平成9年12月15日(月)〜


みちの国

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あてがあるというわけでもなく
男は
みちのくににまで
やってきてしまいました

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土地の娘が
京の人間を初めて見た
そういう事情もあったのでしょう
男に
切々とした
想いを寄せるようになりました

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なんとか恥ずかしくないものをと
苦吟したのでしょうけれど
こう寄越しました

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このままいたずらに
恋い慕って死ぬのなら
蚕になってしまいたい
ほんの短い命でも
蚕の夫婦は
仲がいいのですから

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歌までひなびている

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男は思いましたが
さすがにほだされるものがあって
娘を訪ね
泊まりました

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深夜
朝はまだずっと先でしたが
これはもう勘弁して欲しいと
男はここをあとにしました

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娘はこう歌いました

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夜が明けたら
水桶にはめてやる
とさかの腐ったにわとりめ
早く鳴きすぎて
あの人が
帰ってしまったじゃないの

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男から
京に帰りますという
挨拶が届きました

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栗原のこおりの
美しいあねはの松よ
あなたがもし人であるなら
さあ一緒に都へ
そうお誘いしたいところです
でもあなたには
抜きがたいほどに
根が張っている
心残りますが
いたしかたありませんね

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娘はこれを見て
涙こぼれるぐらいに喜びました

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あの方はこれほどにも
私をおもっていたよ
みなに触れて回ったそうです

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みちのくにでのことです

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男は
どこかがきわだっているという所もない
人妻のもとに
通っていました

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どうもあやしい
このような辺鄙で
このような境遇にあるべき人ではないはずだ
女のことを
そうまで思えるようになりましたので
詠みました

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この山道を
人知れず通っています
でもそれだけでなく
あなたの心の奥底までも
しのびかよっていきたいのです

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女は
天にも昇りそうなほど
感激したのです

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男よ
誰かが言います

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奥底に分け入って
こんな
土臭い女の
えびすごごろを見つけたとして
それが何になるのか

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