二十一 オトヒメ
 
 
 
 小屋の戸はすぐには開かなかった。
 土間には吹き込んだ砂が精妙な紋様を描いていた。板張りの床、鍋釜や碗を覆う布、整然と並んでいる彼の工作道具、小さな本棚、畳んである薄い寝具、よく自慢していた貝の細工物、みな、砂ぼこりがつもり、虫が足跡を残し、それが固まっていた。ぶら下がっていた干魚は、触れると落ちて壊れた。
 裏島研究員は、ついに海の底からそれを引き上げた。帰ってきた。探したが書き置きと言えるものも見つけられなかった。浜に置いてあるオトヒメを最初に見せたかったのだけれど。
 裏島研究員はふとわらった。
 噂が広がって、村の人たちが毎日見物に来た。遠巻きにながめる群衆は日ごとに増え、中にはしゃがんで拝んだり進み出ておそるおそるなぜたりする人もいた。
 わずかに熱を持ち、しんしんとかがやき、オトヒメは微笑んでいた。
 ある日、顔立ちに気品のある婦人が話しかけてきた。
「昔のあたしより、ちょっと劣るだけの逸品。というところですか、裏島さん。ふふふ、覚えていらっしゃいます。ね、大桃界に連れていって見世物にしましょう。桃堕郎さんがたいそうな羽振りだっていうから、なんでも雲の上の人になったそうじゃない、天子が選ばれるときの瑞兆、ということにできるでしょう」
 裏島研究員は、日除け帽子の下の婦人の顔をよく見た。
「私、やっと見つけました。あなたもとうとう私との約束を果たしたのね」
「いや、これは」
「つべこべ言わないのよ。あなたは宝物を見つけた。だから、私の亭主になるの」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

(『桃』  二十一 オトヒメ  了)

 
  二十  勝 利  ▲
 


 

  二十二  式 典  ▼
 


 
小説工房談話室 No.114 ■■■■■■ 
1999/12/22 09:46 和香 Home Page ■■■■■■ JustNet TOP 
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HP採録 平成12年2月15日(火)〜