平成11年5月13日(木)〜
「使って下さいませんか」
ドアを開けると、手を合わされた。
額を、人差し指で突いて、顔をよく見回した。
「おれ、一人だから、たいして家事なんかないんだよな」
「お安くなってます。どうか、お願いいたします」
「ふん」
値切った。
雇うことにした。
「お風呂に入っていいですか」
「だめだ。風呂場が汚れる。そこで服を脱いで、雑巾で拭くんだ」
「はい。かしこまりました」
しばらく眺めていた。安物のくせに細部までよくできているように思えた。
夜。足首を持って引きずった。
「やめてください」
停止が醒めて、よくしゃべった。
「エッチは法で禁じられています」
・・・・・
「そういうことを強制的にされると、プログラムが壊れます。その場合、あなたの安全は保障できませんよ」
「バーカ。誰がお前みたいな油臭い機械」
「水素燃料です。潤滑油も臭わないはずです」
口ごたえされた。
蹴飛ばした。
台所の床に座っていた。はだけたおなかにチューブを繋げて、ボトルから燃料を移していた。
初めてだったので覗き込むと、黙って向きを変えた。
ある晩、友人たちが、酒を飲み、歓談して帰っていった。
「どうしてそんなみっともない化粧したんだ」
驚いたように立ち止まって、そして、唇を噛んだ。
「おれは綺麗にしとけっていったけど、清潔ならそれでいいんだよ」
「分からなかったから。ごめんなさい」
食器を持って、台所に下がった。しばらく出てこなかった。
ある日、役所から調査票が届いた。アンケートのようなものだった。
型番、その他は知らないので、「お前、書いておけよ」と渡した。
しばらくすると、「あとはわたしには書けません」と持ってきた。
次のような項目があった。
問 : お使いのスレーヴマシンの満足度は?
1. たいへん満足している。
2. まあまあ。
3. ときたま異常動作が見られる。整備がしたい。
4. 反抗的な態度が見られる。危険ではないか。
5. あきらかに故障している。すぐにでも廃棄したい。
少しのあいだ眺めていて、「4」に丸をつけた。
くすくす笑ってから、消して、「2」にしてあげた。
近所の奥さんたちが、熱心に話していた。
・・あの部屋のお兄さん、あれを抱いてるようよ。
・・あれって、あれ? え、でも、できないはずでしょ。
・・若いから、改造とかしたんじゃないかしら。
・・いやだ。変態ね。あたしも、怪しい気はしたのよ。
・・そうよね。変におしゃれしてるもの、あの機械・・
咳をした。二人は真っ白な顔でこちらを見た。
「そんなことはありません」
・・あら、ちがうわ。
・・あなたのことじゃありませんよ。
そんな風にさえずった。
「場合によっては、名誉毀損ということもあるのではありませんか」
・・ちがうっていってるのに、この人は。
・・行きましょ。かんちがいよ。
「おい、スズメ」
「ちゅん、ちゅん。 ・・はい、旦那様」
包みを渡した。
不思議そうな様子をしていた。
開けさせた。
「これ、いいんですか」
薄ピンクのエプロンだった。
「生まれた日だろ。今日」
「あ、そうか。製造年月日が、そうか、・・」
お辞儀をして、うつむいたまま、それをいじっていた。
「来月から、純度高い燃料、つかっていいぞ」
夜。布団に入ってきた。
「・・綺麗にしてありますから」
「壊れちゃうんじゃなかったのか」
「生まれたときから、壊れてます」
「そうか・・」
すこしだけ、すっぱいような匂いが、した。
「わたし、本当は、あなたよりずっと年上なの」
「じゃあ、革命前からの生き残りなの・・」
「うん」
朝。警察が来た。
見つけしだい脳殺する。そう言っていた。
後ろに、遮磁甲殻の兵士が一体、控えていた。
板張りの床がひどく軋んで、そいつの踏んだところがへこんでしまった。
空っぽの燃料タンクを、証拠品だと押収していった。
※
風が舞っていた。
ももいろの布きれが、振られていた。
「おじさん。のせてってよ」
「どこまで行く」
「お花畑のみえるとこ」
「ふん。ずいぶん晴れやかな顔してるな」
「いっぱい、泣いたから」
「へへ。お前たちのは、どうせウソ泣きなんだろ」
「そうよ。でも、泣けたから」
(了)