一 冒頭
 
 
 
 実がなって落ちる。
 落ちて痛いから泣いていた。
 草木に露のしずくかがやく明るい朝、おじいさんは山仕事に出かけるところ。しっとり涼しい森の気流が、急勾配に息切らせるおじいさんをなぐさめてくれていた。
 こんところでえ… 
 その声を聴いて、おじいさんははじめ空耳かと思った。が、ちうちういう鳥や素早く動く獣らのものではなく、木霊でもなく、しだいに、その水っぽい泣き声ははっきりとしてきた。
 たぶんこちらのほうと見当をつけ、踏みわけてある細道をはずれ、藪、笹をよけ、樹木の根方を越えしばらく行った。
 もうすぐそこというところまで来て幹の陰からのぞくと、転がって泣いている。それは真っ赤な口をあけて泣いていた。
 こんところにのう。お山ですんげえ昔っから暮らしきたはずだに、知らんかったあ。があ、拾っていくは面倒があるじゃろう。やめとこう。かわいそうではあるがあ。
 元の細道に戻って、はあはあ登りながら、やはりどうしても気にかかる。遠く離れてとっくに聴こえなくなってからも、心の中には響いている。
 そうだあ。帰りんなってもまだ泣いてたらあ… 
 おじいさんはほとけごころを出した。
 空が一面に焼けて、森に夜の風がしのび込むころ、おじいさんはまたそこへ行ってみた。朝よりもひどい泣きぶりで、今は転がっているだけでなく、手足をばたつかせ、夕陽の射しこんでいる下の暗がりで土まみれのすさまじい形相をしていた。
 あたり一帯には、甘い匂いがひろがっていた。
 桃の子からは湯気が立っていたが、背中と尻は湿って冷たかった。抱き上げると、唾をのみこみのみこみ泣きやんで、おじいさんを力のこもった瞳で見つめた。
 いつになく飛沫の激しい沢づたいに、ふもとへと下った。何度も何度もおじいさんは、引っ返して背中にしがみついている生き物をさっきのところへ置いてこようかと思案した、決心がつかないうちに、道は平坦になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

(『桃』  一 冒頭  了)

 

 

  二  出 自  ▼
 


 
小説工房談話室 No.58 ■■■■■■ 
1999/11/21 23:06 和香 Home Page ■■■■■■ JustNet TOP 
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