夜。
鳴き声がした。
女の子が、路地の自販機の向こうにうずくまっている。
足を止め、そっと近寄った。
「どうしたの」
少女は木箱を持って、明るい通りのほうへ、私の横をすり抜ける。
まだ小学生と思うが、背は私の肩まであった。木箱には子猫が入っているらしい。
ちょっとまわりを見て、歩き出した。悪い大人のように思われた気が少しした。けれども、方向が同じだったのでまもなく追いついたとき、また話しかけた。
「どこに持っていくの」
「捨てに行くのよ」
子猫は細く鳴いている。
「そうか、かわいそうだね」
「うん」
「おうちでは飼えないんだ」
「おじさんとこで飼える」
「無理だね」
木箱には紙でできたケーキの入れ物ふうの内箱が入っていて、そのふたを開け、少女は子猫をなでた。
「だれもひろってくれないね」
「ミルクとかあげた」
子猫はだいぶ弱って見えた。目もあいていない。
「だめみたい。生まれたばかりみたいだから、お母さんのお乳しか吸えないみたい」
「そうか」
「ねえ、そこらへんに置いていって、忘れられると思う」
「何日かは無理かな」
「何日ですむ」
ええっ、と苦笑いする。
しようがないものはしようがない。かわいそうでも、それはいっときの感情であり、錯覚に似たものだ。この子だって、おいしく肉料理を食べているはずだ。
この猫はたぶんゴミとして捨てられた。それが生まれ出た初めの条件だった。自力で生き抜かぬ限り、この猫はこれで生を終える。
少女は横断歩道を渡るために立ち止まった。信号が変わり、歩きだしてから、振り向いた。私は手を振った。
「やっぱり、おうちに持っていくか」
首を振る。そして、歩いていく。
すでに商店街はきれて、ひとけない事務所ビルばかり立ち並ぶ交差点だった。街灯の下を、彼女は箱を抱きかかえて行く。信号が点滅していた。
走って、追いついた。
「どこに行くの」
「かわ」
「え」
「かわいそうだからね、川に流しにいく」
幅の狭い橋。その上から、木箱を持った両手を前に伸ばし、離した。川の水まで七八メートルだったか、ぱしんと落ちて、浮いた。
少女は箱を追いかけた。流れてく、と言いながら。
川に沿った舗道の薄暗がりを、どこまでも走る白い脚を、もう追えなかった。
|