきものである.まえがきで著者は,本書は生態研究に役立つとわかった量的な考え方を唱えるとし,生態学へ「スケール」をうまく統合するには単位と次元が重要だと言う.スローガン的に言えば,「生態学の記述と考え方にスケールを」である.
 著者によると,スケールの問題を全面に押し出した新しい考えとは次のとおりである.1:パターンは特徴的な空間的・時間的スケールでデータを解析するところから現れる,2:過程の測定値はパターンの測定値と同様に特徴的範囲内で生じる,3:スケール依存性の過程はユークリッド次元よりもフラクタル次元で視覚化されうる,4:自然個体群におけるパッチ性は,統計的な厄介物というよりも,力学的に見て興味深い量である,5:大スケールの出来事は,流動体に住む生物にとって重要な帰結をもたらす(土壌や空気も流動体である),6:生物は環境変化に対して,ある範囲の時間的スケールで反応する,7:動く生物は局地的な時間的・空間的変異を生み出すために,大スケールの流動体の動きから運動エネルギーを取り出す.
 内容は以下の目次のように5部14章からなっている.
第1部.序説
 第1章.生態学におけるスケールの概念
 第2章.多スケール分析
第2部.スケールづけられた量
 第3章.量
 第4章.単位と次元
 第5章.量の再スケーリング
 第6章.量の視野 (scope)
第3部.空間的・時間的変動性
 第7章.量の地理学と年代学
 第8章.逐次的測定から導かれた量
 第9章.集合的量:重みづけられた合計
 第10章.集合的量:変動性
第4部.諸量の関係
 第11章.方程式
 第12章.量の期待値
第5部.微小なものから巨大なものへのスケーリング
 第13章.相対成長的再スケーリング
 第14章.空間的スケーリング
 最後にリスト1〜6として,文献,記号,表(規則),ボックス(計算),著者索引,事項索引がある.
 次に内容を紹介し,検討してみる.
スケールの射程と意味
 本書はスケールの意味するところを解き明かし,スケールに関係した概念である,量,スケーリング,解像度,視野などを定義していく.「スケールとは測定された量の範囲内での解像度を意味する」とか,「ある量は名前,手順の言明,手順によってつくられた数,単位,そして記号の5つからなる」というように基本的なところから順を追って定義し,説明していくやり方は好ましい.定義の箇所は太字斜体となっており,明瞭でよい.
 著者は器械の視野の定義を,最大測定値を解像度で割ったものとしているが,測定値の最大と最小の差を解像度で割ったものとすべきである.実験や調査の時間的視野あるいは空間的視野の定義ではそうしており,混乱させられる.また,「ある量の視野は解像度に対する範囲の比として定義される.同等のことだが,最小値に対する最大値の比である」(p. 120)と述べているが,間隔尺度では同等にはならない.

スケーリングの方法
 スケーリングにおける重要な方法としてズーミングzoomingとパンニングpanningがある.ズーミングはカメラでズームレンズを使うように解像度を変化させる.対照的にパンニングとは同じ倍率(解像度)のまま首をふって対象を走査する.ズーミングは多スケール解析であり,パンニングは逐次解析である.両者の適用によって様々なことがわかるというわけである.
 もうひとつ重要な方法は次元解析である.その有効性を例証している.さらに著者は実体entityという次元の導入を行なっている(単位として#を使う).この導入は本書の眼目の一つであり,面白い発想である.5つのりんごと3つのオレンジの足し算はできないが,かけ算はできて,#・#という単位となる.そして2者の相互作用は#・#という単位をとると言う.「次元」が定義されていないが,物理学での基本物理量に相当するものの意味で使っている.実体という次元を導入したもとのStahl (1962) では,種類が異なれば異なる実体として扱われており,単位は#・#'としている.それを著者は修正して#・#とするわけだが,「ある状況ではラッコとウニは個体数勘定の単一次元にまとめうるだろう」とは苦しい言い訳である.
 本書ではフラクタル次元も導入されている.そうした場合,次元解析はどこまで有効か.ほとんどの場合,フラクタル次元は経験的にしか決定されないだろう.そうだとすると,2者の相互作用だから#1・#1となるとは限らない.#1.33・#0.75といったフラクタル次元であるかもしれない.宇宙の時空構造そのものがフラクタル的だという考えもある(高安 1986: 176).
 実体(個体,つがい,モルという単位を表現する)という次元もどこまで有効なのか.原子や分子も実体であるが,#なしで物理学はやってきたわけだから,もっと議論がほしい.このような問題はあるけれども,次元解析は生態学にも当然導入されてよい.私見によれば,むしろ重要な次元が抜けている.情報という次元である(ストウニア 1990).
スケーリングにおける問題
 最後の章の「空間的スケーリング」では,生態学におけるやりがいのある課題のひとつは,自然個体群の空間的動態を,局地的スケールからより大きなスケールへどのようにスケールするのかであると述べ,それに対する6つの戦略を比較して論じている.そのうちの6番目の戦略は統計的検証と相似原理の組み合わせで,これならうまくいくと著者は主張する.生物的システムでは変動性が大きいために,非生物ではうまくいくような次元解析と同じ方式では十分ではなく,次元推理と探索的および確認的統計学との組み合わせが必要だと言う.私見ではむしろ,5番目の戦略に挙げて著者が難点を指摘した階層理論のほうが射程範囲は大きいと思う.著者は階層理論とスケールの関係を考察すべきだったのだ.さらに言えば情報の問題も関わっている.
 本書は量という客観性を装ったものからのアプローチである.スケールやスケーリングとは,だれにとってのものなのかという根本的問題がとりあげられていない.パターンは選ぶスケールに依存する(これは本書の命題のひとつでもある).選ばれたスケールとはもちろん人間の脳が考え出したスケールである.ここには主観性がつきまとう.ズーミングやパンニングは人間という,生物にとって他者の視点である.それで生物の生活はわかるのか?
 例えば保全生態学において,人間の活動を視野に入れないわけにはいかない.対象とする系の空間的・時間的スケールによって,人間をどう扱うのかが異なってくるだろう.すなわち,人間は系の外部から系の状態を操作するのか,あるいは内部にいて内部から操作するのかの問題である(フォン・ウリクト 1971: 215).ある主観と他の主観のぶつかりあい,あるいは切り結びの地点をどうとらえるかの方法が問題となる.スケールに対して主体的意味(意味論的情報)を与えること,これなしには生態を根本的に理解するには至らないだろう.何にとってのスケールかという点を考えると,ユクスキュル(ユクスキュル 1950;ユクスキュル・クリサート 1970)の言う環(境)世界を再検討せざるをえない.視覚のスケールだけとっても動物によって様々である(鈴木 1995).

「誤植やヘマはありふれている」
 第12章冒頭の引用文中に,「誤植やヘマはありふれている.読者は用心されよ」とある.その冗句通り,誤植やヘマが多い.精度がひとつの重要点であると言いながら,数字の表示桁数に一貫性がないところがあるし,不親切な表や不正確な図が少なくない.
 誤植の例をあげよう:twentiethth→twentieth(36ページ),than→then(78),10.1→10.2(117),5・10-6→5・10-8(132),2・10-6→5・10-8(132),whee→when(143),Table 7.3→Table 5.3(273),k→K(276,2か所),of→or(282),Ten→Seven(284),10→5(285),Var (Y・Z)+ →Var (Y・Z)=(297),2/3→8/3(328下から7行目,2か所),xxii→xxvi(358).計算間違いのあるページを記すと,91,93,124,132,170,173,290,292,293である.
 著者索引ではAubleとPattenが抜けていて完璧ではなかった.事項索引は不十分である.たとえばsystems approachがない.

総合評価
 本の造りは3.2mmという厚手の表紙のハードカバーで,濃い緑と赤茶色でもって重厚な感じを与える.しかし,重さ730gは,あおむけに寝ころんで読む場合に支える腕が疲れる.活字は肉厚で大きく,印刷は濃いので読みやすい.
 かなり批判的に書き連らねたが,もとより本書の価値を認めてのことである.スケールという中核的概念(装置)の一つが本書によって定式化された.生態学的現象ないし出来事(事件)の基本的記述の枠組あるいは装置をととのえるための,ひとつの橋頭堡が築かれたと言える.ただし,生態学的諸問題が,これだけで解決できるとは考えられない.もっと多くの概念装置,あるいは何よりも概念工事が必要である.
 本書はユニークである.類書がない点でおおいに評価できる.スケールとスケーリングについて基礎的なところから説いた本として,生態学の初心者にもプロにも一読をおすすめする.
 原稿を読んでコメントをいただいた佐藤利幸,芦田廣,紺野康夫,小藤弘美,遠藤隆裕の諸氏にお礼申しあげます.

   引用文献
Stahl W. F. (1962) Dimensional analysis in mathematical biology. II. Bulletin of Mathematical Biophysics 24: 51-108.
ストウニア T.(1990)(立木教夫訳,1992).情報物理学の探求.シュプリンガー・フェアラーク東京.
鈴木光太郎(1995)動物は世界をどう見るか.新曜社.
高安秀樹 (1986) フラクタル.朝倉書店.
ユクスキュル,J. v. (1950)(入江重吉・寺井俊正訳,1995).生命の劇場.博品社.
ユクスキュル J. v.・クリサート G. (1970)(日高敏隆・野田保之訳,1973).生物から見た世界.思索社.
フォン・ウリクト G. H. (1971)(丸山高司・木岡伸夫訳,1984).説明と理解.産業図書.


小野山敬一 .1996.生態学にスケールを:書評 "Schneider D. C. (1994) Quantitative Ecology: Spatial and Temporal Scaling. xv+395pp. " 日本生態学会誌,46(2): 199-201.
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