二十 勝利
桃堕郎が目をあけると、兵士たちが勝ちどきを上げていた。それはもう何度目かのものらしく(まだそこら中に横たわっているものもあるだろうに)食器の音、手拍子で歌うだみ声もあった。犬人間が大きな息をついて、医者を大声で呼んだ。占領した本部の一室で、包帯だらけのため身動きがほとんどとれなかった。
そこに終日寝たまま、各部隊の報告を聞いたり、市民代表の祝福を受けた。
夕刻になって、雉娘がふらふらと部屋に入ってきて知らせた。
「あれほど言ったのに、桃娘たちが……、桃堕郎さんのためにと無理に無理を重ねて、姫も娘たちも、一本残らず……」
嗚咽しながら、桃幻郷は滅亡しました、と言った。
猿人間は顔を歪めて、それを床に叩きつけた。
「ああ、私らの事業が。くううう、そんなことがあっていいのか」
猿人間の顔が血に染まっていく。
犬人間はしゃくりあげる雉娘に詳細を尋ねた。
知らせを持っていったときにはすでに、桃姫たちの変色が始まっており、葉は散り尽くしていた。まだ意識のある何本かに、勝ったと教えるとうれし涙を流し安堵して眠りについた。そして、そのまま逝ってしまった。もうあそこでは冷たい風があそんでいるだけ。
「なんという……。戦いとは、こんなにも虚しいか。俺だ、もともとは俺がいけないんだ、くそう、桃堕郎様の家族、みんなのなりわい、全部なくしてしまうなんて。いったい俺はなんのために、くそう」
真夜中、猿人間、犬人間、雉娘の三人だけをまわりに呼んだ。桃堕郎は上体を起こしてもらってから、話した。
「みんな。元気を出すんだ。桃幻郷は、かわいそうなことになったけれど、……この戦いは知っての通り、ぎりぎりだった。彼女たちも戦士だったんだよ。彼女たちの努力があと少し足りなければ、そのぎりぎりが届かずに負けていただろう。そうして鬼たちは、桃幻郷を焼き払っただろう。しょうがないよ。彼女たちもきっと本望だと思う。さあ、あいつらの分まで生きていくんだ。僕らは今、この大鬼界のあるじじゃないか。大鬼界を改めて、大桃界を街の名にしようぜ」
「どうやって食べていくんです。もう日本一の種なし桃はこの世にないんですよ」
「馬鹿だなあ。鬼のやつらは、何億何千万金という金や財宝を隠し持っていたじゃないか。融けて死んだ鬼たちはそのまま貴金属になっているそうじゃないか。それらがみんなここにあって新しい正しい持ち主を待っている。違うかい。それにここら一帯で僕ら以上に強いやつはもういないんだ。みんなを守るかわりに、正しい由緒の税金を集めよう。いやだというやつは懲らしめてやったっていい。黄金鬼のやっていた商売も発展的に解消させて、正しい桃銀行を作ろう。みんなから、正しい利息を取り立ててみようよ」
三人はしばらくのあいだ言葉がなかった。
「それが僕たちに残された、ただ一つの現実的な道なんだ。心配しなくても、たぶん、誰も文句は言わないさ」
猿人間は、じっと考えてから口を開いた。
この人はそこまで見通していたんだ。
「そうか。なんだ、そういうことなんだ。かかかか」
空気がはじけ始めた。
「はは、嘘でしょう。俺らにはそんな未来があったんですか」
「わたしはあなたを信じます。ほかの人ではだめだけど、あなたなら大丈夫、苦しんでいた多くの人たちが幸福になれるわ、きっと。桃堕郎様、万歳」
「桃堕郎様、万歳。みんなが浮かばれます」
「いいんですね、正義と言っていいんですね。ならば、万歳。万歳」
(『桃』 二十 勝利 了)
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小説工房談話室 No.114 ■■■■■■ 1999/12/22 09:46 和香 Home Page ■■■■■■ JustNet TOP |
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HP採録 平成12年2月15日(火)〜 |