平成11年5月13日(木)〜

缺けてゆく夜空 その四 ノート

29 回想(1)



 

 十月二十七日土曜出勤の夜。間宮は部屋で『ディアハンター』というテレビの映画を観ていた。その最中、ノックの音がし、画面を振り返りながら立ってドアを開けたところ、ナオ君だった。
 こいこいと手招きし自分はすぐテレビの前に戻った。イヤホンを抜いて音を出し、かたわらに来たナオ君に「いいところなんだ」と声をかけると、佳子さんもすわろうとしており間宮はびっくりしてしまった。
 気分を出すため部屋は暗くしておりそれはそのままにした。十一時か十二時頃、その映画は終わった。実のところ、彼らが来てから集中力がそがれ十分には楽しめなかった。間宮は二人のために簡単な注釈を入れたが、途中からの彼らにしてみればにわかに興趣が生まれるはずもなく、それならいっそ消してしまえばいいのだが惜しくてできず、中途半端ということになった。
 ページワンを午前三時ぐらいまでやった。夏の頃のような盛り上がりはもうなかった。
 ナオ君が佳子さんを前に抱いての、三人ざこ寝となった。二人は静かで、ふざけ合うという様子は皆無だった。間宮も熟睡ではないが不足なく眠れた。
 翌日十月二十八日日曜。起きてから、用事あると間宮が言うと、二人は午前十時頃帰った。
 将棋のテレビが好取組で最後まで観戦したかったのだが待ち合わせに間に合わないためやむなく出かけようとしていたら、電話が鳴った。やはり同じ番組を見ていた思慮深い先輩からのもので、待ち合わせを遅らせようということだった。さすが先輩と合意。
 午後一時上野。上尾へ二時頃着き、透き通る肌の姉妹と合流した。純で芯のしっかりした彼女が準備運営に関わっていた埼玉産業フェアへ。
 ナオ君は一週間前にバイトを辞めている。この翌日十月二十九日月曜は当然、佳子さんのみの出社だった。
 ここで、ナオ君の辞める近辺のことも少し、とノートの上で間宮は思った。

 十月十九日金曜、巻毛青年の送別会を兼ねた同窓会に出るため、間宮は五時で引いた(この用がなければこの週は六十八時間労働になるところだったのだろう)。部屋に戻ってから地下鉄駅に向かったのだが、地下二階の上りホームに降りてみると、はじっこにナオ君がいた。彼はこの日を含め二三日バイトに来ていなかった。六時頃だった。まあ、きっと、佳子さんを待っているのだろう、と間宮は推量した。ナオ君は言葉を濁して認めなかった。電車が来るまで一分ほど話した。就職決まりました、とナオ君が言った。中野の喫茶店だそうだ。黒い上下の胸元に白いフリルの見える、妙におしゃれな服装だった。その喫茶店の制服なのかと思ったが確かめなかった。間宮さんはどこに、と言うので、彼女とデートと答えておいた。
 間宮だけ乗り、ナオ君はそのホームに残った。
 翌日、休日出勤だった十月二十日土曜、午前中、川尻とかの名のナオ君の友だちという青年から会社に電話があった。ナオ君は出勤しておらず、社員を二人経由したのち、間宮に替われということになり、出た。
「松崎君いないだろうか、行方わからないだろうか、実家で不幸があったらしい」
 とのことだった。彼のアパートへはもう電話したが連絡が取れないということなので、それならこちらでも分からないと話し、間宮は、会えたら必ず伝える、とだけ約した。昨夕のホームでの邂逅で、引っ越してしまうようなことも聞いていたので、これは来週の給料日までだめかなという気がした。
 午後になって佳子さんが出勤してきた。そうか、と間宮は思い、すぐ彼女に電話のことを話した。もし会えたらそう伝えて、とお願いした。
 終業の五時近くになってナオ君が出てきた。佳子さんが伝えてくれたらしい。しばらくして課長とともに皆の前に並んだ。
「父君が亡くなられたそうだ。松崎君は故郷の北海道に帰ることになった」
 という課長の言葉の後、ナオ君が短く退職の挨拶をした。いつのまにか来なくなるとか、本人が一人二人に頭を下げてとか、それがアルバイトの普通の辞め方だったから、なりゆきとはいえ、異例の扱いになった。
 もともと早川さんはじめ社員の人たちにもかわいがられ人気のある奴だったようだ。何人もが囲み、気を落とすな、故郷(くに)でも頑張れ、と励ました。間宮はあえて何も言わず、少し離れて手をあげて目でうなずいた。
 翌週、十月二十三日火曜の夜。ナオ君が間宮の部屋に来て泊まった。
 その晩の彼の話の要旨。
 北海道の実家へ帰って、また戻ってきました。
 行く前の土、日と佳子さんとずっと一緒だったんです。
 彼女も一緒に北海道行きたいようなこと言ってました。
 中野に就職決まっていたので、引っ越しの用意済ませ、新しいアパートに手付金も払っていたのに、父親(義父のはず)死んだと聞いて、これはもうだめだ、東京にいられない、とキャンセルしちゃいました。
 しかし、佳子さんと話すと、彼女と別れたくない、それに東京にも未練あって、結局、北海道から帰ってきました。
 つまり、現在、宿無しです。持ち物は運送屋預かりなんです。加えて金無しです。
 間宮は、その喫茶店に泊まり込んで金貯め、佳子さんと早く結婚しなよ。と、単純明快だが不親切なアドバイスをした。それだけのことじゃん、と。ナオ君の言外に、間宮の援助を期待する気配を感じたのだ。
 佳子さんとの結婚についてはすでに観念しました。
 翌日十月二十四日水曜の朝別れた。喫茶店に出勤すると言う。そして三時頃会社に来た。最後の給料を受け取りに。
 ここから、冒頭二十七日へつながる。

 




[29 回想(1) 了]




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