M君は急いでいた。
会社から銀行まで十五分、往復三十分だから。
そのあと社員食堂なので、ぎりちょん。
途中、交通事故の地蔵さんの横で、中年の女の人がうずくまっていた。おなかのあたりを押さえている。
M君は初めびっくりし、一秒の半分で状況を理解し、眺めながら早足のまま通りすぎた。たばこを出して、火をつけて、吸いつつしゃっしゃっと歩いた。
横道から、よっ、と声がする。
あ、こんちわ、と手を振って、これも通りすぎようとした。けれど、親しく話しかけてくるから、挨拶程度は交わさなければならなかった。
O氏だった。同じ会社の人。前は同じフロアにいた。
O氏は東大出だけれど、ドイツ語の原本が読めるそうだけれど、ほとんど高卒の人しかいないフロアで、人間シュレッダーと陰口されていた。または「鋏をもった人」という。朝から晩まで、要らなくなった書類やそれほど機密を必要としないゴミまで、ぱちぱち切り刻んでいた。黙々とそれだけ。一年中。
M君のフロアから別に移される少し前、応接セットで机をどがんどがん叩いて金切り声で、課長に抗議していた。フロアの皆は課長はきっと殺されるとまで思った。
だから、昼休みだからここら辺を散歩しているのではないんだ。今は、いつ散歩してもよくなったはず。
宝くじを買っての帰り道、地蔵さんの横では女の人がまだ苦しんでいた。
少し行くと、O氏が公衆電話に怒鳴っていた。
M君はちょっとお辞儀をして、時計を見て、横断歩道の青に走った。一度振り返った。
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