十三 ゼンラの家出
 
 
 
 若い娘たちに人気が移ってしまった。
 フクヲキタゼンラオドリコヒメは、控室の自分の鏡の前でよくこういう物思いにふけっていた。
 どうなっているんだろう、あいつらは。かりにもあたしに結婚を申し込んだんだよ。それがあれっきりなしのつぶて。常識じゃ考えられないね。せめて年始の挨拶状ぐらいはきちんきちんと寄越して、今僕はどこそこで頑張っています、あなたをお嫁さんにできる日を毎夜夢見て筆舌に尽くしがたい困難な冒険に立ち向かっているのですとかなんとか、そのぐらいはあったっていいじゃないの。そりゃ、無理難題を吹っかけた気はするけどね。何を言ったか、はずかしながらすっかり忘れちゃっているけどさ。あたしも若かった。あいつらも、まるきりの根性無しであきらめちゃったのかしら。――そうだ。あたしも少し暇になってきたから、あれはあれで遊びだったんで、ほんとはそんな難しいことしなくていいからって、教えに行ってあげたいね。そうさ、あんまり世慣れたやつらじゃなかったし、純な心根を持っていたし、ほんとうに、できっこないことや見つかるわけないものを馬鹿みたいにずうっと追っかけ続けてるかもしれないんだから。人としての、親切ってものさね。
 こうしていても毎日がつまらない。
 とうとう思い立って、フクヲキタゼンラオドリコヒメが旅立とうとすると、老いた二親が泣いてすがった。
「お願いだから、私たちを見捨てないでおくれ。お前だけが、私たちの宝なんだから」
「やめてよ。すだたないこどもがどこのせかいにいる。あとはむなしくなるだけのおいぼれに後ろ髪なんか引かれるもんか」
「わしゃなにものぞみゃせん。ただお前さえ眺めていられれば。踊り子としてのお前の肌は、わしが毎夜風呂で磨きあげたんじゃい。手放したくないんじゃい」
「あたしはもう、フクヲキタゼンラオドリコだよ」
「いいや、今でもお前が一番じゃあ」
「ふう、こう言ってくれるのは、親だけだろうねえ。ありがたいねえ。……わかった、ちゃんと年賀状だけは送るから、それであきらめてね。さよならよ」
「ああ、ゼンラ」
「おお、わしのオドリコヒメ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

(『桃』  十三 ゼンラの家出  了)

 
  十二  放 浪  ▲
 


 

  十四  大鬼界で堕落  ▼
 


 
小説工房談話室 No.81 ■■■■■■ 
1999/12/09 18:28 和香 Home Page ■■■■■■ JustNet TOP 
 → → →
HP採録 平成12年2月15日(火)〜