十五 往来
 
 
 
 桃堕郎さんが来ているそうだから挨拶しようと思ったんだけど、と雉娘は言った、なんでもとっても急ぐって言うから。
 桃幻郷にいる猿人間は、犬人間からの速達を受け取った。
《やあ、しばらく。桃堕郎さんは大変楽しんでくれているよ。ところで言いづらいんだけど、ここのところ思わしくないんだ。恥ずかしいけど、少々融通して欲しいというお願いなんだ、これは。金額は一〇〇〇万金。それからこの件はとても急ぐ。お金が用意できないときは、そちらに帰るのは桃堕郎さんの亡骸(なきがら)ということになる。俺はせっぱつまっている。以上、真剣な話。急ぎだぜ》
 猿人間は三度読み直して溜息をついた。犬人間の招待なんて変だとは思っていたが、とんでもないことになってしまった。桃堕郎さんは人を疑うということを知らないからなあ。と嘆いたが、もう仕方がない。なんとかして金を用意しなければならない。桃堕郎がいなければ事業は成り立たないのだから。しかし一〇〇〇万金とは。そんな大金がここにあるなんて、あいつの頭、どうかしてんじゃないのか。
 猿人間は帰ろうとしていた雉娘に待ってもらって、二通の手紙を書いた。
「悪いね、疲れてるところ。これも速達でお願いしたいんだ。一つは犬人間への返事。もう一つは、大鬼界にいる黄金鬼という金融業者宛なんだ」

 猿人間は、金を用意して待っている、と言ってきた。犬人間は跳ねて踊って、あっけなく解決に向かいそうなことをまず喜んだ。
 寝床で酔い潰れている桃堕郎をうながし、さあ桃幻郷に帰りましょう、心もとないんで私もお供しますからと旅支度をさせた。
 その道中、犬人間は後ろから、白銀鬼に声をかけられた。一瞬血が引いた。商会の幹部だったが、債務者を追いかけてきたという風ではなかった。
「おや、どちらまでおでかけです」
「桃幻郷です。古いなじみとひと遊びとでもいいますか。こちらがあるじの桃堕郎さん」
「これははじめまして。さようですか、天気もいいし、行楽にはうってつけの季節ですものね。私もそちらのほうへ行くのですが、残念ながら、商売だもんで。急ぎますもので。では、ごきげんよう」
 白銀鬼の肩には革紐が食い込んでおり、背中の荷は相当に重さのありそうな、しかしあまりかさばらないものだった。犬人間は、ははあ、と気がついた。猿の奴、他に当てがなくて、あいつらから借りたな。ご苦労さん。ということはだ、白銀鬼より先に着いてしまってはまずいということか。へへ、気配り悪党だぜ、俺も。
「桃堕郎さん、ほんとにのどかな天気ですね。どうです、一休み。酒ならほらちゃあんとありますから」
 白銀鬼のほうも勘が働いた。担いでいる金の一部か全部は、向こうで犬の野郎に渡るということか。なるほど、じゃあその場で右から左、あいつから集金と行くか。金持ってとんずらってこともなきにしもあらずだしな。帰りは身軽と思っていたが、ま、かなしうれし、商売商売。――それにしても、さすがは黄金鬼様。あんな大ぼら吹きより現にちゃんとした商売してる奴に肩代わりさせたほうがいいに決まってるもんな。
 近くの森の一番高いこずえで、雉娘が一服していた。彼女はまたも桃幻郷への手紙を二通託されていた。
「いくら繁盛ったってさ、こちらもからだがもたないわよ。どうせたいした用でもないのに、急ぎ急ぎって」
 掟破りなのだが、ちょっと中身を覗いてみたくなった。知らない間柄じゃなし。にっと笑って、そうしてしまった。
《ありがとう。早速こちらを立つよ。安心して待っててくれたまえ》
《ご依頼、すべて承知。近日持参》
 それぞれそういう短い文面だけ。
 へん、ばからしい。犬人間たちはあそこで酒盛りでしょう。黄金鬼の部下の鬼はと、まだあんなところ。要するに、あいつらより先に着けばいいんじゃないの。もう少しゆっくりしていこうっと。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

(『桃』  十五 往来  了)

 
  十四  大鬼界で堕落  ▲
 


 

  十六  懺 悔  ▼
 


 
小説工房談話室 No.84 ■■■■■■ 
1999/12/12 23:42 和香 Home Page ■■■■■■ JustNet TOP 
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HP採録 平成12年2月15日(火)〜