十七 決裂
辞儀をしながら白銀鬼が入室してきて、そっと言った。
「お取り込み中、申し訳ない。犬人間さん、お取引が済んだら私どもともお話を願いたいのですけれど。よろしゅうございますか」
犬人間は床に座ったまま頭を垂れ無言だった。耳元へ話すためしゃがんだ白銀鬼は、様子が妙だとやっと悟った。さっきは大声が聞こえたが、金を出させるために一芝居打つことなどありふれたことだから気にとめていなかったのだ。
他の三人は顔を見合わせた。
猿人間が言う。
「悪いのはお前じゃないのかもしれないな。返せないことがわかっているのにお前に貸し続けたのは黄金鬼だ」
白銀鬼は目立たない程度に苦笑した。
桃堕郎も言う。
「最後は桃幻郷に払わせる、と算盤をはじいた、とも言えるかな」
「皆さん、それは言い過ぎですぜ」
「そうだろうか。噂では黄金鬼は相当なやりてで商売で負けるとかしくじるとか、たえてないそうじゃないか」
猿人間が思い当たることがあると言う。
「先ほど、俺はもう桃堕郎さんは安全と知っていたから、融資は断わろうとしたのに、白銀鬼は契約はすでに成立しているからと白紙にはしてくれなかった。そのとき、いいのですか、これからいらっしゃる人に渡さなければいけないのではないですか、知ってますよ、などともこいつは言っていた」
「やはりな。はじめから計算ずくだったんだ。黄金鬼は犬人間をおとしいれた。その上、桃幻郷まで取り込もうとしている。どう考えても、一〇〇〇万金なんて、何十年かかっても返せやしないんだから」
白銀鬼が、憤然となって皆の前に立ち上がった。
「いいがかりもたいがいにしやあがれ。これが欲しい、用意しましょうの時点で、契約ってものはできあがっちまってんだ。法律にちゃんとあらあな。黄金鬼様は心根のやさしいお方で、犬のあんちゃんが哀れだったから、何かと便宜をはかってやったって言うのに、なんだ、その言い様は。恩知らずどもめが。長い道頼まれたもの運んできただけだってえのに、あんた、そりゃないぜ。俺らに喧嘩売るのかい。おう」
桃堕郎は一歩下がって、猿人間に顎をしゃくって見せた。
雉娘が、犬人間の手を取り隅に引きずった。
猿人間は、あわよくば犬人間を断罪しようと物陰に隠しておいた剣をつかみ、振りかざして白銀鬼を威嚇した。
白銀鬼は笑みを浮かべ、
「やろうってのかい。それがどういうことか、あんたら分かってるんだろうな。それを振りおろせば、あんたらの首がとぶのと同じことなんだぜ」
「観念して、白状したらどうだ」
「くだらねえ」
猿人間は桃堕郎を見た。桃堕郎がうなずいた。
力はあまりないとはいえ動かない相手に真っ直ぐに鋭い刃を猿人間は打ちおろした。が、筋肉に弾き返されて、剣のほうが床に落ちた。
白銀鬼は目を剥いて、凶悪な顔つきになった。
「痒くもないぜ。忘れるなよ、今のことを」
桃堕郎のけわしい眼を見て、あとじさりして白銀鬼は言った。
「言っとくがな、変な迷信があるようだが、俺らは桃なんかもまったく怖くないんだ」
腰を落とすと桃堕郎は突然跳躍して、白銀鬼の体躯に桃汁を吹きつけた。
くるおしい悲鳴をあげ白銀鬼はしぶき噴き散らす花火になって転げ回った。棚が倒れ瓶が落ちた。壁に何度も当たった。意味にならない吠え声を残し、のたうちながらついには逃げ出していった。
(『桃』 十七 決裂 了)
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小説工房談話室 No.90 ■■■■■■ 1999/12/15 23:46 和香 Home Page ■■■■■■ JustNet TOP |
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