平成11年4月11日(日)〜
缺けてゆく夜空 その四 ノート
間宮ノートが突然、生気を帯びる。 若い女性を絞殺 中野 貼られている切り抜きから上の通り写した。 被害者の女性は当然ながら知らない名前だった。写真はなかった。 この人が「中野の女」であったら、と、間宮は気づいた。 記事の通りなら殺人は月初だが、まず偶然のはずだが、そのあたり以降、間宮はナオ君にも佳子さんにも会っていなかった。 そんな馬鹿な、と一笑で夕刊を畳んでしまおうとした。すすす、と口先で自分を嘲ってケリにしたかったが、しばらく唸り、ゆっくり顎を振りながら舌打ちなどし、これは逃げかもな、と感じた。ひとり笑いをして、真面目に取り上げるべきなのかどうかまだ迷った。一瞬、間宮の所へ刑事が来る、ということまで考えが及んだ。 そりゃ、十中八九などということはない、しかし、百に一つならある。 丹念に読み返し、思案をめぐらした。十に一つまで、という気がした。「中野の女」はデパートガールという触れ込みだった。記事には無職とあるが、生活のためには何かしていたはずで、それが百貨店販売員のアルバイトということもある。デパートの売り子はたいていそこの正式社員ではないという事情を聞いたことがある。こじつけだろうか。もう辞めていたとか職業を偽っていたとかもあっていい。つまり短い時日の間や、彼女の口から間宮の耳までの間のどこかで変形してしまう程度のことではなかろうか。「男(二〇)」という表記が放してくれない。「足しげく」通う様が見えるようで、近隣の証言そのままなのか記者の修辞なのか知りたいぐらいだった。 彼らには触れないで済ましてきたが、こうなってしまっては、もう避ける訳にはいかないか、……さすがに。後になって何が大切な事柄になるか分からない。知っていることを忘れないうちに書き残しておかなければならないだろう、おれが。と、間宮はかなりの負担を感じつつ思った。些細なことはいいや、大筋だけあれば必要になったとき拠り所にして思い出せる。ノートの中だけのことではなく現実に、彼を追い詰めることになるかもしれないが、逆の場合だってある。真実が通るならそれが最善なんだ。 結局思い過ごしなら、それでいいのだから。
以下についてだが、この夜間宮が自分の記憶をたどって確定していった日付と思うので、狂いがあるかもしれない。ただ、間宮ははがした吊り下げカレンダー(または反故原稿用紙)をいくつかに折り畳んだ裏白に、一日の予定を黒ペンでメモして携行し、実際にしたかどうかなどを赤ペンで丸で囲んだりして書き加えていく癖があったので、あるいは、これなど引っ張り出したとするなら案外精確とも考えられる。このメモ類(日々予定表と名づけるべきもの)は年末に一括破棄してしまっているので証拠はないが。
10/20(土) ナオ君、辞めた日
という記載が、螺旋針金カレンダーに書かれていたと、筆者は既述しているが、これを書いたのは当日ではなく、この十一月十二日間宮がメモや記憶から推断しこの日だったはずだとカレンダーに入れていった記載、という可能性がある。(この時期食事メニュー以外で彼らの行状が出ているのがここだけという点が気にかかっていた。家計簿にはなく、ノートでは全く無視していたのに。カレンダーに当日書き記す事柄としてはあまりに、いかにもの風で、そういう間宮らしくない)。少なくともこのカレンダー(螺旋針金カレンダー)を見ながら事実を整理していったとみなすのが自然なので。
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[28 殺人 了]