三 誓い
 
 
 
 草に腰を落として、犬人間は舌を出した。
「はああ、はあ」とため息。「つまらないなあ」
 皆が集まってきた。猿人間は枝を伝って地面に降りた。
「もう飽きたのかい。やんなっちゃうな、けっ」
「そうじゃなくて、はあはあ」と犬人間は大人みたいに口もとをゆがめた。「そろそろ帰らないと怒られるから。みんなといるのはもちろん楽しいんだ」
「まだ大丈夫よ」
「そうそう。もうちょっと続けよう」
 見上げて、少し疲れたから、ひとやすみ、とも犬人間は言い訳をした。はっきりしないやつだなあ、と猿人間は文句を言い、そばに寝転んだ。
「そんなに怒られるのかい」
「どうってことないよ、いくつかぶたれるのぐらいはさ」
「そうさ。いくらぶたれたって死にはしないぜ。俺なんか、上や横向いて、目玉くりくりさせて、きゃあはは、知らん顔」
 犬人間はまた変な笑顔をした。
「だから、痛いのはいいんだ。でも、胸んところがつらいのさ。兄貴や姉貴は、日が暮れて帰ってきたって、にらまれるぐらいですむのに、俺はきまって竹棒のおしおき。小さいころからどうしてって思ってきたけど、……しょうがないんだよね、買われてきたんだから」
「俺もさ。けっ、そんなこといまさら」
「七歳のお祝いがすんでからは、ご飯は土の上。おいしいんだけど、みんなが囲んでるちゃぶ台見上げて、にこにこは食べてらんないよなあ。もう泣かなくなったけどさ」
「こらえるのよ」
 と、雉娘が軽くつついた。
「わたしは遠縁のもらわれだから、そこまではされないけど、似たり寄ったり。いいじゃない、もう少し大きくなったら出ていくんだもん」
「そうそう。きゃっきゃ、いやなことは忘れて楽しいこと考えようぜ。みんなで行くんだ、約束だ」
「ね、桃堕郎さんも行きますか」
 と雉娘が尋ねた。桃堕郎の家は山持ちで裕福で、それに人柄なのか、無口だからか、皆が一目置いている。
「うん。僕もいつかは外の世界見てみたいんだ」
「ききき、桃堕郎さんも約束。きっとすうばらしいだろうなあ」
「はああ、早くこんな、じじいとばばあばっかりの村から出て行きたいよう。ここにいたら俺らに未来なんかないんだ」
「でも、だめよ、育ててもらったご恩だけは返さなければ」
「だから、お前ら、陰気な話はやめ。そうだ、すぐ夏祭りじゃんか。きいい、楽しみだなあ。おはやし聞いてると、からだがひとりでに踊りだしちゃうんだよな。き、き、き、こうしてさ」
「うん、早く来ないかしら」
「僕も待ってるんだ」
 犬人間は、ほんとにそろそろ行かなきゃ、と立ち上がった。
「でもよ、神輿は担がしてもらえないじゃないか。尻尾がある奴はだめだって。どうしてなんだろうなあ」
 そして、振り返った犬人間は、急に涙ぐんだ。
 雉娘もため息。猿人間も何か言おうと口を開けかけたがやめた。
「元気出して」
 と、桃堕郎は背中をたたいた。僕らは仲間だよ。そういう意味でたたいた。
 桃堕郎の尻には緑の葉っぱが生えている。村で有尾人なのは、この四人だけだった。

 結局、四人そろって家路についた。道々、いくらかでも励まそうと、雉娘は話を続けた。
「わたしはさ、大きくなって、自由にお空を飛べるようになったら、この国のあらゆる森と海の上を冒険するのよ。なんだかんだ言っても、お空を飛べるなんてうらやましいでしょ」
「うん。うらやましい。きいい、ねたましい」
「ははは、はは、俺はさ、とっても機械いじりが好きなんだ。今に街に出て、すごい研究員になって、ものすごいからくりを作って、いずれはさ、そのさ、えらい人になりたいんだ」
 犬人間は大空の雲を見上げた。
「うん、なれるわよ、きっと」
「俺は、金持ちがいい、けけけ」
「桃堕郎さんは」
「恥ずかしいけど、お父とお母に会えれば、それでいい。でも、あと、強い奴を負かしてみたい気もする」
「強い奴かあ。永遠の好敵手、か、はっはっ、なんかわくわくするなあ。街に出て、えらい人になって、お金持ちになって、きれいなお嫁さんもらって、へへ」
 今度は痛い程度に雉娘がつついた。
「あれえ、泣いちゃうよ。お嫁さんはあたいでしょ」
「やめろよな。ちっちゃかったときのこといつまでも言うの。はあ、お前と一緒になったらどんな子供ができるか、考えただけでもこわいよ」
「ひどーい」
 雉娘は泣き真似をして、それから笑って、一二度羽ばたいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

(『桃』  三 誓い  了)

 
  二  出 自  ▲
 


 

  四  カネ太郎  ▼
 


 
小説工房談話室 No.58 ■■■■■■ 
1999/11/21 23:06 和香 Home Page ■■■■■■ JustNet TOP 
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HP採録 平成12年2月15日(火)〜