「とにかく、僕がもう行くなと念押したのに、まだ間宮さんの所に一人で行くようなら、これはもう終わりですね、忘れます」
　と言うナオ君。これが今日の結論か。
　とにかく、僕とナオ君の間では、僕は引き、彼にゆずった。

　でも、やっぱりそうだったのかもしれないなあ。
　僕を甘く見ていた佳子さん（会話中の用語）は、ナオ君にあいたさで、この部屋に来た。間宮さんはひどいことするわけないし、明日、会社にもすぐ行ける。いろいろ考え合わせると都合いいように思ったのかもしれない。
　彼女にとって男の部屋というのは、あまり怖くない所、実際、今回もやられはしなかったのだから。
　でも、そうとはいえ、ひどいよなあ。三角関係でさんざんあおっている男、自分のこと好いているのをうすうす感づいている男の所に泊まりに来るのは。して下さい、と言うようなもの。
　ただ、ナオ君と僕の間がとても「ツーカー」で、日曜にはすでに僕が関係を知っていたという前提だったのかしら。だとしたら、彼女はバカ。エクスタシーでどっか落ちてたね。

　なんか、三十日に耳にやさしいさんと会ったとき、前項のことあたり、話してしまいそうだね。

　なんか、スッキリ。（全部はっきりしたようで、わずかにさびしさあるもスッキリ）
　昨日は、こんなにも彼女のこと好きだったのかと思うも、
　今日は、このぐらいしか彼女を思っていなかったかと思う。

（午後六時三十五分）

　今、思いついた。
　昨日の話で、二十日の朝のことを、ナオ君に言うまで、水曜日、彼女がロングスカートに黒バッグで来たのはナオ君とのことのためと思っていた。
　つまり、当初、ナオ君から佳子さんの前日のいでたちを教えられた木曜の午前中から、その日、同じような格好で来たときあたりは、僕とのことのためと思っていたが、一昨日、ナオ君言うところの「シナリオ」に姿借りた告白聞いてからは、ナオ君にやられちゃったためのイメージチェンジととっていた、今まで。
（ちなみに昨日の彼女の姿は、ボーリングに適した白ズボン。上はユニホームなので不明）（バッグも黄の網）
　が、つまり、ですねえ、ナオ君に金曜遅くやられちゃってから初めて出社するはずだったのは月曜のはず。あのとき、僕と何もなく、よく眠れていれば、あの薄いＴシャツ（ノーブラ）とミニスカート、パンティーストッキング、ショーツという格好で出社したはず。それが、彼女の服装によるメッセージだった。（バッグも黄の網構造）
　それが、月曜の朝、ああいうことあって休み、火曜も休んだあと、水曜に来たときは、ロングスカートに黒バッグ。僕が里帰りと知っていたか？ 一日休むそれも水曜日と話したような気もするが忘れた。彼女も忘れていて、僕出社していてもいいように、その格好してきたのでは？（とにかく休まないのが当たり前の僕）。そして、次の日も続けて出社して、僕にその姿見せて、目的は達したのか。翌日（金曜）休み、そして、土曜は、元のような明るい白いズボンに黄のカゴ。
　ミニスカートはナオ君へのメッセージ。暗いロングスカートは僕へのメッセージだったか。
　僕と戦闘状態になってもいいよう身がまえてきたけど、拍子抜け気味で、わたしにしてはナーバスになってたと考え直して、元に戻した、のだろうかな。あるいは、わたしはこういう女なんだからマジになられては迷惑というメッセージであろうか。

　しかし、僕が自慢たらしく日曜のことをナオ君に言うわけないと、彼女は読んでいるだろう。
　しかし、第一日目にナオ君の方が僕に話してしまい、第二日目に僕が彼に話してしまう、僕ですら決して言うまいと思っていたこと、彼女、読めていないだろう。ナオ君だって、月火木金と僕をだましていた。僕も、月火木金土と隠し事。
　ナオ君だって、僕には決して話すまいとしていただろうに、はじめは名前を伏せて「女」として描写、そして「シナリオ」「作り話」と断わって佳子さんヒロインの物語、このスタイルの魅力に負けたのだろうね。
　その魅力の主なものは、何も知らない競争相手に対しての天の高みからのような勝利感か。（ややおおげさ？）
　まあ、第二日目に僕も似たようなこと味わえたが。
　にしても、彼にも言ったが、勝利者は彼。少なくもバイト仲間のトップは彼。昨日土曜日の僕の告白、僕にとっては「はじめ面白く、じんわり悲しく」ナオ君にとっては「はじめ辛く、時たつにつれてうれしく」というやつか。
　ま、彼が僕の話のいくらかか全てを嘘だと疑わないなら、彼、今は幸せだろう。
　僕の人柄を信じていれば、僕とは良い奴だとわかっていれば、まあ、疑っていない。が、そういうふうに僕を見る以上に、佳子さんを愛し、好きで好きでしょうがないなら、実はしたんじゃないのか、間宮さんにウマク言いくるめられたんじゃないのか、男として恥ずかしいこと死んでも人に言うだろうか。二十数人と寝たことある男がエレクトしないか？ などと疑ってるかもしれん。
　彼女が協力的じゃなかったこと話したが、普通男ならそこまで言わない。それを言ったのは、僕（ナオ）を安心させるためか、つまり、そうではなかったのか、間宮さんはおりて、僕におふるを引き継がせるためにあんなふうに言ったのか。前の晩の僕（ナオ）の話は、知らなかったゆえにショックだった。それで佳子さんを捨てる気になったが、僕に対して腹がおさまらないので、次の晩、ああいうふうに話をしたくなった。しかし、殺し合いにならぬように、何もしなかったと作り直して。それとも、全く何もなく、泊まりになど来なかったのに、腹おさまらないため、今度こそ本当の作り話をしたのか？
　そうだね、このぐらいは疑うはずさ、恋する男なら。もし、彼が今、疑っていないなら、佳子さん以上に僕に近しさを感じているから。いや、彼自身気付かないほど近かった。
「ああ、すっきりした。これでナオ君に何も隠し事がない」
　そのあと少しして、
「でも今の話全部嘘だって言ったら、信じる？」
　彼、首ふって、
「いや……今の話、全部聞いちゃいました」
　そういえば「僕は一滴も漏らしていない、子供できたら、全部君だ」とか言った。
　あるいは「ああよかった、もう少しで君と穴兄弟だ。地獄だった」と言った。
　いろいろ考え、思い出すと、言葉としては、昨日の晩だけでなく、後になって彼を苦しめるだろうことを本能的に言っていたと思う。
　が、表情は、すっきりしたこと、「ああよかった」こと、「あぶなかったなあ」とかいうことを、とても素直に現わしていたはず。
　僕の表情を読み取れていれば、彼、安心だろうが。
　でも、恋のさなか、人はそれほど冷静にはなれまい。（僕もそうだ）。あまりに良くとるか、あまりに悪くとるかのどちらか。やはり、彼は今、苦しんでいる。ぐふふ。

　たった今まで、ナオ君は言う気はなかったのに「シナリオ」スタイルの魔力にそして僕への勝利感にその上僕のうまい誘導によって酒によって、話してしまった、と思っていたが、実は始めから彼は話すつもりで決めていて、ショック少ないように「シナリオ」を選んだような気が今した。
　が、コンドームからの展開、対抗意識というか女自慢が高じてという感じ、とても自然で、あれ、ナオ君のプランなら、相当な男だよ！ （だから違うだろう）

　何より、コンドーム使うことにいつなるかもしれないということ、佳子さんとのことで実感。
　そしてその上、女と寝てもいい時に、エレクトしないなんてこともうごめんだという実感（今回は結局幸いだったが）。で、コンドーム買うことと一緒にオナニーを控えること、そして、女と会う日決まっているなら、できるだけ、その前に射精をしない日数を持つことなど、考える。
　そしてさらに、「するしない」でなく「やろうと思えばできる」という状態こそ、男の強みと知る。実際にはしないにしろ、やってあげようと思えばできた、というのが大事。
　いつでもできるのは女であって、デリケートなのは男。なのに、男ならいつでもできるようでなきゃ男らしくない。ああ、かわいそうね…

　ここまでの内容は、第二十一節以前の叙述と微妙に矛盾する部分がある。「嘘だって言ったら信じる？」の前のせりふはどっちが正しいのか。いや似たせりふを二回言ったのか。本当に「たった今まで」ナオ告白は故意ではないと思っていたのか。二十五日朝の検討では「いつかは言おうと考えていた、ということもありそうだ」と書いているじゃないか。などなど。が、それもまた面白いので、修正はよそう。つまり、この二十六日の考察群が種になっているのだからしょうがないのだ。おわかりいただけると思うが、のカッコ書きで弁解しているものとしましょう。こんな筆者を許してください。

　間宮は、十八日土曜未明の電話は佳子さんナオ君協同の悪戯と翌日ぐらいには推理していた、というおおむね嘘の話をしたことを書くとき、推理として本当につじつま合ってるのだろうかと十七日金曜のことを思い出そうとした。そしてすぐ、もうどこかで書いていたのではと気づき、ページを繰って二十五日つまり昨日の朝ナオ君がまだ寝ているときに書いた記事を見つけた。自分の文章を一二度読み直した。
　次にそれを載せるが、これは再掲となる。ただし今度は、原文を全くたがえずに写してみよう。

　１７日、金曜日は、佳子さんボーリング行こう、と言ったが、７時まで残業なことナオ君用事のあることを伝える。「だからなあ…」と僕。そのあと、トイレの前で会ったとき、「まだボーリング行く気ある？」と聞いたら、「７時までやるんでしょ。じゃあ、パス」とのこと。彼女６時。ナオ君も６時にふっさらして帰った。僕、７時までやったあと、芝君とボーリング。そして、その晩の未明、３時４０分頃、ＴＥＬあったはず。

　間宮はこう考えた。
　佳子さんは昼頃、今日ボーリング行こうと言った。たぶんこの時点では、佳子さんはボーリングがただ素直にしたかった。僕に断わられて、またナオ君も用事あるということ聞いて、一旦はあきらめかけたが、ナオ君本人に言ったら、ＯＫ取れた。で二人で六時にふっさらして帰った、と言うことか。間宮さんには内緒ということにするのがちょっと面白い気分もして。で、それがそのまま翌日未明の電話へとつながった。
　違う見方もできる。
　十七日、まずはじめにナオ君が佳子さんをボーリングに誘った。いなやはなかったが、二人だけで行くというのはまだ少しだけ気が進まなかった。重いことになるのは面倒だった。で、いつもの三人なら気楽だしと間宮に声かけたところ（わたしが助け船をお願いしてるのに、安心できて頼りになる人というつもりもあったのに）六時からの予定に間宮は七時まで残業しなきゃとか馬鹿正直なこと言っているし、しかも、ナオ君はこのことを仲のいい友だちの間宮に正直に話していないことが判明した。用事があるなどと嘘までついていた。つまりボーリングがしたいというだけの無邪気な誘いではないのだ。佳子さんは間宮の話を聞き、密かに唾をのみこみ、ナオ君の覚悟を悟った。これで胸かどこかを撃ち抜かれて、しびれて、すっと裂けた。という訳ではないのか。
　夜、河のほとりや街の灯りの下で互いを引き回し言葉をもつれあわせそのあと、佳子さんはナオ君の想いにわが身を供した。その報告がてら、新しい彼女の位置どりをはっきり認識するためにも（心の表面ではタチの悪い冗談というつもりだっただろうけど）、直後に間宮の部屋へ電話をした。わたしはしあわせよ、ごめんね、…… この日、間宮も一緒にボーリングに行っていたら、…… 佳子さんが言うのだから仕事など二の次にしていたら、…… あと少し勘が鋭ければ、……
　九日後であれ、十二年後であれ、いずれにしろ、過ぎてしまった一日はやりなおせないのだが。
　間宮があまりにも恋心を募らせてるので、ナオ君も煽られて、という面、あったのだろうなあ。

　それならばどうしてあの晩、何かされそうになったとき「ナオ君と寝たけど、それでもいいの」と言ってくれなかったのだろう。言わなかったのだろう。
　それが間宮をてひどく傷つけるから。
　誤解なのだけれど、男がせっかく頑張ろうとしている、そのけなげさに水さしたくなかった。
　間宮に知られたくなかった。
　その告白が男を鎮静化するとは限らず、逆の結果もたらすかもしれないこと、はっきり自覚したのではないが知っていた。
　もしかしたらと賽を振ったけど、ナオ君はいなかった。めぐりあわせ、そう観念した。

　二十六日日曜午後九時から、間宮は、テレビで映画『真昼の決闘』を見、涙流している。この前後に五ページ書いているわけだから、寝たのは相当遅いと思うのだが、安易には言えないのだろうな。何しろもううまく想像のできない筆の速さなり密度なりなのだ。