- 昼に起きてみを足してまたおぞうにを食べました。夢は見たはずなのですが忘れてしまいました。ラグビーを見ました。何日も外を歩いていないのでそのあとたったっと歩きに行きました。テレビで勝った早稲田の正門まで行き、南に折れて戸山団地、抜弁天。そこを抜けて新宿御苑のかどまで行き、今度は東へ四谷三丁目。そこで北に曲がって帰途でした。うっすら汗が出て冷めて乾いて、またうっすら汗が出ての繰り返しでした。そのつどマフラーを取ったりジャンパーの襟を立てたりします。一時間半強歩きっぱなし。正月の街は雨上がりでした。ぬれてしっとりして、西にところどころ青空が見えて、そのうちにしだいしだいに暮れていきました。帰る頃には地元の柳町商店街の街灯が星くずのように白く輝くのが遠目で眺められました。知っている道ばかりなので時間は短く感じました。なかなか悪くない都です。着信郵便物、図書、領収証、給料明細、週別計画表、日々計画表、家計簿帳表、そういうものを去年のものはすべて整理してダンボールにしまいました。夕食のあとテレビを見て最後の四冊目のマンガ雑誌を読みました。
- 夏休み前の一週間、私はとんでもないことばかり考えていました。心の通い合う若い二人が自然とそうなるようなことが、あなたと私の間にもおこる。そういう運命がまさに私の現実に舞い降りる。困るなあ、ちょっと困るなあ、などと。恥ずかしい限りです。季節がいけないのでしょうか。
- 縁がなぜかあって私の仕事を助けてくれたあなた、三つのしあわせをくれたあなた、若やいだ姿で私の心を楽しませてくれたあなた、何でもない間柄でもお中元ぐらいあげて感謝を形にしてもいいのではないかと思いました。最も表向きにはあなたの美しい服装に対する賛嘆なのですから当然あのコンビニで手渡すべきです。(会社ではやはりまずいと知っていました)。そう思いつくとすぐ、かっこうのものに思い当たりました。思い違いをさせないために高価過ぎないことやそのプレゼント風でないことが大切です。高価でそれ風のものをあなたは受け取らないでしょうし、受け取ったら、独身の三十三歳の臨時工で品の良くないおじさんが十八歳の輝くばかりの娘さんに贈るその意味に、あなたはかなり異様な感触を持ってしまうでしょう。部屋のすぐ目の前の机の上にありました。大判の封筒に入れ梱包用の青いテープでリボンがわりに結び、それをまた袋に入れて次の日会社に行きました。が、夏休みまであと二日というその日の帰りにはあのコンビニであなたに会えませんでした。次の日、夏休みまであと一日の晩、あなたに会えました。私は勇気をしぼり、挨拶以上のことを話しかけました。佐久間さん、明日にはもう電車に乗って帰省しちゃうんでしょ。少しためらってからええとあなたは答えます。そうかあ、と言ってから私はちょっと手まねきして、佐久間さん、いい物あげるよ、と顔を崩しました。はい、いい物、と二つに折った袋を渡しました。目をやや丸くして袋を見て、いいんですか、とあなたは言います。つまんないもんだけど、僕のお古だけどさ、帰りの電車ででも読んでよ。あとは何か言ったでしょうか。じゃ、またあしたね。帰り道、コンビニのある大通りから横道に折れて、それから、私はやったあとコンビニの袋を振りまわしました。(今、詳しく思い出すと、私がレジにいる時も店を出ようとする時もあなたが見当たりませんでした。背のびすると、店の一番奥で向こう向きになってポテトチップスの棚の前にいるあなたの黒い頭だけが見えました。あなたはなぜかじっとしていました。さっきの場所から奥へ行ってしばらくじっと立っているという感じに一瞬見えました)。プレゼントは本でした。森下裕美作「ひまわり武芸帖」全一巻。以前やはりあのコンビニで見つけたものです。子供相手のプレゼントとか思ったでしょうか。あなたの生まれる前から読んできたマンガ読みの目を信じて下さい。あれは、五年か十年に一冊の傑作です。ギャグの超新星です。私の心の宝の一つです。絵にやさしさがあって、清新で、明るくて異様におもしろくて、キャラクターたちの情が豊かで、調和があってまとまっていて。あなたがさほどのマンガ読みではなかったり何か偏見があるために、なんてくだらなくて、馬鹿みたいで、変態じみていて軽薄な、と思うことだけが心配でしたが、(何も知らない人でも素直に読んでくれさえすればいいのです、ああいういい物は)、翌日の朝、いいものをすみませんでした、とあなたは言いました。ただ、静かにそう言ってそれ以上感想を言ってくれなかったので、私もうまく話を続けられませんでした。にこにこして、いやいや、どういたしまして、ぐらいだけ答えました。まだ読んでいないのかもしれない。帰りの電車でとか俺も言ったものな、と思いました。その夏休みの直前の日、すでに駅に向かったのか、帰る用意をするためか、そうではない別の用事か理由があるためか、あそこであなたとは会えませんでした。
- 当時の私がなんと言おうと思おうと私は狂いかけていましたから、夏休みの間の私の心境は推して知るべしです。一週間近くあなたのユニホーム姿も私服も目にすることが絶対にできず、公的であれ私的であれあなたに話しかけることも声を聴くことも絶対にできない日々というのは、あなたを知ってから初めてだったのですから。その上、せっかくのその一週間近い休みの間、たいした用事がなかったのです。
- 例えば、麦わら帽子をかぶってあなたの女子寮を探し歩いたりしました。たとえ見つけてもあなたはいないから安心だと思ったのです。地図や電話帳までひっくり返しましたがついには徒労で、発見できませんでした。
- 今日はここまでにしましょう。今日書いた私は今思うととてもかわいそうですけれども、あの頃はあの頃なりにせいいっぱい充実していたなあ、という気もします。
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