八月二十八日火曜の夜、気づいたことを思慮深く整理しよう、と、間宮は次の表をノートに書いてから始めている。
| 日付 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 間宮 | ○ | ○ | × | ○ | ○ | ○ |
| ナオ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
| 佳子 | × | × | ○ | ○ | × | ○ |
○=出勤 ×=欠勤
ナオ君の話では、二十三日の帰り偶然一緒になったので、佳子さんとボーリングした、とのことだった。が、偶然一緒になってボーリングしたという発端は、問題の十七日もそう。
二十五日、佳子さんが昨日休んだ訳を言ったが、歯医者がどうのこうのと言っていた。
二十三日の昼に、平林さんと彼女の話で歯医者に行くこと話してたから僕も信じた。
が、そういうことはあるとはいえ、ナオ君の(二十四日夜の)告白のシナリオは前夜(二十三日の夜)のことだったとすることはできないか?
ナオ君は昼近い出勤となった二十四日、おばあちゃんの所から来たと言って、確かに服も洗濯されていた、が、工作しようと思えばできる。
……というのは、なぜ十九日に彼女が僕の所に来たかが、まだ謎だから。ナオ君にヤラした次の次の日に男の所に来るだろうか? 佳子さんだからこそ、と思ったが、それは僕の思い込みすぎでは?
二十三日は五時に終わり、早かったことは確か。佳子さん、確か帰りぎわに僕に、ボーリングするの、ときいたはず。八時の用事の前にナオ君とする、というのはわかる。が、芸がなさすぎ? 先週も同じことしてんのに。
そして、あの五時退社の日、ナオ君、やけにあわてて帰ったの覚えている。あれは何か?
しかし、十七日の晩のTEL、なんと説明すればいいのか? 彼女が単に僕の教えたメモ、まだ持っていただけか? 先週金曜深夜に二人が一緒にいたのではないなら、あのTELがまたあいまいになる。
それとも、十七日が彼らの初夜ではなく、もっともっと前から関係があったのか。今思えば、あの二人なら、そのぐらいのことしてて、隠し通すことなど簡単。
この項書いたのは、私のエレクトしなかったのは幸いだったのでなく大失敗だったのでは、ということ。そのため、二十三日にナオ君にされてしまった、ということ。
しかし、やはり今の所、ナオ君の話が本当、とした方が多くの説明がつく。
これを書いている火曜にはもう、二人は一緒に動物園の推理は勘違いだったらしいと、間宮は自分で自分の非を認めざるを得なくなっている。昨日の名探偵ぶりは、全くの空騒ぎだったようだ、と。ただし恥ずかしいのかノートには何もなく、上の如き別の推理で新発見をしようとしている。つまり以後一切触れないことで敗北を認めている。
「彼女は日光へ行ったみたいですよ」
これを聞いたあたりでほぼ、間宮は破綻を悟ったはずだ。
間宮が何も書いていないので、あらためて検討してみよう。
二十五日土曜、佳子さんはナオ君に約束していながらボーリングをパスした。佳子さんがボーリングを嫌がった真の理由は、翌日曜、動物園にしろ日光にしろ、既に予定ができておりそれに備えたかった、ということだろう。歯医者の麻酔による体調不十分を勘案すると、遅い時間までのボーリングは気が進まなかった。
まず、この土曜の夜間宮と別れたあの時間から後ではナオ君は佳子さんと会えなかったはずなので、流れで翌日も遊んだというのは無理と言える。
では、次の日、日曜日、前から相談して動物園行きが決まっていたとしたなら、土曜のボーリング場で佳子さんが来ないと判明したとき、ナオ君があれほど残念がることはないのではないか。週末の土曜うまくすれば翌日の日曜も恋人と過ごせるという期待、もっとうまくすれば間宮の目の前でそれをすることで残酷にいじめられるかもというたのしみ、これが壊れたための落胆、と考えるとあれはふさわしい。代替として「きのう言ったことは全部本当なんです」という発言がついこぼれた。
ナオ君が佳子さんの電話番号を知っていたとして、日曜当日誘って行ったとすると、今度は、佳子さんが前の日ボーリングを嫌がった方の理由が弱くなる。あの日間宮も感じた通り、はっきりしだした参加メンバーから考えると、三度目の三人泊まりになる可能性が高く、だけでなく前の二度とは違い、男二人とはそれぞれわけありになっている。面倒が起こる予感が佳子さんもしただろう。素直に避けたいと思ったかもしれないし、佳子さんならむしろそこに飛び込むという気が起こってもいいが、でも、翌日楽しみにしていた旅行があったなら迷わずパスということになる、これは自然だ。(ただ、体調不良と面倒のはちあわせでさすがに尻ごみ、ということなら、これだけでもまあ弱くはないか。気分がすぐれないとふだん前向きの人も憶病になる。彼らに連絡手段があった場合は前日ボーリングを嫌がったというだけでは反証とまではならなそうだ。とはいえ)
なにより、もう秘密は割れてしまっているのだから、動物園行きぐらい本当に行ったならナオ君は肯定すればいいはずだ。あそこまで否定する理由がない。間宮が効果のおぼつかない空言を並べたのと同様、ナオ君も損するかもしれないと意味薄く隠蔽した、なんてことがあるだろうか。
足して引けばやはり、これは彼らの言い分が正しくナオ君は誰かと動物園、佳子さんは別の誰かと日光という方におおむね落ち着きそうだ。
間宮も、日曜日一緒だったとしてももうどうでもいい、勝手にやってくれ、という投げやりな心境だっただろうから、パズル解明の見事さにほれてすんなり負けた。
別の見方からすれば、日曜日佳子さんに用事あると言われ会えないことはっきりしていたので、この土曜のボーリング、ナオ君としては楽しみだったのかもしれない。いつでもどこでも一心同体と言うほどには、そう間宮はもう思い込んでいるが、彼らはまだ近しくはなかった。あるいは、SEXしたからと言ってどうの、なかよくしなきゃいけないなどという感覚が彼らには特に佳子さんの方にはない? いや、違う、これだけはないのではないか。そういう感覚の「濃淡」はあったかもしれないが、無いというところまであの二人は堕ちている人間ではなかった。若く活発なぬくもりある奴らだった。
やや可哀相なので弁護も付記する。なぜ間宮が安易に錯覚してしまったかと言うと、二人がそういうことならきっちり忘れてしまいたいという願望があったことは間違いなかろうが、あそこまで言ってしまった以上は、二人がくっついてくれないと佳子さんに対して重ねて悪いことをしたことになってしまう、という危惧があったのだろうな。念書を書かせた動機にも通ずると思う。
しかし、あれが嘘だったら(例えばまだ一発もしてないとしたら)ナオ君は天才だぜ。
これは、ごちそうを食べるとき、とにかく誰よりも一歩でも早くそこにたどりついて平らげてしまうタイプと、とにかく競争相手をことごとく打ちのめしてからおもむろに食べるタイプと二つあるのではないか、ということだろう。さすがにそこまでは無理でナオ君は前者であったと思うが。
きのうのエロテープ、ナオ君は、早川さんの所からTELしたらしい。
BUT、としたら、電話でいろいろ話したのだから、早川さんも事情を知ってる、ということ?!
現実とはそんなにも奇想天外なことがあるものだろうか(例えば、ナオ君の話が嘘とかいうこと)
俺にしてみれば常識外。
だって、人に隠しごとをし、内心ニタニタしているより、お前はこんなにもみごとにだまされていたと種明かしすること、相手の表情を見ることの方がずっと快感じゃないか。
君にすすめる一杯のお茶
−−まだ僕たちは友達だろう?
傷つけ合ったり、だまし合ったりするのは、もうやめよう(?)
戦争と平和
戦いであるときは、秘密にし、だますのはしようがなかった。
でももう、疲れたろう? 戦いに疲れたら、信じ合うしかない。
しなかったことが(正確には、できなかったことが)結果的にはよかったのか悪かったのか、間宮には考えれば考えるほどわからなくなっているらしい。
今でもわからない。ふつう、歩まなかった別れ道を、もしだったら、と甘く夢想することはありそうに思える。が、間宮にはそういうのはほとんどなかった。間宮と佳子さん、という組み合わせにしろ、間宮とナオ君というふりだしに戻る形にしろ、どうもしっくりしないのだ。惜しいと感じるのは、ああいう三人が続けられなかったかくのごときさが。
動物園以後の二晩の考察は、それ以前に比べてだいぶ鈍い。考えが疲れてきている。頭焼き切れる寸前の様相とも言える。夏終盤のうだる日々なのではないか。数日間加熱しっぱなしで、生体が拒絶反応を起こしかけている。
(例えば二週続けてボーリングというのは芸がないから不自然と言っているが、連夜ボーリングしていた男がどうしてそういうことが言えるのか、よくわからない。まだ何か隠し事をされているに違いないという結論に持っていくためのこじつけ、そのきらいがある)
自分が不倫をした娘ほど、結婚してから亭主の浮気を疑うそうだ。嘘つき間宮が、彼らの隠し事を詮索し、結局何も分からないことに悶えおかしくなりかけるのも、しようがないのだろう。
次は翌日八月二十九日水曜の記載。
今日、仕事中に気がついた。
前に、なぜエレクトしなかったのか考えたとき、ゴキブリの呪いかと考えた。5〜6匹殺してるし、中に交尾中の二匹、殺ったのがあった。そのため、この部屋では、交尾できない。
が、今日、仕事中、耳にやさしいさんのこと考えて気づいたのは、彼女のプレゼントのこけし、本たての所に飾ってある。そのこけしの見おろす下ではやはりできないでしょう! …ということ気づいたの。
思わず「そうかあ」とため息まじりにかすれ声。
早ければこの日、たぶん翌日の三十日、まさか尊属殺の友人から残暑見舞の返書が届いた。第十四節に掲げた通りである。親友の忠告は、遅かったみたいだ。
次節からは長い蛇足である。
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