十八 旗揚げ
 
 
 
 猿人間が掃除道具を持ってきた。
「やはりな。黄金鬼の魂胆はこれではっきりした」
 と桃堕郎は言った。
「そもそもは、大鬼界でだけはうちの商品が思うようにさばけないから、何か変だと感じていたんだ。僕はいつか探りを入れようと考えていた。最近は、融資の誘いも少ししつこかったしな」
 猿人間はうなずいた。雉娘も破片拾いを始めた。
「あいつらは、嫌いというだけではなく、桃の成分に非常に弱いらしい。今検証した通り、彼らにとっては劇薬なんだ。黄金鬼はこの園芸農場を乗っ取りたいというよりも、鬼たちにとってのまがまがしい世界桃幻郷を最終的にこの世から消してしまいたいと考えたに違いない。周到に仕組んで、犬人間、君から罠にはめた」
 えええ、そうなのか、と犬人間はまだよくのみこめなかった。
「僕が貸す側だったら、一〇万金でさえ貸さなかったんじゃないかな。君に才能がないと言うわけではないよ。才能があるなら地道な実績を残していくはずで、それを確かめながら少しずつ限度額を上げていけばいいんだ。ちゃんとした業者ならそうするね。そうしていれば君のほうも励みになるし、あるいは悪い方向へそれる歯止めにもなっただろう。それが一年や二年で一〇〇〇万金なんてどう考えても法外だよ。とんでもない高利が効いたにしろだ。まず回収できないのにそんなに貸す金貸しっているものか。はじめから、どうにかしてお前が桃幻郷に援助を求めるのを当てにしていたんだ。もしお前が何もしなければ、直接お前を人質にして身代金を要求してきたと思う。あいつならそこまで考える。お前は自分がみんな仕組んだと思ってるようだけど、この犯罪をしていたのは、お前ではなく、お前を知らないうちにあやつっていた黄金鬼なんだ。別の言い方をすれば、黄金鬼の大きな犯罪の一つの工程をお前は知らず知らず遂行させられていたんだ。僕なりに調べてみた。同じようにして、あるいはもっと巧妙なやり方で、いろんな街や村をあいつは征服してきたんだ。もう、許せはしない」
 桃堕郎は、唾を飲み込んだ。
「しかも、すでに宣戦布告をしてしまった。猶予はできない。――鬼たちは、借金のかたに乙女たちの貞操を売買し、魔薬や狂い酒やいかさま賭博で人の弱い心をもてあそんできた。鬼たちに支配された人々は、額に汗することよりも、他人を騙したり、快楽におぼれたり、一獲千金を当てにするだけの、みじめな奴隷になる。そうであることを自覚することさえできない奴隷になる。あいつらは、そういう誤った価値観を地上に蔓延させるために生まれてきた種族なんだ。これ以上は断じて、許すことはできない。心ある人たちは、あいつらの親切づらした悪心に気づいていた。でも、あいつらは、カネ太郎さんほどではないにしろ、ほとんど不死身なんだ。だから、誰も力では逆らえなかった。どうしようもなかった」
 桃堕郎は感極まってきた。
「今こそ、みんなの恨みをはらす」
「雉娘、虐げられた仲間たちに檄を飛ばすぞ」
「猿人間、掃除はもういい、桃の実の在庫をすぐ調べろ」

 桃堕郎は準備に忙殺された。いつのまにか犬人間がすがるよう土下座していた。
「桃堕郎様、お願いです、俺を罰してください。先ほどのは慈悲深いお言葉でしたけれど、俺は自分が悪いことをしなかったとはどうしても思えないのです」
 桃堕郎は相手の両の肩に手を置いて揺すった。
「もう全部忘れろ。僕は君が好きだ。いまはただ、君と一緒に悪と戦いたいだけだよ。――確かに君にも悪心があった。気が済まないと言うのも分かる。それなら、この戦いで功があればみんな許してあげる、ということにしよう。な、がんばろうぜ」
 猿人間は内心考えていた。
 戦争なんて無益じゃないのか。正義のためとはいえいったい何の得があるんだろう。…………。いや、待てよ。これに勝てば、あの輝く一〇〇〇万金を返す必要がなくなるかもしれない。そうか、きっとそうだ。素晴らしい、桃堕郎様。…………。いや、違う、とんでもないぞ。これからあっちからもこっちからもたくさん応援がやってくるという計画じゃないか。そいつらにかかる費用を考えたら一〇〇〇万金ですらあぶないのと違うか。といって応援が来なければ勝てるわけないし、けちれば勝てるものも勝てないだろうし、ああ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

(『桃』  十八 旗揚げ  了)

 
  十七  決 裂  ▲
 


 

  十九  死 闘  ▼
 


 
小説工房談話室 No.94 ■■■■■■ 
1999/12/18 23:40 和香 Home Page ■■■■■■ JustNet TOP 
 → → →
HP採録 平成12年2月15日(火)〜