

| 雲が存在しない空を睨み付けて 私は哺乳瓶に粉ミルクを詰めました。 一杯、二杯、三杯。 あら、粉ミルクで育ててらっしゃるのですか。 母乳ではなくて? 母乳は出ない。 四杯、五杯、六杯。 出ない物で育てられるか、ボケ。 現代の育児学における、母乳の功罪を御存知でしょうか。 母乳は、確かに栄養価が高いのですが、反面、母体の食生活によっては逆効果になってしまいます。 七杯、八杯、九杯。 煙草を吸いますか? インスタント食品をよく食べますか? 今、病気をしていますか? だから、私は粉ミルクを使用しているのです。 そう、母乳だからいいということでは無かったのね。勉強になりましたわ。 とっとと去ね。虫けらが。 十杯、十一杯、十二杯。 哺乳瓶からパラパラと 粉ミルクがこぼれ落ちました。 私はなおも入れ続けます。 十三杯、十四杯、十五杯。 もう、哺乳瓶は粉ミルクを好いてはおらず ただ、床だけが愛を受け止めました。 哺乳瓶は蓋されました。 泣き叫ぶ声 泣き叫ぶ赤子の声 泣き叫ぶ煩わしい赤子の声 泣き叫ぶ鬱陶しく煩わしい赤子の声 私は満面の笑みを浮かべて、ミルクをその忌々しい口に押し込んだ。 喰わしてやってるんだから、有り難いと思え。 しかし、赤子は粉ミルクを吸えない。 雲が存在しない空は憎らしいものです。 見上げると天井には 蜘蛛が這っておりました。 斑の渦巻きがカサコソと這いずり回る。 私はそんな蜘蛛が愛しくて とてもとても愛しくて 哺乳瓶を蜘蛛めがけてブン投げた。 砕け散る潰れる撒かれる。 硝子と粉ミルクが私を覆い尽くした。 蜘蛛の足は毛に覆われております。 潰れた蜘蛛を捕まえて その足の一本一本を ポキリポキリと 手折るのはとても心地よく 心地よく床に散らばった粉ミルクと一緒に赤子の口に押し込み毛むくじゃらの愛を飲み込ませた赤子は咽たが私は構わず足と粉ミルクを交互に与えた栄養価は申し分ありません母乳など 不必要です。 私の手の中には 手の中には潰れて不恰好な蜘蛛がいた。 それを私は自らの口に 口に放り込み プチプチ砕ける感触を楽しみながら 嚥下した。 そうして豊穣を噛み締めていると 噛み締めていると電話機が不快な 不快な不快な音をたてた。 受話器は吸い付くように私の手にへばり付き 耳に持っていくことを強要しました。 今日は遅くなるから飯はいらない 飲んで帰る あ、ああ、同僚と 待ってなくていいよ そうして相手は電話を切った。 しかし声は聞こえます。 何時も待ってるんだよ。 12時でも1時でも2時でも3時でも。 なんか怖いんだよな一日中家にいて待ってられるとな。 だって考えても見ろよあいつにとっての世界は俺だけなんだから。 働きにでも出てくれればいいんだけれどすぐやめちまうし。 専業主婦なんだよ。 俺が 浮気をする 不倫をするのも当然だろう 当然だろう悪いのは俺じゃないあいつだ 悪いのはあいつだ。 受話器は相変わらず私の手に 私の手にへばり付いて離れない 離れないだから だから私は 私は裁鋏でコードを切った。 ついでに私の髪も切った 散切りにした 少し頭皮も切ったようで血がつつうと垂れました。 赤子はおぎゃおぎゃ泣いています。 泣くと私は起きなければなりません。 朝も昼も夜も 慢性的な寝不足不機嫌憂鬱敵意殺意。 私は当然のように赤子の 赤子の腹に 腹に裁鋏を突き刺しました。 突き刺しましたが一度目は軽く傷を付けたにすぎない。 二度目はより深く三度目はしっかりと しっかりと裁鋏が埋まった。 溢れる血は暖かく私を癒し 勇気づけられた裁鋏は 裁鋏はじょきじょきと じょきじょきと赤子の腹を切り裂きました。 気付けばもう赤子は泣いておらず 私は安心して 安心して雲ひとつ無い空を 空を睨み付けた。 駆け足に過ぎた時間の後 私の周囲には赤い血が滲んでいました。 赤い血を 赤い血を前にして 前にして私は 裁鋏をしっかり握って立っておりました。 裁鋏の先端は 先端はもう光ってはおらず脂にまみれ鈍く照り 先端はもう決して赤くは無く薄く茶色がかった液体を滴らせ 先端は自ら創った血溜りを見つめていた。 そして、私の手を離れた裁鋏は一直線に血溜りへ落ちて行った。 しばし、私は見つめていたが、大切なことを思い出し 思い出し顔をあげた。 その切り裂かれた穴からは 穴からはもう血は噴出されない 噴出されない。 空虚で何の意味もなく つまらない穴で私は呼吸が出来ない だから私は意味を求めた 求めたのは幸せもうすぐ宿願は叶えられます。 そうして私は 私は受話器を 受話器を肉の壁に開いた穴に 穴に押し込んだ。
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