平成11年12月18日(土)〜

誕生日
 
 
 

 身内話を一つ。

 小説を書くのが好きということは、うそつきですと公言しているようなものです。

 身内というのは、私の姉のことです。
 この姉が、四月一日生まれなのです。(そのせいか、とても正直かつ素直ないい女でした。弟が言うのもなんですが)
 ああ、これをネタに、何度いじめてしまったことか。

 ところで、四月一日が誕生日の人は、早生まれになるというの、ご存じでしたか。
 つまり、同学年で一番若い。四月二日の人より、一学年上というわけです。
 これが単なるおまけではなく、正しい理屈に基づいているということが、大きくなるまで理解できない弟でした。




 小学校の一年か二年だった。
 数歳年上の姉が大好きだった。
 その、姉の誕生日が近づいてきた。春休みだったので、時間はたっぷりあった。
 勉強机の上や、部屋の隅で、工作を始めた。
「わかちゃん、何してるの?」
「なんでもない。見るなよ」
 姉を邪険にした。が、聡明だったのでなにやら感づいたようで、以後、見て見ぬふりをしていた。
 家庭は、かなりさらっとしたもので、誰かの誕生日だからといって、贈り物をするとか、どこかに記念の食事に行くとか、そういうことはそれまでまずなかった。
 そういえば誰それの誕生日じゃない?
 ああ、そうか、おめでとう。これをあげよう。
 と、夕飯の席で、おかずを移してくれるという程度のことしかなかった。

 四月一日。
 姉の誕生日がやってきた。
 弟は、胸に抱えるぐらいの大きな包みを、勉強机の下から引っぱり出した。
 ほかの家族は、わかちゃんどうしたの、それ、と初めて見るもののように驚いた。
「お姉ちゃん、プレゼント。僕が作ったんだけど、いいものが入ってるよ」
 姉は、準備していたはずなのに、ちょっと言葉がつかえてしまった。
「あ、あり、がと・・・」
「あけてごらんよ」
 姉は、新聞紙でぎこちなくくるんであるそれを開けた。何枚もでくるんであった。
 するとデパートの鮮やかな包装紙の四角いものがでてきた。
 この包装紙のセロテープを剥がして、広げた。
 お菓子か何かの金属製の箱がでてきた。
 このふたを開けると、手ぬぐいで包まれたものが中にあった。
 これを取り出して、また広げて、・・・

 ・・・そうやって、包みを解いていったのだけれど、まだしばらく本体が現われなかった。
 画用紙でできたクレヨン書きの包みの中から、最後にとうとう、キャラメルの箱がでてきた。
 姉は、ちょっと歯を見せていた。まっすぐ切りそろえた髪が揺れた。振ると、軽い音がする。
 その箱をひらこうとしているときには、弟はこらえきれず、はじけそうだった。
 キャラメルの箱の中からは、一枚の牛乳ビンのふたが転げ出た。
 弟は、きゃらきゃらと笑って、
「やーい、四月馬鹿。エイプリルフールだもんね」
 姉は、とびはね踊っている弟を、見た、と思う。
 眉ねをゆがませて、湧き出るもので黒い瞳がふるえていた。

 この家庭では、その後も、あまり誕生日というものを祝うことがない。

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
作品記録:
 1998-04-04 小説工房談話室 #93 「四月一日」
 1998-04-07 小説工房談話室 #96 「RE:やっと… → 『悪魔の子』」
 1999-06-22 上の二発言内の文章を「初稿」とする。これを再構成し、『誕生日』と改題。小説工房談話室 #1615 にて、「哀憐笑話(九)」として発表。二稿。
 1999-12-18 本頁に掲載。二稿のまま。